ラジオ塔

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清水山公園(静岡市葵区)に残るラジオ塔

ラジオ塔(ラジオとう 旧仮名表記:ラヂオ塔[1])とは、放送事業者ラジオの普及を目的に、公衆にラジオ放送を聞かせるため、公園などの公共空間に設置した、ラジオ受信機を内部に収めたである。

構造[編集]

素材は、木造、石造または鉄筋コンクリート造で、高さは約3メートルから5メートル、幅・奥行きは1.5メートル程度のサイズで建造された[2][3][4]。ラジオ受信機本体を塔内の空洞に収納する型[5]や、側面にスピーカー、外側にスイッチを配置している組み込み型[2][3][4][6][7]があった。この型では、「放送が十分間流れたあと、自動的に電源が切れる仕掛けになっていた[8]」。

歴史[編集]

ラジオ塔は社団法人日本放送協会(NHK)大阪中央放送局1930年昭和5年)6月15日大阪市天王寺公園旧音楽堂跡に初めて設置された建造物で[6]、正式名称は「公衆用聴取施設」である[5][7]

大阪中央放送局はこれ以前から、ラジオの加入者数の増加と解約者数の抑制を目的に、数々の施策を積極的に実施していた。加入者への戸別訪問によるアンケートの他、受信機器の普及・維持のための講習会や無料相談所を開設した。さらにプロモーション映画の製作と上映や、電車の車内広告・新聞などを利用して番組の告知なども行った[9]。そうした多くのプロモーション活動の中で最も効果的であるとされたのが、都市部の公園での拡声器の臨時設置によるラジオ放送であった[10]

1930年(昭和5年)3月、大阪中央放送局は「一般ノラヂオ知識ノ普及ヲ図」り「民衆ニ対スル教化、慰安、報道ノ使命ヲ如実ニ示」す事を理由に大阪市にラジオ塔の寄付を申請し、受理された[11]。大阪市側も天王寺公園の音楽堂を撤去し、ラジオ塔設置場所周辺の整備を行うなどして協力した[12]。それまでの公園などでのプロモーション活動では、臨時に設置した拡声器で放送局側が選んだ特定の番組を市民に聴取させていたが、この天王寺公園のラジオ塔は常設であり、聴取者が聞きたいときに聞けたことが、それまでの屋外でのラジオ放送と異なっていた[13]

天王寺公園のラジオ塔は好評で、甲子園で行われた全国中等学校野球大会の実況中継は特に人気を集めた[14]

1931年(昭和6年)には奈良市奈良公園神戸市湊川公園に、1932年(昭和7年)には京都市円山公園に設置[6]され、市民がいつでも自由にラジオが聴ける環境が整備されていった[15]。同年、ラジオ受信契約数が100万件を突破したことを機に、その記念事業の一つとしてラジオ塔を全国の公園等に50基建設することを計画[5][16]。こうしてラジオ塔は近畿地方以外へも普及していった。

1937年(昭和12年)の支那事変以降、政府はラジオを国民に重要事項を必聴させるためのメディアとして重要視し、「一戸一受信機」キャンペーンと共にラジオ塔建設が進めていった[17]。その結果1943年(昭和18年)までに、全国の公園、寺社、学校など450箇所以上[6]に整備された(後述)。NHKの寄付によって設置される例のほか、地元の有志の出資によって設置された例があった[6]。またNHKは、ラジオ塔の設置と並行して、鉄道省の主要駅構内にラジオ放送設備の設置を行った[18][19]

NHK設置のラジオ塔は、ラジオ体操スポーツ中継放送の際に広く用いられたとされる[6]

民間放送開始後の1955年(昭和30年)7月16日には、信越放送上田城跡公園にラジオ塔を設置している[20][21][22]

各家庭にラジオ受信機が普及したことで、次第に利用されなくなり、放置されたり、撤去されたりする例が相次いだが、現存しているものについては文化財として保全・活用する事例が出てきている。

外地での設置状況[編集]

