ラノッディープ・シンハ・ラナ

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ラノッディープ・シンハ・ラナ

ラノッディープ・シンハ・ラナ英語: Ranaudip Singh Ranaネパール語: रणोद्दिप सिँह राणा1825年4月3日 - 1885年11月22日)は19世紀ネパール王国政治家首相ラノッディープ・シンハ・クンワル英語: Ranaudip Singh Kunwarネパール語: रणोद्दिप सिँह कुँवर)とも呼ばれる。1877年2月27日から1885年11月22日まで、ネパールの首相を務めている。

生涯[編集]

1877年、ラノッディープは兄ジャンガ・バハドゥル・ラナが死亡したことにより、首相位を継承した。だが、ディール・シャムシェルのが事実上の首相となり、その死後は彼の息子らと次第に対立を深めていった。

1885年11月22日、ラノッディープ・シンハの甥(弟ディール・シャムシェルの息子)ビール・シャムシェルたちがクーデターを起こし、ラノッディープ・シンハはジャンガ・バハドゥルの息子たちとともに殺害された。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 佐伯和彦 『世界歴史叢書 ネパール全史』 明石書店、2003年 

関連項目[編集]