ラスト・マクファーソン・デミング

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ラスト・マクファーソン・デミング(Rust McPherson Deming, 1941年[1] - )は、アメリカ合衆国外交官

生涯[編集]

1964年にロリンズ大学で学士号を取得[2][3]。1981年にスタンフォード大学大学院東アジア研究科で修士号を取得[2][3][4]。1985年から1986年まで国防大学に在籍[2][5]

1966年に国務省外交局に入省[2]。1966年に駐チュニジア大使館政治担当官[2]。1987年8月から1991年7月まで駐日大使館公使参事官(政治担当)[2][5]。1991年9月から1993年8月まで国務省日本部長[2][5]。1993年10月から1996年12月まで駐日首席公使[2][5][6]。1996年12月から1997年9月まで駐日臨時大使[2][5]。1997年10月から1997年12月まで国務省東アジア・太平洋局上級顧問[7]。1998年6月から2000年8月まで首席国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)[2][7]。2001年11月から2003年5月まで駐チュニジア大使[1]。2011年3月から2011年8月まで国務省日本部長[4]

出典[編集]

  1. ^ a b Rust Macpherson Deming (1941-)”. アメリカ合衆国国務省. 2011年3月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j Rust M. Deming”. NNDB. 2011年3月10日閲覧。
  3. ^ a b セッション II 「ソフトパワーの行使」”. 日米教育委員会. 2011年3月10日閲覧。
  4. ^ a b “メア日本部長更迭=米次官補「ゆすり」発言謝罪-外相と会談、後任デミング氏”. 時事通信社. (2011年3月10日). http://www.jiji.com/jc/c?k=2011031000143 2011年3月10日閲覧。 [リンク切れ]
  5. ^ a b c d e The Politics of North Korea in Japan”. スタンフォード大学. 2011年3月10日閲覧。
  6. ^ U.S. Ambassadors to Japan”. アメリカ合衆国国務省. 2011年3月10日閲覧。
  7. ^ a b Rust Deming”. ジョンズ・ホプキンス大学. 2009年1月9日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年3月10日閲覧。
外交職
先代:
ウィリアム・タリー・ブリアー
在日本アメリカ合衆国首席公使
1993年 - 1996年
次代:
クリストファー・ラフルアー
先代:
ロビン・リン・ラフェル
在チュニジアアメリカ合衆国大使
2001年11月30日 - 2003年5月17日
次代:
ウィリアム・J・ハドソン
公職
先代:
ジョン・レイモンド・マロット
アメリカ合衆国国務省東アジア・太平洋局日本部長
1991年9月 - 1993年8月
次代:
スティーヴン・マーティン・エクトン
先代:
ケヴィン・メア
アメリカ合衆国国務省東アジア・太平洋局日本部長
2011年3月 - 2011年8月
次代:
マーク・ナッパー