日本政府・軍は外地住民に対して放送によってプロパガンダをおこなうため、各地にラジオ塔を建設した[23]。1934年(昭和9年)8月、台湾放送協会により台北新公園広場に台湾初のラジオ塔が建設された[23]。1939年(昭和14年)には、満州に20基のラジオ塔が設置された[23]。さらに南方だけで合計600基以上ものラジオ塔を設置する計画が立てられた[24]インドネシアジャワ島では人口1万人に1基を想定し、1944年(昭和19年)2月時点で1500基ものラジオ塔を建設したとされる[25]。またセレベス島ボルネオ島の海軍担当地域では130基以上を建設した[26]。一方フィリピンでは、コレヒドール島を拠点に日本軍に抵抗を続けるアメリカ・フィリピン軍が、短波ラジオで対日・対比放送を行っていたため、日本軍の命令で住民所有の受信機から短波帯の切断を実施。代わって市場などにラジオ塔を設置した[27]

この他、海南島[28]樺太にもラジオ塔が建設された[29]

ラジオ塔の所在地一覧[編集]

NHKのラジオ塔の所在地・設置年は日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑』『ラジオ年鑑』[5][30][2][3][4][31][32][18][19][33]によった。『ラヂオ年鑑』『ラジオ年鑑』における所在地の記載は誤記が多いとみられている[34]が、明らかな誤り以外は修正せずそのまま引用している。自治体名は現時点のもの。

設置先の施設・土地自体が現存しない例や、計画のみで設置にいたらなかったかもしれない例も含む。

現存する、または復元されたものについては★を付す。これらは、形態のみのものがほとんどであり、中波(AMラジオ)放送の受信と拡声という本来の機能まで維持されているものは少ない。活用例については各箇条書き項目に特記。

設置当初のものは現存しないが設備としてのラジオ塔が依然利用されている例については■を付す。

北海道[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1936年(昭和11年)設置
1938年(昭和13年)設置
1940年(昭和15年)設置
1941年(昭和16年)設置
設置時期不明

東北[編集]

1932年(昭和7年)設置
1939年(昭和14年)設置
1940年(昭和15年)設置
設置時期不明

関東[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1934年(昭和9年)設置
  • 移動ラジオ塔 - 『ラヂオ年鑑 昭和8年版』に「必要に応じ各所へ臨時移動設置せむとする」計画が記述され、『ラヂオ年鑑 昭和9年版』以降の直轄管内欄に「移動用」と記載されている
1937年(昭和12年)設置
1938年(昭和13年)設置
1940年(昭和15年)設置
設置時期不明

北陸・甲信越[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1937年(昭和12年)設置
1940年(昭和15年)設置
1955年(昭和30年)設置
設置時期不明

東海[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1940年(昭和15年)設置
1942年(昭和17年)設置
設置時期不明

近畿[編集]

1930年(昭和5年)設置
1931年(昭和6年)設置
1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1935年(昭和10年)設置
1937年(昭和12年)設置
1938年(昭和13年)設置
1939年(昭和14年)設置
1940年(昭和15年)設置
設置時期不明

中国[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1935年(昭和10年)設置
1936年(昭和11年)設置
1939年(昭和14年)設置
1940年(昭和15年)設置
設置時期不明

四国[編集]

1932年(昭和7年)設置
1933年(昭和8年)設置
1935年(昭和10年)設置
  • ★塩釜神社(香川県三豊市[135] - 現存[62][136]。1957年(昭和32年) 「流化式塩田竣功記念」の銘鈑貼付。地域の事業竣功記念のために設置されたラジオ塔はあるが、これはラジオ塔がのちに記念碑に転用された珍しい事例[137][138]
1939年(昭和14年)設置
1940年(昭和15年)設置
設置時期不明

九州・沖縄[編集]

1932年(昭和7年)設置
1935年(昭和10年)設置
1936年(昭和11年)設置
1937年(昭和12年)設置
1938年(昭和13年)設置
  • 湊公園(長崎市)
1939年(昭和14年)設置
1940年(昭和15年)設置
1941年(昭和16年)設置
設置時期不明

