ラモン・ノヴァロ

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ラモン・ノヴァロ
Ramón Novarro
Ramón Novarro
Ramón Novarro in 1922
本名 José Ramón Gil Samaniego
別名義 Ramon Samaniego
Ramón Samaniego
Ramon Samaniegos
生年月日 (1899-02-06) 1899年2月6日
没年月日 (1968-10-30) 1968年10月30日(69歳没)
出生地 メキシコの旗 メキシコ ドゥランゴ州ドゥランゴ
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロス・エンジェルス、ノース・ハリウッド
職業 俳優
ジャンル 映画
活動期間 1917年 - 1968年
著名な家族 Dolores del Río (cousin)
Andrea Palma (cousin)
Julio Bracho (cousin)
公式サイト ramonnovarro.com

ラモン・ノヴァロ( Ramón Novarro ,1899年2月6日 - 1968年10月30日)はメキシコ出身で、1917年のサイレント映画でキャリアを開始した、アメリカ合衆国の映画、ステージ、TVで活躍した俳優である。

ラモン・ナヴァロ(Ramon Navarro)という表記の場合がある [1]

1920年代から1930年代初頭まで、ボックス・オフィスの上位にいた1人だった。ノヴァロはMGMによって「ラテンの恋人」として売り出され、1926年のルドルフ・ヴァレンティノの死後は、セックス・シンボルとしてより知られるようになった。

来歴[編集]

初期の人生[編集]

ノヴァロは、本名がホセ・ラモン・ギル・サマニエゴで1899年2月6日、医師のマリアーノ・N・サマニエーゴとレオノーラ夫妻の間に、メキシコドゥランゴ州ドゥランゴで生まれた。17世紀にスペインブルゴスのキャスティリアン・タウンから移住してきた、直接の祖先がいた。

ラモン・ノヴァロの伝記作家アラン・エレンバーガーは、次のように記述している。

サマニエゴ家は代々、人々に尊敬された有名な家柄だった。サマニエゴ家では多くの人が、国務省で著名な地位についていて、大統領から高い評価を得ていた。 ラモンの祖父マリアーノ・サマニエゴはシウダー・フアレスで有名な医師で、寛大で社交的な人物として知られていた。前にチワワ州の暫定知事を務めた経験があって、テキサス州エル・パソの最初の市議会議員だった。

ラモンの父親、医師のマリアーノ・N・サマニエゴは、シウダー・フアレスで生まれて、ニュー・メキシコ州ラス・クルーセスでハイ・スクールに進学し、ペンシルヴァニア大学の歯学部で学位を取得した。後にメキシコドゥランゴに転居して、歯科医として開業した。1891年に彼は富裕な地主の娘であった、美人のレオノーラ・ペレス=ギャヴィランと結婚した[2]。レオノーラはスペイン人とアステカ人の血をひいていて、モクテスマ2世の王子ゲレロの子孫であると言い伝えられていた[3]

夫妻には13人の子供達がいて、一家は人々から「エデンの園」と呼ばれていた。子供達は夭折した子供1人と、エミリオ、グァダルーペ、ローザ、ラモン、レオノーラ、マリアーノ、ルス、アントニオ、ホセ、カルメン、アンヘルとエドゥアルドの12人である。1913年メキシコ革命の時、一家はドゥランゴからメキシコ・シティに移って難を逃れ、その後またドゥランゴに戻った[4]。それから2年経過しないうちに、ラモンの姉妹のグァダルーペ、ローザ、レオノーラの3人は修道女になり、1915年に、ラモンとマリアーノの兄弟2人は、革命で暴動が続いている中で、苦労してドゥランゴを抜け出して、実現は無理と思われていた夢のために、カリフォルニア州ロス・エンジェルスに到着した[5][6]

ノヴァロには、又従姉妹になる、メキシコの女優ドロレス・デル・リオアンドレア・パルマがいた[7]

サイレント映画[編集]

