ライ麦畑でつかまえて

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ライ麦畑でつかまえて』(ライむぎばたけでつかまえて, :The Catcher in the Rye)は、J・D・サリンジャー1951年に発表した小説である。

概要[編集]

高校を放校となった17歳の少年ホールデン・コールフィールドクリスマス前のニューヨークの街をめぐる物語。口語的な文体で社会の欺瞞に対し鬱屈を投げかける内容は出版当時から賛否両論を巻き起こし、一時期は発禁処分も受けた。現在では青春小説の古典的名作として、日本を含む世界中で読み継がれている。

発表以来60年以上経った今でも版を重ねており、累計発行部数は全世界で6000万部、アメリカで1500万部を超え、2003年時点でも全世界で毎年25万部が売れる。2002年には野崎訳の累計発行部数が250万部を突破した[1]

ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンレーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーレベッカ・シェイファーを射殺したロバート・ジョン・バルドが読んでいたことでも知られる。

1945年発表の『気ちがいのぼく』と1946年発表の『マディソン街はずれの小さな反抗』は、本作の元となった短編作品である。

あらすじ[編集]

物語は語り手であり主人公のホールデン・コールフィールドが西部の街の病院で療養中、去年のクリスマスの出来事を語るという形式で叙述される。ホールデンはプレップスクールであるペンシー校から成績不良で退学処分を受ける。ホールデンはフットボールの試合を観戦せずに、歴史教師のスペンサー先生に別れの挨拶に行くが、酷い内容の答案を読み上げられうんざりする。その後、寮に戻り、隣の部屋に住むにきびだらけの男アックリーや、ルームメイトのストラドレイターと会話し、ストラドレイターから作文の宿題の代筆を頼まれる。ストラドレイターはジェーン・ギャラガーという、ホールデンが一昨年の夏に親しくしていた女の子とデートするために出て行く。ホールデンは食事をとった後、白血病で死んだ弟のアリーの野球ミットについて作文に書く。デートから帰ってきたストラドレイターは作文に文句を付け、ジェーン・ギャラガーのことで興奮していたホールデンと喧嘩になり、ホールデンは殴られて鼻血を出す。気がめいったホールデンは学校を追い出される前に自分からここを出て行くことを決める。

ニューヨークに向かう電車の中、ホールデンはモロウというペンシーの同級生の感じのいい母親と乗り合わせるが、ホールデンは偽名を使い、脳に腫瘍ができていると嘘をつく。ニューヨークにつくとホテルを取り、ロビーでシアトルから旅行に来ていたミーハーな女の子たちどダンスしたり、ナイトクラブでピアノ演奏を聴くが、会う人間たちの俗物性に嫌気が差し、ますます気分が落ち込む。ホテルに戻るとエレベーター係の男に娼婦を買わないかと持ちかけられ、5ドルで了承すると、という女の子が部屋にやってくるが、やはり気が滅入り、会話だけして帰らせる。しばらくするとエレベーター係が部屋にやってきて、代金は10ドルだと言いがかりを付けられ、反抗したホールデンはまたしても殴られる。

翌朝、ホールデンは女友達のサリーに電話してデートの約束を取り付ける。朝食をとっていると、感じのいい二人の尼僧と隣り合い、『ロミオとジュリエット』について話し、10ドルを寄付する。その後、道で小さな子供が「ライ麦畑で誰かが誰がが捕まえたら(If a body catch a body coming through the rye.)」という唄[2]を歌うのを目にし、少し気分が晴れる。セントラルパークに向かったのち、サリーと待ち合わせて、ブロードウェイラント夫人の出演する演劇を観るが、役者や観客の欺瞞に辟易する。その後、ホールデンとサリーはリンクに行きアイススケートをする。ホールデンは突然、今から二人で田舎にいってそこで結婚して自給自足の生活を送ろうと持ちかけるが、サリーにはまったく相手にされず、「スカスカ女」と言ってひどく怒らせてしまう。サリーと別れたホールデンは、映画を観たり、かつて高校で指導係だったカール・ルースと会って会話するが、ますます気分は落ち込んでいき、一度家に帰って妹のフィービーに会うことにする。