旧外地など[編集]

1934年(昭和9年)設置
1940年(昭和15年)設置
1941年(昭和16年)設置
設置時期不明

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ カナ表記の揺れおよび時代変遷についてはラジオ#概説参照。
  2. ^ a b c d 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和10年版』pp.286-287「ラヂオ塔」 - 所在地、設置年、サイズと素材。東川ラジオ塔について「焼失」と記載。
  3. ^ a b c 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和11年版』pp.356-357「ラヂオ塔」 - 所在地、設置年、サイズと素材。
  4. ^ a b c 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和12年版』pp.372-373「ラヂオ塔」 - 所在地、設置年、サイズと素材。
  5. ^ a b c d 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和8年版』pp.660-661「公衆用聽取施設」 - 所在地(計画地含む)、設置年。このうちp.661に扉付きラジオ塔の設計図。
  6. ^ a b c d e f g h i 吉井正彦「「ラヂオ塔」を訪ね歩く (PDF) 」 『月刊みんぱく』第35巻第5号、国立民族学博物館、2011年5月、2015年10月14日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 中塚久美子 (2012年5月24日). “【ラジオ塔】とうの昔に役割…終えず(キャッシュ)”. 朝日新聞 (大阪: 朝日新聞大阪本社). https://web.archive.org/web/20190824063915/http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK201205230020.html 2020年4月24日閲覧。 
  8. ^ 放送五十年史. 日本放送出版協会. (1977-03-10). p. 82 
  9. ^ 丸山 2021, p. 17.
  10. ^ 丸山 2021, p. 18.
  11. ^ 人見 2020, pp. 49–51.
  12. ^ 人見 2020, p. 52.
  13. ^ 丸山 2021, p. 19.
  14. ^ 人見 2019, p. 186.
  15. ^ 丸山 2021, p. 20.
  16. ^ 人見 2019, p. 190.
  17. ^ 丸山 2022, p. 23.
  18. ^ a b 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和16年版』pp.322-326「ラヂオ塔施設一覽」 - 所在地、設置年。
  19. ^ a b 日本放送協会(編)『ラジオ年鑑 昭和17年版』pp.317-323「ラジオ塔施設一覽」 - 所在地、設置年。
  20. ^ a b 信越放送株式会社(編)『日本の屋根 信越放送10年史』(信越放送、1961年)巻末年表
  21. ^ a b 上田城の歴史 エピソード12「市民の憩いの場となった公園」(キャッシュ)”. 上田市. 2020年4月24日閲覧。
  22. ^ a b c d ラジオ塔 日本ラジオ博物館
  23. ^ a b c 井川 2021, p. 20.
  24. ^ 村上 2021a, p. 53.
  25. ^ 村上 2021b, p. 77.
  26. ^ 村上 2021b, p. 84.
  27. ^ 松山 2021, p. 32.
  28. ^ 沼田 2021, p. 348.
  29. ^ 井川 2021, p. 19.
  30. ^ a b 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和9年版』pp.410-411「全國ラヂオ塔建設箇所一覽」 - 所在地。うちp.411に札幌中島公園ラヂオ塔の写真。
  31. ^ 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和13年版』pp.240-241「全國ラヂオ塔建設個所一覽」 - 所在地、設置年。
  32. ^ 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和15年版』pp.277-278「ラヂオ塔施設一覽」 - 所在地、設置年。
  33. ^ 日本放送協会(編)『ラジオ年鑑 昭和18年版』pp.243-245「公共用ラジオ塔施設」 - これまでの年鑑に掲載されていない所在地。
  34. ^ a b “戦前~戦中に街頭放送流す ラジオ塔、神戸で確認”. 神戸新聞. (2011年11月27日). オリジナルの2012年5月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120520203952/http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004577653.shtml 2015年10月14日閲覧。 
  35. ^ 『ラヂオ年鑑 昭和8年版』『ラヂオ年鑑 昭和9年版』には「函館東川小公園」としか記載されておらず具体的な場所不明。
  36. ^ 『ラヂオ年鑑』には「亀田郡大沼公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  37. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「網走町南一東一」とあるのみで場所の記載なし
  38. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「厚岸町松葉町」とあるのみで場所の記載なし
  39. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「留萌町南大通」とあるのみで場所の記載なし
  40. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「瀬棚町金津町」とあるのみで場所の記載なし
  41. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「江差町中歌町」とあるのみで場所の記載なし
  42. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「幌別郡幌別村登別温泉」とあるのみで場所の記載なし
  43. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「稚内町神社前」としか記載されておらず具体的な場所不明
  44. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「富良野町市場」、『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「富良野町市街」としか記載されておらず具体的な場所不明
  45. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「虻田町洞爺湖温泉」とあるのみで場所の記載なし
  46. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「弟子屈町」とあるのみで場所の記載なし
  47. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「仙台市霊屋下」とあるのみで場所の記載なし
  48. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「盛岡公園」と誤記
  49. ^ 『ラジオ年鑑』には「上ノ山町駅前通り」としか記載されておらず具体的な場所不明
  50. ^ 『ラジオ年鑑』には「白河町駅前通り」としか記載されておらず具体的な場所不明