1917年の映画に、わずかな出演で登場してキャリアを開始し、生活のために食料品店の店員、皿洗い、カフェのシンガー、シアターの案内人など、別の職業で働いて収入を補った[8]。 友人でもあった、レックス・イングラム監督と女優アリス・テリー夫妻は、ルドルフ・ヴァレンティノのライバルとして プロモートし始め、彼の名前をノヴァロに変更するよう提案した。1923年からは、より重要な役で出演するようになり、映画『スカラムーシュ』のアンドレ役は最初の成功となった。

1925年、ノヴァロは『ベン・ハー』での主演で大成功を収めた。彼の露出の多い衣装はセンセーションを引き起こし、すぐに人気俳優の位置についた[9]。MGMでのランクは、現代を描いた映画ではジョン・ギルバートの後であったが、1926年のバレンティノの死により、ラテン系俳優ではトップになった。

また、ノヴァロはシルヴィア・オブ・ハリウッドとセラピストとしての契約をしていた(彼女の告白本では、ノヴァロが棺で眠ったと、誤った主張をしていた。)[10]

彼はアクション映画での、向こう見ずで熱血的な冒険家として人気があり、若い頃はロマンチックな役柄でも、重要な俳優と認められていた。ノヴァロは1927年の『思ひ出』でノーマ・シアラーと、1928年の『シンガポール』でジョーン・クロフォードと共に出演している。

トーキー[編集]

ノヴァロの最初のトーキーは、1930年の『黎明の剣士』での歌うフランスの兵士の役だった。そして1929年ドロシー・ジャニスとの『異教徒』、1931年グレタ・ガルボとの『マタ・ハリ』、1933年マーナ・ロイとの『カイロの一夜』、1934年ルーペ・ヴェレスとの『砂漠の新月』と出演を続けた。

1935年、MGMとの契約の終了期限時に、スタジオ側はそれを更新しなかったので、ノヴァロはそれ以降は、リパブリック・ピクチャーズ、メキシコの宗教映画、そしてフランスのコメディー映画に散発的に出演していた。

1949年には、ジェニファー・ジョーンズとジョン・ガーフィールドが出演した、ジョン・ヒューストン監督の『ストレンジャーズ6』を初めとして、数本の映画に出演した。

1958年には、CBS放送の『Mr. Adams and Eve』の後番組として、TVシリーズ『The Green Peacock』への出演が検討されていたが実現しなかった。1960年代に計画されていた、ブロードウェイでノヴァロが出演する公演の計画は、テスト上演の段階で形にならなかった。ノヴァロは忙しくTV出演を続け、1968年にNBCの『ハイ・シャパラル』に、ギレルモ神父役で登場したのが、最後の出演となった。

1920年代後半から1930年代初頭にかけての、人気のピーク時には、ノヴァロは映画1本で10万ドル以上の出演料を得ていたので、一部を不動産に投資していた。そのためキャリアに翳りが見えても快適な生活を維持することが出来た。ハリウッド・ヒルズにあった住居はフランク・ロイド・ライトの息子のロイド・ライトが、1927年にデザインした有名なものだった[11]

私生活[編集]

ノヴァロは、 カトリック教会の信徒として立場と、同性愛という性的嗜好に対する葛藤に、生涯悩まされていて、 しばしばアルコール依存体質になっていた[12][13][14][15]

1920年代初頭にノヴァロは、LAPで先導役として働いていた作曲家のハリー・パーチと、恋愛関係を築いていたが、始まったばかりの俳優としてのキャリアを優先して、この関係を解消した[16]。1920年代後半には、広報担当者だったジャーナリストのハーバート・ハウと、恋愛関係にあった[17]。後日、MGMの首脳ルイ・B・メイヤーは、ノヴァロに偽装結婚を強制しようとして、拒否されたと伝えられている[18]

