コンテンツにスキップ

ラティール・シー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ラティール・シー
2022年
基本情報
生誕 (1972-09-12) 1972年9月12日(52歳)
セネガルの旗 ダカールゴレ島
出身地 セネガルの旗 セネガル
ジャンル 日本の伝統芸能ジャズロックラテンポップアフロビート民族音楽
職業 打楽器奏者、歌手
担当楽器 パーカッション
公式サイト latyrsy.com

ラティール・シー(Latyr Sy、1972年9月12日 - )は、セネガル出身のパーカッショニスト歌手。1990年代半ばから東京都に在住。兄であるAugusitin Senghor(オギュスタン・サンゴール)は、セネガルの世界遺産であるゴレ島の市長・兼弁護士であり、アフリカサッカー連盟(CAF)のバイスプレジデント、セネガルサッカー連盟の会長も務める。

経歴

[編集]

セネガルゴレ島に生まれる[1]。10歳のときにアフリカンドラムを始める[1]

1995年に来日。パーカッショングループ「AFRICA SUNU XELCOM」を結成し、ソリストボーカルを務める。同年、中国の北京・万里湖・天津・大連・ハルピンで大倉正之助と共演。

1998年、長野オリンピックで開かれた日本の伝統芸能の舞台に出演[2]。同年、キューバにて「キューバ日系移民100周年記念行事」で朝崎郁恵と共演し、韓国では「International Jazz Festival」に出演する。2000年には、仙波清彦のフランス・ドイツ・エジプトツアーに参加。

2002年、ワシントンD.C.スミソニアン博物館で、ヨーヨー・マがプロデュースするイベントで野村万之丞と共演した。

2002年、久下恵生、内田直之、ラティールの3人でグループ「Flying Rhythms」を結成。同年6月25日、ファースト・アルバム『Flying Rhythms』を発表[3]。以降、計6枚のアルバムを制作した。

2005年、仙波清彦と愛知万博に参加。2013年には、ケニアにて外務省主催「日ケニア外交50周年記念イベント」にてYAS−KAZ(佐藤康和)と共演、ジブチ・エチオピアにおいても演奏する。同年、NHK・Eテレの音楽番組『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』シーズン3の「アフリカの音楽」全4回に出演。

2019年には、日本政府主催、世界銀行・国連が共催するアフリカ開発会議(TICADVII)における内閣総理大臣・安倍晋三主催の記念晩餐会において、アフリカを代表するアーティストとして、天皇・皇后の前で演奏。

共演したミュージシャンは、坂本龍一白井貴子ナオト・インティライミORIGINAL LOVE熊谷和徳忌野清志郎ママディ・ケイタ大倉正之助仙波清彦佐藤允彦リコ・ロドリゲス、金大換(打楽器奏者)、カン・サネ(歌手)などジャンル、国籍ともに多岐にわたる[4]

その他、長野オリンピックラグビーワールドカップ2019パリコレクション2002 FIFAワールドカップなど、多数のイベントで演奏をしている一方で、テレビコマーシャルの音楽も多数制作している[4][5]豊田通商ヤマハナショナル・ジオグラフィックのテレビコマーシャルには俳優として出演もしており、「火花」「パンク侍、斬られて候」の映画にも俳優として出演している。

東京オリンピック開会式

[編集]

2020年12月中、広告代理店がラティールに翌年の東京オリンピック開会式への出演を打診。広告代理店からは、セネガル人の弦楽器奏者と日本人のタップダンサーがメインで出演すると説明があり、ラティールは引き受ける。オンラインで打ち合わせを重ね、ラティールは歌唱と打楽器を担当することとなった[6]。日誌をつけること、他の仕事を断ること、毎日の体温を記録することなどが細かく命じられ[7]、4月22日には開会式出演の取り決めなどに同意する書類にサイン[6]。送られてきた文書には開会式のプランは極秘である旨の言葉が記載されていた[7]