  51. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「致達」と誤記
  52. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「馬渡公園」と誤記
  53. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「若柳町神社境内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  54. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「古川町十日町角」としか記載されておらず具体的な場所不明
  55. ^ 『ラヂオ年鑑 昭和18年版』には「宮城県松島海岸公園広場」としか記載されておらず具体的な場所不明
  56. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』では「各地町」と誤記
  57. ^ 『ラヂオ年鑑 昭和18年版』には「福島県本宮町摩利支天境内」と記載。寺院は不明
  58. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』にのみ記載。
  59. ^ 「AKラジオ塔除幕式」隅田公園 アマナイメージズ - 著作権は文藝春秋
  60. ^ 私の“東京大空襲” 小田昌衛さん|NHK戦争証言アーカイブス - NHKアーカイブスポータルにおける「隅田公園のラジオ塔前広場」に関する証言。「山谷堀隅田川へ流れ込む辺り」にあったとしており、両岸にまたがる公園のうち台東区側にあったことが裏付けられる。
  61. ^ 展示会「昭和初期の体操」の開催について”. 横浜市 (2010年7月5日). 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  62. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao 岡本智博『近所にあるかも?戦前の街頭ラジオの痕跡「ラジオ塔」 デイリーポータルZ、2019年10月2日 - 在野のラジオ塔研究家へのインタビューおよび現存ラジオ塔の写真一覧。
  63. ^ 前橋市中央児童遊園(るなぱあく)旧ラジオ塔”. 国立情報学研究所文化遺産オンライン. 2015年10月14日閲覧。
  64. ^ 中央児童遊園ラジオ塔 前橋市
  65. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年』では「調宮公園」と表記
  66. ^ 『ラジオ年鑑』では「川越市営グラウンド」と記載
  67. ^ 白山公園”. 新潟市. 2015年10月14日閲覧。
  68. ^ 兼六園花便り 2015年(平成27年)8月15日付(1016号)”. 金沢市 (2015年8月15日). 2015年10月14日閲覧。
  69. ^ a b “無名の灯籠はラジオ塔 兼六園”. 北國新聞. http://www.47news.jp/smp/localnews/hotnews/2012/05/post_20120526102402.php 2016年5月18日閲覧。 [リンク切れ][リンク切れ]
  70. ^ 『ラジオ年鑑』には「上田市公園広場」としか記載されておらず具体的な場所不明
  71. ^ 『ラジオ年鑑』では「清水公園」と記載
  72. ^ a b c d e f g 名古屋市役所(編)『名古屋の公園』(1943年)pp.3-7「公園一覧」の「施設概要」欄。
  73. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「清水市港町一丁目」としか記載されておらず具体的な場所不明
  74. ^ ラジオ塔 戦争語り継ぐ 中日新聞2017年(平成29年)2月25日朝刊22面
  75. ^ “Locals seek to preserve Nagoya park's wartime radio broadcast tower”. The Japan Times. (2017年3月6日). http://www.japantimes.co.jp/news/2017/03/06/national/locals-seek-preserve-nagoya-parks-wartime-radio-broadcast-tower/ 
  76. ^ 暮らしの情報 ラジオ塔(志賀公園) 名古屋市観光文化交流局
  77. ^ a b c d e f g h 『ラジオ年鑑』に記載なし
  78. ^ 暮らしの情報 ラジオ塔(松葉公園) 名古屋市観光文化交流局
  79. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「多治見市土岐川畔」としか記載されておらず具体的な場所不明
  80. ^ 暮らしの情報 ラジオ塔(中村公園) 名古屋市観光文化交流局 - 同資料では1943年(昭和18年)頃設置と推定されている。
  81. ^ ウンポコ探検隊 円山公園(キャッシュ)”. 京都新聞社. 2020年4月24日閲覧。
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  84. ^ 大浜公園にラジオ塔を復元(キャッシュ) (PDF)”. 堺市 (2011年4月1日). 2020年4月24日閲覧。
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  87. ^ 中崎遊園地ラヂオ塔”. 国立情報学研究所文化遺産オンライン. 2015年10月14日閲覧。
  88. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「大阪市大手前公園」と記載
  89. ^ “ラジオ塔探し全国行脚 時空超える旅へいざなう”. 京都新聞. (2015年5月20日). http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20150520000063 2015年10月14日閲覧。 [リンク切れ]
  90. ^ a b c d e “京都のラジオ塔歩いて巡ろう 昭和初期から8基現存”. 京都新聞. (2016年2月26日). http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20160226000028 2016年5月18日閲覧。 [リンク切れ]
  91. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「京都府八瀬公園」と記載
  92. ^ 『ラヂオ年鑑』には「京都府宮津町天ノ橋立」としか記載されておらず具体的な場所不明
  93. ^ 東大阪市中小阪1丁目。『ラヂオ年鑑 昭和16年版』以降には「布施市小坂公園」と記載
  94. ^ ““ラジオ塔”が新たに東大阪で発見”. 産経新聞大阪本社社会面: p. 26. (2017年5月18日). https://www.sankei.com/article/20170517-IDKF66TXFVOJZFVUCHGZONUGMI/ 
  95. ^ “新発見のあの“ラジオ塔”前でラジオ体操”. 産経新聞大阪本社版社会面「十字路」夕刊: p. 11. (2017年7月21日). https://www.sankei.com/article/20170721-RHUYLTLERNPFXHQMAOR725QSVI/ 
  96. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「豊中市豊中小公園」、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「豊中市小公園」として記載
  97. ^ 『ラジオ年鑑』には「兵庫県六甲山公園」として記載
