ラジオ塔

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清水山公園(静岡市葵区)に残るラジオ塔

ラジオ塔(ラジオとう)とは、ラジオの普及を目的として公園などに設置されたラジオ受信機を収めたである。正式には、「公衆用聴取施設」という[1]

1939年(昭和14年)2月22日内閣告示第1号「電気関係標準用語」により、「ラジオ」の表記に統一されるまでは、ラヂオ塔とも表記された。とあるが、この「電気関係標準用語」の標準用語には「ラジオ」の記載はなく、同義語にラヂオの記載がある[2]。また日本放送出版協会発行の図書「ラヂオ年鑑」によれば、昭和16年(1941年)版[3]以前はラヂオ表記であったが、昭和17年(1942年)版[4]からはラジオ表記に変っている。

日本放送協会編集・日本放送出版協会発行の図書「放送五十年史」[5]によれば、1941年(昭和16年)4月1日、文部省の用語・用字統一方針[6]に従い、「ラヂオ」を「ラジオ」に、「スタヂオ」を「スタジオ」に改定、と記されている。また、当時の朝日新聞[7]には「ラヂオはラジオに 国民学校教科書も国語音へ」という記事が掲載されており、当時外国語の仮名づかを原音に従うよりは、国語化された音(=国語音)に拠るとする動きがあったようである。

概要[編集]

社団法人日本放送協会大阪中央放送局1930年(昭和5年)6月15日大阪市天王寺区天王寺公園旧音楽堂跡に初めて設置した[8]。翌年には奈良市奈良公園猿沢池端や神戸市湊西区(現兵庫区)の湊川公園にも設置され、その後1943年(昭和18年)までに450箇所以上整備された。 同時期に台湾放送協会によって台湾各地にも設置され、台北市中正区二二八和平公園台湾広播電台放送亭の名で、また、台中市北区台中公園に放送電台拡音台(旧称:放送頭)[9]の名で、いずれも文化遺産として保存されている。 なお、戦後の1955年(昭和30年)7月16日、民放信越放送)が上田城跡公園に設置した事例もある[10][11]

ラジオ塔の所在地[編集]

ギャラリー[編集]

現存又は復元された所在地一覧[編集]

  • 形態のみのものがほとんどであり、中波(AMラジオ)放送の受信と拡声と言う本来の機能まで復元されているものは少ない。

群馬県[編集]

埼玉県[編集]

神奈川県[編集]

新潟県[編集]

石川県[編集]

愛知県[編集]

静岡県[編集]

京都府[編集]

大阪府[編集]

兵庫県[編集]

島根県[編集]

岡山県[編集]

徳島県[編集]

香川県[編集]

  • 塩釜神社(三豊市仁尾町) - 1935年度(昭和10年度)設置[42][43][44][45]

長崎県[編集]

台湾[編集]

内現在活用されているラジオ塔所在地一覧[編集]

機能復元ラジオ塔(拡声器塔内常設)[編集]

