ラジオ災害情報交差点

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ラジオ災害情報交差点』(ラジオさいがいじょうほうこうさてん)は、在京のNHK民間放送ラジオ局合計7社局と首都圏のライフライン5社で組織する「ラジオライフラインネットワーク」が共同制作する特別番組である。

ラジオライフラインネットワークは、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を教訓に、震災時の情報源としてラジオが改めて重要視され発足された[1]

内容[編集]

毎年3月11日の東日本大震災発生日[2]と9月1日の防災の日の8時46分から約8分間に放送している。平日の放送時間は原則としてこの時間に固定されており、RFラジオ日本以外は当該時間帯のワイド番組に内包され、RFは独立番組として放送される。土・日については後述する[3]

番組内容は7局同時生放送で各局が毎回持ち回りで幹事社となり、リレー形式で各局の防災キャスターやアナウンサー[4]が1人ずつ[5]出演し、各局の災害報道への取り組みを紹介している。また幹事社とライフライン各社を電話でつなぎ[6]、災害が発生したときの注意点や災害への取り組みを紹介している。

放送日が土曜日、日曜日の場合は録音放送を各局でリレーするため、局ごとに放送時間が異なる場合がある。

実際に大地震が発生し被害が出た場合は、1時間に1回(約10分程度)、各局の持っている被災者に向けた情報を共有し、全局で放送を実施する。詳細は#実際の対応参照。年2回の番組以外でも毎月、回線のチェックおよびお互いの局の顔合わせやライフラインの見学会を行う[1]

放送進行[編集]

(生放送内包の場合のみ)放送前に各局より『ラジオ災害情報交差点』について簡単に紹介してリレーする。

  • オープニング
    • 幹事局から、『ラジオ災害情報交差点』に関するあらましを紹介する。
  • 各局リレー(以下の各局から幹事は持ち回り。幹事局となった局は最後に局の取り組みを紹介する)
    • 原則、幹事局→NHK→TBSラジオ→文化放送→ニッポン放送→RFラジオ日本→TOKYO FM→J-WAVE→幹事局[8]
  • ライフライン各社
    • 基本的に、東京電力パワーグリッド→東京ガスネットワーク→東京都水道局→NTT東日本→NTTドコモ→KDDIとリレーする。
      • 最後の1社が、幹事局のスタジオゲストとなる。
    • このあと、スタジオに別のゲストを迎え、災害時の心得などを紹介することもある。
  • エンディング
    • 幹事局から、『ラジオ災害情報交差点』について伝えた旨を読み上げて終了、各局編成へ戻る。

実施ラジオ局[編集]

AM放送[編集]

FM放送[編集]

ライフライン各社[編集]

実際の対応[編集]

東北地方太平洋沖地震[編集]

2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分頃、本震が発生。宮城県で最大震度7を記録したほか、東日本の太平洋側全域で震度4から6強となり、首都圏の交通は終日麻痺状態となった。

J-WAVEが幹事局となり(当初幹事局のNHKより変更)、震災当日の18時台から翌日8時台まで、毎時15分から約10分間『ラジオライフラインネットワーク』としてライフライン情報を伝えた[8][9]。ただし参加局のうちNHKラジオ第1については独自に情報を伝え、ほかの局との同時放送は行わなかった。

8時15分のパートが終了した後も各局は関連特番、もしくは番組内容を大幅に変更しての放送が続いた。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 日本災害情報学会 「2007 年 廣井賞」 日本災害情報学会、「災害情報」No.6、2008年、2016年3月11日閲覧。
  2. ^ 2013年から。2012年までは1月17日の阪神・淡路大震災が発生した防災とボランティアの日ラジオ災害情報交差点、J-WAVEニュースルームblog、2013年1月17日
  3. ^ TOKYO FMでは2018年度までの平日は内包式だったが、2019年3月11日に関しては前番組を8:46までで終わらせて独立番組として放送。
  4. ^ TBSラジオは基本的には報道部デスクだが、2018年9月1日はTBSアナウンサーの蓮見孝之、2019年9月1日はTBSアナウンサーの山形純菜がそれぞれ担当。J-WAVEは基本的にその時間の番組を担当するナビゲーターだが、インフォメーション担当アナウンサーが兼務することもある。ニッポン放送は週末に限り報道部の畑中秀哉が担当。
  5. ^ 2022年9月11日は幹事局のニッポン放送のみ垣花正に加え熊谷実帆と2人で出演した。
  6. ^ NTTコミュニケーションズ遠隔会議システム「クリアカンファレンス」を使用。
  7. ^ 関東甲信越地方以外の地域では、引き続き東京・ラジオセンターからの裏送りで「マイあさ!」が放送された。
  8. ^ a b 高崎了輔(エフエム東京編成制作局技術部)「ラジオ局の震災対応」『放送技術』第66巻(2012年3月号)、兼六館出版、2012年3月。
  9. ^ RLN(ラジオ ライフライン ネットワーク)東海林克江、2011年8月17日、2016年3月11日閲覧。

関連項目[編集]