  98. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「奈良県御所町小公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  99. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「奈良県吉野山公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  100. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「和歌山市和歌浦公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  101. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「和歌山県田辺町公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  102. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「滋賀県八幡町公園内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  103. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「南海電車沿線長野」としか記載されておらず具体的な場所不明
  104. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「南海電車沿線淡輪」としか記載されておらず具体的な場所不明
  105. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「阪急沿線西宮」としか記載されておらず具体的な場所不明
  106. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「阪急沿線夙川畔」としか記載されておらず具体的な場所不明
  107. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「阪急沿線伊丹」としか記載されておらず具体的な場所不明
  108. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「阪急沿線武庫川畔」としか記載されておらず具体的な場所不明
  109. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「奈良県高田町公園内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  110. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「丹波市町川原城新地堤防」としか記載されておらず具体的な場所不明
  111. ^ JOTK開局記念ラジオ塔”. 島根大学. 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  112. ^ 第1回史跡松江城保存管理計画策定委員会 資料19 史跡松江城課題の整理一覧(キャッシュ) (PDF)”. 松江市 (2015年2月1日). 2020年4月24日閲覧。
  113. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降「今市町享楽園」との記載があるが詳細不明
  114. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降「大藪公園」と誤記
  115. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「高松町稲荷神社」と誤記
  116. ^ a b “街頭テレビ以前、各地に設置された街頭ラジオ -ラジオ塔-”. 市民のひろばおかやま (岡山市): p. 8. (2016年2月). http://www.city.okayama.jp/contents/000244403.pdf 2020年4月19日閲覧。 
  117. ^ 小西伸彦 (2008-12). 鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道. 吉備人出版. p. 147 
  118. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降「高梁町報国ラジオ体操会場」との記載があるが詳細不明
  119. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「三原市営グラウンド」としか記載されておらず具体的な場所不明
  120. ^ 安芸郡府中町なのか芦品郡府中町 (現・府中市)なのか不明。また、『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「府中町神社境内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  121. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「宇部市速谷神社」と誤記
  122. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「福山市遊園地」としか記載されておらず具体的な場所不明
  123. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「杉原公園」と誤記
  124. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「三津町公園内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  125. ^ 『ラジオ年鑑』には「山口市湯田公園」として記載
  126. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』以降には「萩市営グラウンド」としか記載されておらず具体的な場所不明
  127. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「青谷町」とあるのみで場所の記載なし
  128. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「境町栄町空地」としか記載されておらず具体的な場所不明
  129. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「平町平田神社神苑」としか記載されておらず具体的な場所不明
  130. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「津和野町津和野神社」としか記載されておらず具体的な場所不明
  131. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「片上町」とあるのみで場所の記載なし
  132. ^ ラジオ塔(キャッシュ)”. 徳島市. 2020年4月24日閲覧。
  133. ^ ラジオ塔』 - コトバンク - 典拠は日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」
  134. ^ 発見!とくしま市民遺産45 徳島市市民環境部文化振興課
  135. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「香川県三豊郡仁尾遊園地」と誤記
  136. ^ 日本放送協会(編)『ラヂオ年鑑 昭和11年版』p.319「香川県三豊市仁尾町ラヂオ塔」
  137. ^ “仁尾でラヂオ塔発見!”. RNC news every.. (2017年6月6日). オリジナルの2017年6月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170628201319/http://www.rnc.co.jp/news/index.asp?mode=1&nwnbr=2017060608 