1934年にアメリカ合衆国で公開された、ロシアの監督セルゲイ・エイゼンシュテインの作品『メキシコ万歳(¡Que viva México!)』の特別上映会に、ノヴァロは、ドロレス・デル・リオ、ルーペ・ヴェレス、ジェームズ・キャグニーと共に出席した。後に、彼らはカリフォルニア州で、共産主義の宣伝に協力した、と非難された。

殺人による死[編集]

1968年10月30日、ノヴァロは、当時22歳のポール・ファーガソンと、17歳のトム・ファーガソン兄弟に殺された[19]

ノヴァロは、業者に依頼して、ローレル・キャニオンの自宅に、セックスを目的として男娼を訪問させたことがあって、兄弟2人がその時の訪問者から。電話番号を聞きだしたものであった[20][21][22]

検察の発表によると、この殺人事件の事実関係は、以下のようなものであった[23][24]

「2人はノヴァロの邸宅には、かなりの大金が隠されていると思っていた。しかし、存在しなかった現金を隠している場所を聞き出すために、2人は数時間にわたってノヴァロに乱暴を働いて、死後に隠蔽工作をした上で、バス・ローブのポケットから奪ったわずか20ドルを手に、現場から逃走した。」

ノヴァロの死因は窒息死で、殴られて出血したことが原因で、自分の血で窒息して死に至った[25]ハスラーとして知られていたファーガソン兄弟は後に逮捕され、長期の懲役刑の判決を受けたが、弟のトム・ファーガソンは6年後に、兄のポール・ファーガソンは9年後に仮釈放の決定が行われた。ノヴァロの性的嗜好は、その死後に初めて公になったもので、裁判中に何度となくさらされ、ノヴァロ自身も裁かれる原因となった。

その後2人は、後に本件と無関係な犯罪で再逮捕され、ノヴァロの殺人事件よりも長い懲役刑を受けることになった[26]

1998年のインタヴューでポール・ファーガソンは、致命傷を与えたノヴァロへの、死に対する責任をようやく認めた[27]。トム・ファーガソンは2005年3月6日に、自ら首を切って自殺したため、ノヴァロの死にどう関わっていたかは明らかになっていない[28]

2012年に出版された、スコッティ・バウアーズの自伝"Full Service: My Adventures in Hollywood and the Secret Sex Lives of the Stars"では、ノヴァロの死について、一般的に流布していた情報について、「ディルドが存在し、攻撃に使用されていたなら、ポール・ファーガソンの殺人事件における、もう一つの確かな証拠になる」と、信憑性に欠けると指摘している[29]

ラモン・ノヴァロの葬儀は、親族や知人の参列でひっそりと行われて、ロス・エンジェルス市内のカルヴァリー墓地に埋葬された[30]

業績[編集]

映画産業への貢献に敬意を表して、ハリウッド大通りのハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム6350番にプレートが残されている。

出演作品[編集]

映画[編集]