ラジオ塔近傍の仮設ラジオ使用[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 中塚久美子 (2012年5月24日). “【ラジオ塔】とうの昔に役割…終えず”. 朝日新聞 (大阪: 朝日新聞大阪本社). http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK201205230020.html 2015年10月14日閲覧。 
  2. ^ (標準用語)電源變壓器 (同義語)パワートランス(ラヂオ受信機用)エリミネーター變壓器(備考ラヂオ受信機用)
  3. ^ 1940年(昭和15年)12月30日発行。
  4. ^ 1941年(昭和16年)12月30日発行。
  5. ^ 放送五十年史 資料編p.686 1977年(昭和52年)3月10日発行
  6. ^ 原典は国会図書館にも見つからず、文部省案を閣議決定することになっていたが、閣議決定はされた記録はない。(国会図書館回答)
  7. ^ 朝日新聞 1941年(昭和16年)4月1日夕刊2面
  8. ^ 吉井正彦「「ラヂオ塔」を訪ね歩く (PDF) 」 、『月刊みんぱく』第35巻第5号、国立民族学博物館2011年5月2015年10月14日閲覧。
  9. ^ a b 放送電台擴音台(舊稱:放送頭)”. 文化部文化資産局. 2015年10月14日閲覧。
  10. ^ 「日本の屋根 信越放送10年史」(信越放送)巻末年表 1961年(昭和36年)10月18日刊
  11. ^ エピソード12 「市民の憩いの場となった公園」”. 上田市. 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  12. ^ 前橋市中央児童遊園(るなぱあく)旧ラジオ塔”. 国立情報学研究所文化遺産オンライン. 2015年10月14日閲覧。
  13. ^ 展示会「昭和初期の体操」の開催について”. 横浜市 (2010年7月5日). 2015年10月14日閲覧。
  14. ^ 白山公園”. 新潟市. 2015年10月14日閲覧。
  15. ^ a b “無名の灯籠はラジオ塔 兼六園”. 北國新聞. http://www.47news.jp/smp/localnews/hotnews/2012/05/post_20120526102402.php 2016年5月18日閲覧。 [リンク切れ]
  16. ^ 兼六園花便り 2015年(平成27年)8月15日付(1016号)”. 金沢市 (2015年8月15日). 2015年10月14日閲覧。
  17. ^ 名古屋の公園 (名古屋市役所)p.3.、p.25 1943年(昭和18年)5月発行
  18. ^ ラジオ塔 戦争語り継ぐ 中日新聞2017年(平成29年)2月25日朝刊22面
  19. ^ [1]The Japan Times 2017/3/6
  20. ^ 名古屋の公園 (名古屋市役所)p.3.
  21. ^ 名古屋の公園 (名古屋市役所)p.4.
  22. ^ “昭和初期のラジオ塔復活 全国唯一、往時の姿で放送”. 京都新聞. (2015年4月17日). http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20150417000022 2015年10月14日閲覧。 [リンク切れ]
  23. ^ a b c d e “京都のラジオ塔歩いて巡ろう 昭和初期から8基現存”. 京都新聞. (2016年2月26日). http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20160226000028 2016年5月18日閲覧。 [リンク切れ]
  24. ^ ウンポコ探検隊 円山公園”. 京都新聞社. 2015年10月14日閲覧。
  25. ^ ラジオ年鑑 昭和18年版 p.243..大阪府香里成田山公園
  26. ^ ラヂオ年鑑昭和16年版 p.323に「布施市小坂公園」と記載されているのは、現東大阪市中小阪1丁目の大和公園と想定される。大阪中央放送局と彫られた竣功記念建造物が現存する。(2017年4月19日確認/一幡・吉井・竹林)
  27. ^ 「ラジオ塔再発見」産経新聞大阪本社社会面 2017年(平成29年)5月18日 26p[2]
  28. ^ ”ラヂオ年鑑”昭和16年版 P.323
  29. ^ “ラジオ塔探し全国行脚 時空超える旅へいざなう”. 京都新聞. (2015年5月20日). http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20150520000063 2015年10月14日閲覧。 [リンク切れ]
  30. ^ 住吉公園の見どころ「ラジオ塔」”. 都市公園管理共同体. 2015年10月14日閲覧。
  31. ^ 府営公園120周年記念イベント「住吉公園ラジオ塔除幕式」”. 一般財団法人大阪府公園協会. 2015年10月14日閲覧。
  32. ^ 大浜公園にラジオ塔を復元 (PDF)”. 堺市 (2011年4月1日). 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  33. ^ “戦前~戦中に街頭放送流す ラジオ塔、神戸で確認”. 神戸新聞. (2011年11月27日). オリジナル2012年5月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120520203952/http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004577653.shtml [リンク切れ]
  34. ^ 明石市の指定文化財(国・県・市)《平成27年度》「1. 中崎遊園地ラヂオ塔」 (PDF)”. 明石市教育委員会. 2016年1月17日閲覧。
  35. ^ 中崎遊園地ラヂオ塔”. 国立情報学研究所文化遺産オンライン. 2015年10月14日閲覧。
  36. ^ JOTK開局記念ラジオ塔”. 島根大学. 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  37. ^ 第1回史跡松江城保存管理計画策定委員会 資料19 史跡松江城課題の整理一覧 (PDF)”. 松江市 (2015年2月1日). 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  38. ^ “街頭テレビ以前、各地に設置された街頭ラジオ -ラジオ塔-”. 市民のひろばおかやま (岡山市): p. 8. (2016年2月). http://www.city.okayama.jp/hishokouhou/hishokouhou/kouhou_01121.html 2016年5月18日閲覧。 
  39. ^ 小西伸彦 (2008-12). 鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道. 吉備人出版. p. 147. 
  40. ^ ラヂオ年鑑昭和15年版p.278岡山市大藤公園 施設年度昭和14年(同書昭和16年版p.323岡山市大薮公園は大藤公園の誤植)。大藤公園の廃止に伴い桑田公園に移設。
  41. ^ ラジオ塔”. 徳島市. 2016年5月18日閲覧。[リンク切れ]
  42. ^ ラヂオ年鑑 昭和11年版 p.356 香川県三豐郡仁尾町遊園地 角燈籠型(同町鹽田忠左衛門氏建設)写真 同書 p.319
  43. ^ 1957年(昭和32年) 「流化式塩田竣功記念」の銘鈑貼付(区画整理事業竣功記念等で設置されたラヂオ塔はあるが、これはラヂオ塔が後に竣功記念碑に転用された珍しい事例)2017年(平成29年)5月7日 現地確認/一幡公平
  44. ^ 西日本放送 2017年(平成29年)6月6日ニュース報道[3][4]
  45. ^ 三豊に「ラジオ塔」遺構 県内初確認 戦前の街頭ラジオ 四国新聞 2017年(平成29年)11月13日朝刊21面
  46. ^ ラヂオ年鑑 昭和13年版 p.241 長崎市諏訪公園(施設年度 昭和11年)
  47. ^ 「ラジオ塔:原爆の惨禍も見つめ続け・・・今年81歳」[5]毎日新聞西部夕刊 2017年(平成29年)5月9日 同長崎版 同年5月10日 (2017年(平成29年)5月1、2日現地確認/一幡公平)
  48. ^ 「戦前生まれ? ラジオ塔今も現役」長崎新聞 2017年(平成29年)5月17日10面[6][リンク切れ]
  49. ^ 「長崎公園のラジオ塔、まだまだ現役 戦況伝え、今は「体操」放送 地元「珍品を新名物に」」西日本新聞長崎版 2017年(平成29年)5月20日[7][リンク切れ]
  50. ^ 産経新聞大阪本社版社会面「十字路」 2017年(平成29年)7月21日夕刊11ページ [8]

関連項目[編集]