ところが、4月末に始まる予定だったリハーサルは延期になった。5月上旬、マネジメント会社に問い合わせると、「出演がキャンセルになった」と電話で告げられる。理由を尋ねると、会合の場が設けられた。現れたのは広告代理店の担当者だった。代理店の説明によれば、オリンピック組織委員会側が次のように言ったという。もしラティールが出演すれば「なぜアフリカ人がショーに出てるんだ?」と観客はきっと疑問に思う、だからラティールに出てもらうことはできない、と[7]。組織委は「なぜここにアフリカ人が?となれば、他の国籍も入れないといけないという話になる」とも指摘し、ラティールとセネガル人の出演をキャンセルするよう、代理店に求めた[6]

ラティールは開会式前日の7月22日、ことの顛末を自身のFacebookで公表。開会式をめぐっては、作曲担当の小山田圭吾が90年代の雑誌インタビューの内容が問題視され7月19日に辞任[8]、ショーディレクター担当の小林賢太郎ラーメンズ時代のコント内容が問題視され7月22日に解任[9]という異常な事態となっており、ラティールの投稿は読者らによってSNSで拡散された。ラティールは翌23日、英国の『インデペンデント』の取材に応じ、「黒人であるという理由で組織委員会が出演予定者を排斥した」と告発した。「完全にあれはレイシストだ。だって『なんでこの男が? なんでアフリカ人なんだ?』と言ったと確かに僕は聞かされたのだから。もちろんその手のことは山のように見てきたし、いやな気持ちもずいぶん体験してきた。でもこれはオリンピックなんだよ。どう考えてもそぐわないじゃないか。それでも僕は沈黙しなくてはいけないのか」とラティールはインタビューに答えている[7]

組織委戦略広報課と広告代理店広報部は、メディアの取材に、出演見送りの理由を「感染症対策と予算の制約」と回答している。出演を取り消した音楽家がほかにいるのかは明らかにしていない[2]

脚注

[編集]
  1. ^ a b “ラティール・シーさん(セネガル)”. My Eyes Tokyo. (2007年6月13日). https://www.myeyestokyo.jp/53189 2021年7月23日閲覧。 
  2. ^ a b 望月衣塑子 (2021年7月27日). “五輪開会式出演依頼をキャンセル…セネガル人音楽家「差別されるとは」 広告代理店に抗議”. 東京新聞. https://www.tokyo-np.co.jp/article/119772 2021年7月27日閲覧。 
  3. ^ “FLYING RHYTHMS”. TOWER RECORDS ONLINE. (2004年7月1日). https://tower.jp/article/interview/2004/06/30/100039123 2021年7月23日閲覧。 
  4. ^ a b “Latyr Sy”. クラベリア. https://clubberia.com/ja/artists/2788-Latyr-SY/ 2021年7月23日閲覧。 
  5. ^ “ワンオクTakaら出演の「アシックス」のCMソングは?”. CDJournal. (2020年3月6日). https://www.cdjournal.com/main/research/-/5511 2021年7月23日閲覧。 
  6. ^ a b c 小川尭洋 (2021年7月23日). “五輪開会式、出演消えたアフリカ人アーティスト 「人種が理由としか…」消えない疑問”. 朝日新聞GLOBE+. https://globe.asahi.com/article/14401789 2021年7月24日閲覧。 
  7. ^ a b c d Ostlere, Lawrence (2021年7月23日). “Tokyo 2020 organisers accused of excluding Olympic opening ceremony musician for being black”. The Independent. https://www.independent.co.uk/sport/olympics/tokyo-2020-opening-ceremony-musician-racism-b1889167.html 2021年7月23日閲覧。 
  8. ^ 小山田さん、組織委に辞任申し出 「配慮に欠けていた」”. 朝日新聞Digital (2021年7月19日). 2021年7月23日閲覧。
  9. ^ 五輪開閉会式ディレクターの小林賢太郎氏を解任 組織委”. 朝日新聞 (2021年7月22日). 2021年7月22日閲覧。

外部リンク

[編集]