公開年 題名
原題
役名
原表記
監督 備考
1916 ヂャンヌ・ダーク(前後篇)
Joan the Woman
Uncredited セシル・B・デミル
1017 The Jaguar's Claws Uncredited Marshall Neilan
1917 小米国人
The Little American
Wounded Soldier (Uncredited) セシル・B・デミル
1917 The Hostage Uncredited Robert Thornby
1917 神に見離された女
The Woman God Forgot
Aztec man (Uncredited) セシル・B・デミル
1918 The Goat Uncredited Donald Crisp
1921 豪傑ベンターピン
A Small Town Idol
Dancer Mack Sennett & Erle C. Kenton as Ramón Samaniego
1921 The Concert Dancing shepherd (Uncredited) Victor Schertzinger
1921 黙示録の四騎士
The Four Horsemen of the Apocalypse
Guest at Ball (Uncredited) レックス・イングラム
1921 Man-Woman-Marriage Dancer (Uncredited)
1922 Mr. Barnes of New York Antonio Victor Schertzinger as Ramon Samaniego
1922 ゼンダ城の虜
The Prisoner of Zenda
ルパート・フォン・ヘンツォ伯爵
Rupert of Hentzau
レックス・イングラム as Ramon Samaniegos
1922 心なき女性
Trifing Women
ヘンリ/イヴァン
Henri/Ivan de Maupin
レックス・イングラム
1923 文化果つるところ
Where the Pavement Ends
Motauri レックス・イングラム
1923 スカラムーシュ
Scaramouche
アンドレ・ルイ・モロー
André-Louis Moreau
レックス・イングラム
1924 汝の名は女 (ピレネーの情火)
Thy Name Is Woman
Juan Ricardo フレッド・ニブロ
1924 アラブ
The Arab
Jamil Abdullah Azam レックス・イングラム
1924 紅百合
The Red Lily
Jean Leonnec フレッド・ニブロ
1925 愛人の誓
A Lover's Oath
Ben Ali フェルディナンド・P・アール (lost; but A.M.P.A.S. has 25 feet of this film)
1925 海軍士官候補生
The Midshipman
Dick Randall クリスティ・キャバンヌ
1925 ベン・ハー
Ben-Hur
ベン・ハー
Judah Ben-Hur
フレッド・ニブロ
1927 恋人
Lovers?
José ジョン・M・スタール
1927 The Road to Romance José Armando ジョン・S・ロバートソン
1927 思ひ出
The Student Prince in Old Heidelberg
カール・ハインリッヒ
Crown Prince Karl Heinrich
エルンスト・ルビッチ ( 別名:『学生王子』 )
1928 シンガポール
Across to Singapore
Joel Shore ウィリアム・ナイ
1928 A Certain Young Man Lord Gerald Brinsley ホバート・ヘンリー
1928 Forbidden Hours His Majesty, Michael IV Harry Beaumont
1929 黎明の剣士
Devil-May-Care
Armand シドニー・フランクリン トーキー
1929 異教徒
The Pagan
Henry Shoesmith, Jr. W・S・ヴァン・ダイク
1929 大飛行艦隊
The Flying Fleet
Ens./Ltjg Tommy Winslow ジョージ・ヒル
1930 The March of Time Himself Charles Reisner (Unfinished film)
1930 肉体の呼ぶ声
Call of the Flesh
Juan de Dios チャールズ・ブレイビン (French version:Le chanteur de Séville)
(Spanish version :Sevilla de mis amores)
1930 月光の曲
In Gay Madrid
Ricardo ロバート・Z・レナード
1931 あけぼの
Daybreak
Willi Kasder ジャック・フェデー
1931 印度の寵児
Son of India
Karim ジャック・フェデー
1931 マタ・ハリ
Mata Hari
アレクシス・ロサノフ
Lt. Alexis Rosanoff
ジョージ・フィッツモーリス
1932 散り行く魂
The Son-Daughter
Tom Lee/Prince Chun クラレンス・ブラウン
1932 若き血に燃ゆる頃
Huddle
Antonio "Tony" Amatto サム・ウッド
1933 カイロの一夜
A Night in Cairo
Jamil El Shehab サム・ウッド
1934 砂漠の新月
Laughing Boy
Laughing Boy W・S・ヴァン・ダイク
1934 猫と提琴
The Cat and the Fiddle
Victor Florescu ウィリアム・K・ハワード
1935 春の宵
The Night Is Young
Archduke Paul "Gustl" Gustave ダドリー・マーフィ
1936 Against the Current - ラモン・ノヴァロ Director, writer
1937 The Sheik Steps Out Ahmed Ben Nesib アーヴィング・ピチェル
1938 A Desperate Adventure André Friezan ジョン・H・オーア Alternative title: It Happened in Paris
1940 La comédie du bonheur Félix Marcel L'Herbier (Italian version:La comédie du bonheur)
1949 ストレンジャーズ6
We Were Strangers
チーフ
Chief
ジョン・ヒューストン
1949 仮面の報酬
The Big Steal
オルテガ警部
Inspector General Ortega
ドン・シーゲル
1950 危機の男
Crisis
カーネル・アドラゴン
Colonel Adragon
リチャード・ブルックス
1950 幌馬車隊
Outriders
ドン・アントニオ
Don Antonio Chaves
ロイ・ローランド
1960 西部に賭ける女
Heller in Pink Tights
ドン・レオン
De Leon
ジョージ・キューカー