  138. ^ “戦前の「ラヂオ塔」 県内初、三豊市内で遺構を確認”. 四国新聞. (2017年11月12日). https://shikoku-np.co.jp/bl/news/kagawa/evening-detail.aspx?kid=20171112000192 
  139. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「香川県坂出町広場銅像横」としか記載されておらず具体的な場所不明
  140. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「香川県平井町大字平木広場」としか記載されておらず具体的な場所不明
  141. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「愛媛県宇和町坪ヶ谷公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  142. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「愛媛県波止浜町三叉路」としか記載されておらず具体的な場所不明
  143. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「小松島町遊園地」としか記載されておらず具体的な場所不明
  144. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「高知県室戸町」とあるのみで場所の記載なし
  145. ^ 『ラジオ年鑑』には「八幡宮田遊園地」としか記載されておらず具体的な場所不明。また、『ラジオ年鑑 昭和17年版』では記載がなくなる。
  146. ^ “ラジオ塔:原爆の惨禍も見つめ続け・・・今年81歳」”. 毎日新聞. (2017年5月9日). https://mainichi.jp/articles/20170509/k00/00e/040/259000c  - 毎日新聞西部夕刊 2017年5月9日、同長崎版同年5月10日
  147. ^ 戦前生まれ? ラジオ塔今も現役 長崎新聞、2017年5月17日10面[リンク切れ]
  148. ^ 長崎公園のラジオ塔、まだまだ現役 戦況伝え、今は「体操」放送 地元「珍品を新名物に」(キャッシュ) 西日本新聞長崎版、2017年5月20日
  149. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「福島町八女公園」としか記載されておらず具体的な場所不明。また、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「福岡市八女公園」と誤記
  150. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「太宰府東園」、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「福岡県太宰府町東園内」としか記載されておらず具体的な場所不明
  151. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「佐世保市」、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「佐世保市記念公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  152. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』にのみ記載。
  153. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「雲仙公園緑地帯」、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「長崎県小浜町雲仙公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  154. ^ 『ラジオ年鑑』には「日奈久町海岸大通」としか記載されておらず具体的な場所不明
  155. ^ 『ラジオ年鑑』には「山鹿町有広場」としか記載されておらず具体的な場所不明
  156. ^ 『ラジオ年鑑 昭和16年版』には「中津市公園」、『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「中津市中津公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  157. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「伊万里町相生橋」とあるのみで場所の記載なし
  158. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「小浜町揚町海岸」としか記載されておらず具体的な場所不明
  159. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「亀山公園」と誤記
  160. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「人吉町麓公園」として記載
  161. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「延岡市三瀬町(三ツ瀬町の異表記)」とあるのみで場所の記載なし
  162. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』では「摺之浜」と誤記
  163. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「到津新町公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  164. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「福岡県水田村屋公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  165. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』では「三桂神社」と誤記
  166. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「長崎県茂木町汐見崎遊園地広場」としか記載されておらず具体的な場所不明
  167. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「御船町大通り」としか記載されておらず具体的な場所不明
  168. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「甲佐町甲南橋」とあるのみで場所の記載なし
  169. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「熊本県内牧町共同温泉場広場」とあるのみで場所の記載なし
  170. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「松橋町大通り」としか記載されておらず具体的な場所不明
  171. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「高鍋町駅通」としか記載されておらず具体的な場所不明
  172. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』では「綱掛橋」と誤記
  173. ^ 『ラジオ年鑑 昭和18年版』には「首里市尚家邸前広場」としか記載されておらず具体的な場所不明。「尚家邸」は御殿を指すとみられるが、どの御殿か不明。
  174. ^ 『ラジオ年鑑 昭和17年版』には「樺太真岡町公園」としか記載されておらず具体的な場所不明
  175. ^ 放送電台擴音台(舊稱:放送頭)”. 文化部文化資産局. 2015年10月14日閲覧。[リンク切れ]

