ラニル・ウィクラマシンハ

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ラニル・ウィクラマシンハ
රනිල් වික්‍රමසිංහ
ரணில் விக்ரமசிங்க
Ranil Wickremesinghe
R Wickremasinghe.jpg
ラニル・ウィクラマシンハ(2014年11月)
生年月日 (1949-03-24) 1949年3月24日(69歳)
出生地 Flag of Ceylon (1948–1951).svg セイロン
出身校 ロイヤル・カレッジ・コロンボ
コロンボ大学
前職 弁護士
所属政党 統一国民党 (UNP)
配偶者 マイトリー・ウィクラマシンハ英語版

在任期間 1993年5月7日 - 1994年8月19日
大統領 ディンギリ・バンダー・ウィジェートゥンガ
在任期間 2001年12月9日 - 2004年4月6日
大統領 チャンドリカ・クマーラトゥンガ
在任期間 2015年1月9日[注記 1] -
大統領 マイトリーパーラ・シリセーナ
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ラニル・ウィクラマシンハシンハラ語: රනිල් වික්‍රමසිංහ, タミル語: ரணில் விக்ரமசிங்க, 英語: Ranil Wickremesinghe, 1949年3月24日 - )は、スリランカ政治家。第10代首相(在任: 1993年 - 1994年2001年 - 2004年2015年 - )であり、同国の二大政党の一つ統一国民党 (UNP) の党首(在任: 1994年11月 - )である。2018年10月26日に突如マイトリーパーラ・シリセーナ大統領により首相を解任されたが、違憲として認めず、同年12月16日にシリセーナより再び首相に任命された。

経歴[編集]

1977年の議会総選挙英語版で初当選。1993年5月のラナシンハ・プレマダーサ大統領の暗殺に伴う、首相ディンギリ・バンダー・ウィジェートゥンガの大統領昇格により、初めて首相就任を果たす。2001年の総選挙英語版では、自身の率いるUNPの勝利により、チャンドリカ・クマーラトゥンガ大統領の下で2期目となる首相に就任する。2005年には大統領選挙英語版に出馬、48.43%の得票率を集めるも、同じく元首相のマヒンダ・ラージャパクサに僅差で敗北した。

2015年の大統領選挙英語版においては、与党スリランカ自由党 (SLFP) を離脱したマイトリーパーラ・シリセーナを野党統一候補として支持、シリセーナの当選により3期目となる首相就任を果たした。2018年4月4日に採決された不信任決議案は賛成76、反対122で否決[1]。‪

2018年10月26日、シリセーナ大統領により突如首相を解任され、後任には前大統領のラージャパクサが任命された。ウィクラマシンハはこの解任は違憲として認めず法廷で争う意向を示し、二人が同時に自らが首相であると主張する異常事態となった[2]、またカル・ジャヤスーリヤ英語版国会議長がウィクラマシンハが首相との認識を表明した[3]。11月16日には国会でラージャパクサ政権の不信任決議案が可決され[4][5]、12月15日にラージャパクサが首相辞任を表明。翌16日にウィクラマシンハがシリセーナより首相に再び任命され、憲政危機はひとまず収束した[6]

脚注[編集]

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注記[編集]

  1. ^ シリセーナ大統領により2018年10月26日に解任されたが、違憲として認めず、2018年12月16日に再任命。

外部リンク[編集]