テレヴィジョン[編集]

放映年 題名
原題
役名
原表記
備考
1958 ディズニーランド
Disney's Wonderful World
Don Esteban Miranda 2 episodes
1962 スリラー
Thriller
Maestro Giuliano Episode: "La Strega"
1964 ドクター・キルデア
Dr. Kildare
Gaspero Paolini 3 episodes
1964-1965 コンバット!
Combat!
Charles Gireaux
Count De Roy
2 episodes
1965 ボナンザ
Bonanza
Jose Ortega Episode: "The Brass Box"
1967 0088/ワイルド・ウエスト
The Wild Wild West
ドン・トーマス
Don Tomas
Episode: "The Night of the Assassin"
1968 ハイ・シャパラル
The High Chaparral
ギレルモ神父
Padre Guillermo
Episode: "A Joyful Noise"

関連する出版物とステージ作品[編集]

  • "The Murder of Ramon Vasquez" - Short story by Charles Bukowski.
  • "Tango" - Song by Jerry Leiber and Mike Stoller ,recorded by Peggy Lee on her Mirrors album.
  • "Novarro's murder" - Essay by Joan Didion, on The White Album.
  • "Through a Naked LensIn late" - The play by George Barthel,in late 2005,at the "Wings Theatre in New York City staged.
  • "Ramón Novarro" - Biographie by Allan R. Ellenberger.
  • "Beyond Paradise: The Life of Ramón Novarro" - Biographie by André Soares.
  • "The Ghost of Mr. Ramon Novarro" - the play by Pavlos Matesis,first staged at "the National Theatre" of Greece in 1973

伝記関係の出版物[編集]

  • Ramírez, Gabriel (1989). Crónica del cine mudo mexicano.. México: Cineteca Nacional.. ISBN 968-805-416-X. 
  • Orozco, Federico (1996). Albores del cine mexicano.. Editorial Clío. ISBN 968-6932-45-3. 
  • Ellenberger, Allan R. (1999). Ramon Novarro: A Biography of the Silent Film Idol, 1899-1968, with a Filmography.. New York: McFarland & Co.. ISBN 0-5331-3396-3. 
  • Soares, André (1999). Beyond Paradise: A Biography of Ramón Novarro.. New York: St. Martin's Press. 

出典[編集]

