ララミー牧場

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ララミー牧場』(LARAMIE)は、1959年から1963年にかけてアメリカNBCで放送されたテレビ映画西部劇。60年代前半のテレビ西部劇の黄金期にローハイドと並んでもっとも視聴率が高かった番組であった。主演はジョン・スミス とロバート・フラー

概要[編集]

米国で南北戦争が終焉を迎えた1860年代後半、ワイオミング州ララミー市の郊外にあるシャーマン牧場は、父親をならず者に殺されたスリム・シャーマン(ジョン・スミス)とアンディ・シャーマン(ロバート・クロフォード・Jr)の兄弟が経営して、牧場を残すための資金稼ぎに、駅馬車中継所を営みながら暮らしていた。そこへある日、ジェス・ハーパー(ロバート・フラー)と名乗る一匹狼のガンマンが流れ着き、牧場を襲ったギャングを見事なガンさばきで倒したことから、牧場の一員として受け入れられることになる。彼もまた、自分の父を殺され放浪の旅に出た孤独な男であった。そしてこの3人と父親と親しかったウイリー(ホーギー・カーマイケル)の4人が、牧場を守りながら大陸横断郵便の要である駅馬車中継所を柱に、雄大な西部を背景として、そこで起こる様々な事件や出来事に立ち向かっていく物語である。

放送[編集]

一話完結方式で全124話。日本では、1960年6月30日から1963年7月18日まで、毎週木曜日夜8時からNETテレビ(現テレビ朝日)系で放送された。この放送の中にはロバート・フラーの来日時のスタジオでの特別番組(司会は淀川長治)や、ロバート・フラーの父母を交えての「ララミー牧場大会」のイベントも含まれていた。

第1シーズンは弟アンディとウイリー爺やを入れて4人がレギュラーであったが、第2シーズンはアンディが東部の大学に入ることで出演がなく、ウイリーも降板してスリムとジェスの2人となり、第3シーズンから孤児のマイク少年(デニス・ホームズ)とデイジーおばさん(スプリング・バイトン)が加わり、第4シーズンもそのまま4人のレギュラー出演であった。

そして1963年7月の最終回では、124話の初回でジェスがララミー牧場にやって来た最初のエピソードを放送して放送終了となった。

キャスト[編集]

  • スリム・シャーマン:ジョン・スミス(声:村瀬正彦)…シャーマン兄弟の兄。シャーマン牧場の牧場主。
  • ジェス・ハーパー:ロバート・フラー(声:久松保夫)…流れ者のガンマン。投げ縄と銃の名手[1]
  • アンディ・シャーマン:ロバート・クロフォード・Jr(声:渋沢詩子)……シャーマン兄弟の弟。ジェスを慕う。
  • ウイリー:ホーギー・カーマイケル(声:八奈見乗児)…シャーマン兄弟の父の親友。爺や。
  • マイク・ウイリアムズ:デニス・ホームズ(声:久松夕子)…インディアンに両親を殺された少年。
  • ディジー・クーパー:スプリング・バイトン(声:戸川暁子)…マイクとは血縁はないが、仲良く居候となった。

その他[編集]

