ラノッディープ・シンハ・ラナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ラノッディープ・シンハ・ラナ

ラノッディープ・シンハ・ラナ英語: Ranaudip Singh Ranaネパール語: रणोद्दिप सिँह राणा1825年4月3日 - 1885年11月22日)は19世紀ネパール政治家首相ラノッディープ・シンハ・クンワル英語: Ranaudip Singh Kunwarネパール語: रणोद्दिप सिँह कुँवर)とも呼ばれる。1877年2月27日から1885年11月22日まで、ネパールの首相を務めている。

しかし、1885年11月22日にラノッディープ・シンハの甥(弟ディール・シャムシェルの息子)ビール・シャムシェルたちがクーデターを起こし、ラノッディープ・シンハやジャンガ・バハドゥルの息子たちが殺害されると、ネパールの近代化は滞った。

関連項目[編集]