  1. ^ Ramon Navarro ( 1899 – 1968), Victim of the Catholic Closet.”. 2012年10月30日閲覧。
  2. ^ http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gr&GRid=134131014
  3. ^ Ellenberger, Allan R. (2009). Ramon Novarro: A Biography of the Silent Film Idol, 1899-1968; with a Filmography. McFarland. pp. 5–6. ISBN 978-0-7864-4676-6. https://books.google.com/books?id=P5RScgSVy3IC&printsec=frontcover&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false. 
  4. ^ Meier, Matt S.; Gutiérrez, Margo (2003). The Mexican American Experience: An Encyclopedia. Greenwood Publishing Group. p. 284. ISBN 0-313-31643-0. https://books.google.com/books?id=-E1_hLqmUCIC&printsec=frontcover&dq=The+Mexican+American+Experience:+An+Encyclopedia&hl=en&sa=X&ei=zWgOU8TGAYfN0QG_wYHQBg&ved=0CDQQ6AEwAA#v=onepage&q=The%20Mexican%20American%20Experience%3A%20An%20Encyclopedia&f=false. 
  5. ^ (Ellenberger 2009, pp. 8–9)
  6. ^ Beyond Paradise: The Life of Ramon Novarro By André Soares
  7. ^ Monush, Barry (2003). Screen World Presents the Encyclopedia of Hollywood Film Actors: From the Silent Era to 1965. Hal Leonard Corporation. p. 188. ISBN 1-557-83551-9. https://www.amazon.com/Encyclopedia-Hollywood-Film-Actors-Vol/dp/1557835519#reader_1557835519. 
  8. ^ Ramon Novarro Silent Film Star Rises to Fame”. July 2, 1999 閲覧。
  9. ^ Rodriguez, Roberto (1996年). “The early years - the portrayal of minorities in Hollywood film industry”. Black Issues In Higher Education. web.archive.org. 2007年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月26日閲覧。
  10. ^ Hollywood Undressed: Observations of Sylvia As Noted by Her Secretary. Brentano's. (1931). https://books.google.com/books?id=idZBAAAAIAAJ&focus=searchwithinvolume&q=novarro 2014年2月26日閲覧。. 
  11. ^ Lloyd Wright (1890–1978)”. ArchitechGallery.com. 2011年6月26日閲覧。
  12. ^ (Ellenberger 2009, p. 148)
  13. ^ Soares, André (19 April 2010). Beyond Paradise: The Life of Ramon Novarro. University of Mississippi Press. p. 245. 
  14. ^ Mann, William. Behind the Screen: How Gays and Lesbians Shaped Hollywood. New York City: Penguin Books. p. 97. ISBN 978-0142001141. https://www.amazon.com/Behind-Screen-Lesbians-Hollywood-1910-1969/dp/0142001147/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&sr=1-1&qid=1393454303#reader_0142001147 2014年2月26日閲覧。. 
  15. ^ Ramon Navarro (sic)”. Olvera-street.com. 2010年3月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月26日閲覧。
  16. ^ Gilmore, Bob (1998). Harry Partch: A Biography. Yale University Press. ISBN 0-300-06521-3. 
  17. ^ Slide, Anthony (26 February 2010). Inside the Hollywood Fan Magazine. University of Mississippi Press. p. 79. ISBN 978-1604734133. https://books.google.com/books?id=5hDG6auRCJ4C&q=ramon+novarro#v=snippet&q=ramon%20novarro&f=false 2014年2月26日閲覧。. 
  18. ^ Holliday, Peter J. “Novarro, Ramon (1899–1968)”. glbtq.com. オリジナル2007年11月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071107184321/http://www.glbtq.com/arts/novarro_r.html 2007年11月1日閲覧。 
  19. ^ Maloney, J. J.. “The Murder of Ramon Novarro”. crimemagazine.com. 2009年10月27日閲覧。 (英語)
  20. ^ http://articles.latimes.com/2003/aug/24/books/bk-rechy24
  21. ^ “Ramon Novarro Slain on Coast. Starred in Silent Film 'Ben-Hur'. Ramon Novarro, Silent Era Star, Slain”. New York Times. (1968年11月1日). https://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9E01E4D71530E034BC4953DFB7678383679EDE 2014年9月11日閲覧. "Ramon Novarro, the Mexican-born star of scores of Hollywood movies made in the nineteen-twenties and thirties, was found bludgeoned to death in his $125,000 Hollywood Hills home early this morning." 
  22. ^ The Murder of Ramon Novarro”. 2009年1月6日閲覧。
  23. ^ (Ellenberger 2009, pp. 182,187)
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  25. ^ (Ellenberger 2009, pp. 182,187)
  26. ^ (Ellenberger 2009, p. 196)
  27. ^ http://www.lambdaliterary.org/reviews/memoir/07/21/beyond-paradise-the-life-of-ramon-navarro-by-andre-soares/
  28. ^ The Hustlers and the Movie Star”. 2012年5月23日閲覧。
  29. ^ The Halloween Murder of Ramon Novarro”. 2016年8月25日閲覧。
  30. ^ “[http://www.findadeath.com/Deceased/n/Ramon_Novarro/The_Murder_of_Silent_Film_Star_Ramon_Novarro.htm Ramon Novarro February 6, 1899 - October 30, 1968]”. 2011年3月7日閲覧。

外部リンク[編集]