参考文献[編集]

  • 人見 佐知子「ラジオ塔についての覚書」『民俗文化』第31号、近畿大学民俗学研究所、2019年10月、 ISSN 09162461NAID 120006813991
  • 人見 佐知子「天王寺公園のラジオ塔」『民俗文化』第32号、近畿大学民俗学研究所、2020年10月、 ISSN 09162461NAID 40022515028
  • 丸山 友美「関西に残るメディア遺構――JOBK の建設したラジオ塔」『福山大学人間文化学部紀要』第21号、2021年3月。
  • 井川 充雄「台湾におけるラジオ塔 : 日本統治下の台湾におけるラジオの共同聴取」『応用社会学研究』第63号、立教大学、2021年3月、 ISSN 03876756
  • 沼田 尚道「昭和10年代日本の海外放送とタイ・バンコク」『新世紀人文学研究会』第4号、新世紀人文学研究会、2021年3月、 ISSN 24342416
  • 村上 聖一「「南方放送史」再考①」『放送研究と調査』第71巻第3号、NHK放送文化研究所、2021a 2023、 ISSN 24335622NAID 130008027744
  • 村上 聖一「「南方放送史」再考②」『放送研究と調査』第71巻第4号、NHK放送文化研究所、2021b 2023、 ISSN 24335622NAID 130008040538
  • 松山 秀明「「南方放送史」再考③」『放送研究と調査』第71巻第5号、NHK放送文化研究所、2021年、 ISSN 24335622NAID 110002073474
  • 丸山 友美「関東に残るメディア遺構――JOAKの建設したラジオ塔」『福山大学人間文化学部紀要』第22号、2022年3月。

関連項目[編集]