  • 題名は「ララミー牧場」だが舞台となる牧場の名前は「シャーマン牧場」で、原題の「LARAMIE」は牧場がワイオミング州ララミーにあることからきている。
  • 元々アメリカでは視聴率ランキングに名を連ねることのない作品だったが、日本語版の演出担当・春日正伸の判断で放送に踏み切った。ロバート・フラーの甘いマスクに久松保夫の渋い声が見事にマッチし、日本での最高視聴率は43.7%(1961年2月23日)を記録した。これは同年の海外ドラマ視聴率ランキング1位で、「ローハイド」の最高視聴率43.4%(同年8月5日)を上回る。
  • 西部劇の日本語吹き替え版で(脇役でなく)主人公に、「べらんめえ口調」を取り入れる手法を初めて採用した。
  • ロバート・フラーが1961年4月17日に来日した際、10万人のファンが殺到し池田勇人首相(当時)にも招かれるなど、一連の社会現象を巻き起こした。後に来日したビートルズでさえ、この様な厚遇は受けておらず、当時の熱狂ぶりが伺える。日本滞在中は吹替担当の久松保夫と行動を共にし、実際の収録現場にも立ち会った。その後「続荒野の七人」に出演して、2004年に俳優業を引退し、現在はテキサス州で家族と牧場を経営している。
  • ジョン・スミスはロバート・フラーの大人気で影が薄くなったが、このララミー牧場が終了してから映画「サーカスの世界」でジョン・ウエインと共演している。また遡ればゲイリー・クーパーとアンソニー・パーキンスの「友情ある説得」に出演していて、ロバート・フラーもこの映画に端役で出演している。
  • ロバート・フラーが日本にやって来て大ブームを起こした後に、彼は日本の印象が強かったので、その年9月からの第3シーズンの初回に特別編としてララミー牧場に日本からお客さんがやって来たという設定のエピソードを製作している。この第3シーズンはマイク少年とデイジーおばさんがレギュラーで加わるのであったが、この特別編には2人は出演していない。
  • 第1シーズンのみの出演であった弟アンディ役のロバート・クロフォード・Jrは、同時期に放映された「ライフルマン」のチャック・コナーズの一人息子役ジョニー・クロフォードの実兄である。
  • これも第1シーズンのみの出演であったウイリー役のホーギー・カーマイケルは、名曲「スターダスト」「ジョージア・オン・マインド」を作曲したことでも有名である。
  • 太平洋テレビジョンが日本語吹替版を制作。吹替音声は21話分が現存し、2010年にDVD化が行われた。
  • 日本語版の主題歌はデューク・エイセスが担当した[2]。テレビ映画でメインタイトルはサウンドトラックの音楽を使うのが通常だが、ララミー牧場の場合、普通にサウンドトラックの音楽を流す場合と、デューク・エイセスが主題歌を唄う場合とがあった。また何故かデューク・エイセスの唄の場合は2番の歌詞で唄われていた。
  • 番組ラストの「西部こぼれ話」コーナーを、映画評論家の淀川長治が担当し人気を集めた[3]。その後、淀川は1966年にNET『土曜洋画劇場』(後の日曜洋画劇場)の解説者に抜擢され、1998年に亡くなるまで担当した。
  • 松本あきら(現・松本零士)の漫画版「ララミー牧場」が、月刊漫画雑誌「日の丸」1960年10月号 - 1962年10月号に連載された。
  • NETテレビで放送された当時の番組スポンサーはアサヒビールバヤリースオレンヂ(現在のアサヒ飲料)。
  • 東海3県では、1961年4月4日から1962年3月29日まで中部日本放送(以下・CBC)にて時差放映され【火曜14:15-15:15 → 土曜14:30-15:30 → 木曜17:45-18:45】、この時は早川電機が協賛し「シャープ西部劇場」(のちに「シャープ映画劇場」)として放映していた。これはCBCでの放映形態が、NETテレビ(以下・NET)からのネット受けではなかったからである。NETと太平洋テレビが放映契約を結ぶ以前に、既にCBCが独自に結んでいたという太平洋テレビとの放映契約に基づくものだった。CBCとの契約の存在を、NET側は後になって知ったため、いわば二重契約の状態であり、これが原因でNETと太平洋テレビは危うく衝突しかけたが、結局は「放送ネット局の拡大」などいくつかの追加条件を加えた覚書を両者で交わすことで決着した(以上のいきさつからNETとCBCとでは、放映順がかなり異なっている)。その後、1962年4月に開局した名古屋テレビへと移行され、4月5日よりNETと同時ネットで放送を開始した。[4][5][6] また、関西ではこの当時はNETは毎日放送と、TBSは朝日放送とでネットワークを結んでいたので、「ララミー牧場」も毎日放送で放映されていた。
  • 1982年に行われた「スーパーニッカ」(ニッカウヰスキー)のテレビCMシリーズ「スーパーメモリーシリーズ」の一本として、本作が取り上げられた。奇しくもニッカはアサヒビールの系列であった。

参考[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 日本では爆発的な人気を得たので実質的な主人公だとする見方もあるが、タイトルの後の字幕ではジョン・スミスの次になっており、主演ではあるが、主人公は二人である。
  2. ^ http://gw.jmd.ne.jp/media.asp?ShopCode=AY033&Pass=bzy46myd37&LinkCode=CL00095448&Track=15
  3. ^ 佐藤有一『わが師淀川長治との五十年』(清流出版)より。
  4. ^ 1961年7月12日付け「中日スポーツ」5面 『ララミー牧場のいざこざ』
  5. ^ 1961年4月4日付け「中部日本新聞」朝刊5面 「シャープ」広告=「シャープ西部劇場・ララミー牧場」の放送開始告知を兼ねたタイアップ広告
  6. ^ 1962年3月23日付け「毎日新聞」中部本社版・夕刊8面 「シャープ・ニュービスタTV」広告=左横に、提供テレビ番組案内「シャープ映画劇場・ララミー牧場」の表記あり

外部リンク[編集]

NET 木曜20:00-21:00枠
前番組 番組名 次番組
木曜ワイドアワー
ララミー牧場
(1960.6.30 - 1963.7.18)
海底に挑む男アクア・ナット