家に帰ると両親は出かけており、フィービーの部屋で妹と再会する。放校になったことを知ると、フィービーは、ホールデンは「世の中のことすべてが気に入らない」のだと言う。ホールデンはそれを聞いて落ち込み、考えた末、自分がなりたいのは、ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、崖から落ちそうになったときに捕まえてあげる、ライ麦畑のキャッチャーのようなものだと言う。その後、両親が家に帰ってきたため、ホールデンは見つからないようにこっそり抜け出し、かつての高校の恩師であるアントリーニ先生の家を訪れる。アントリーニ先生はホールデンに助言を与えるが、ホールデンは強烈な眠気に襲われる。カウチで眠りにつくが、しばらくして目が覚めると、アントリーニ先生がホールデンの頭を撫でている。驚いたホールデンはすぐに身支度して、そのまま家を飛び出し、駅で夜を明かす。

翌朝、街を歩きながらホールデンは、森のそばに小屋を建て、聾唖者のふりをして、一家で世間から身を隠して暮らそうと考える。別れを告げるためにフィービーにもう一度会うが、フィービーは自分もホールデンに付いていくと言う。ホールデンは拒否するが、フィービーも譲らず、険悪な雰囲気のまま動物園に入るが、そこの回転木馬に乗ったフィービーを降りだした雨の中で眺めたとき、ホールデンは強い幸福感を覚える。

日本語訳[編集]

  • 『危険な年齢』[3]橋本福夫訳、ダヴィッド社、1952年)
  • 『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳、白水社、1964年)
  • 『ライ麦畑の捕手』(繁尾久訳、英潮社版、1967年)
  • 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳、白水社、2003年)

続編騒動[編集]

2009年6月1日、「ライ麦畑でつかまえて」の続編と称し、2009年9月スウェーデン出版社から発売される予定の作品「60年後 ライ麦畑を通り抜け」(著者は「J・D・カリフォルニア」)に対し、著者であるサリンジャーは出版差し止めを求め、作者と出版社を著作権侵害提訴した[4][5]。訴状でサリンジャーは、「知的財産を被告に使わせるつもりはない」「続編はパロディーでも批評でも批判でもない」としている。2009年7月1日、ニューヨーク連邦地方裁判所はアメリカ合衆国内での出版差し止めを命じた[6]

脚注[編集]

  1. ^ 『文學界』2003年6月号「サリンジャー再び」
  2. ^ 唄はスコットランド民謡の『Comin' Thro' the Rye』だが、歌詞は正しくは「ライ麦畑で誰かが誰かと出会ったら(If a body meet a body coming through the rye.)」である。
  3. ^ 著者名は「J.D.サリンガー」表記。
  4. ^ サリンジャー氏、「ライ麦畑でつかまえて」続編をめぐり提訴ロイター、2009年6月2日。
  5. ^ ライ麦畑「続編はダメ」 サリンジャー氏、差し止め要求朝日新聞、2009年6月2日。
  6. ^ 「ライ麦でつかまえて」続編差し止め サリンジャー氏勝訴 産経ニュース 2009.7.2

参考文献[編集]

  • 渥美昭夫井上謙治編 『サリンジャーの世界』 荒地出版社、1969年。
  • 竹内康浩 『サリンジャー解体新書「ライ麦畑でつかまえて」についてもう何も言いたくない』 荒地出版社、1998年。
  • 竹内康浩 『ライ麦畑のミステリー』 せりか書房、2005年。
  • 田中啓史 『「ライ麦畑のキャッチャー」の世界』 開文社、1994年。
  • 田中啓史 『イエローページ サリンジャー』 荒地出版社、2000年。
  • 田中啓史編 『ライ麦畑でつかまえて』 ミネルヴァ書房、2006年。
  • ポール・アレクサンダー 『サリンジャーを追いかけて』 DHC、2003年。
  • イアン・ハミルトン 『サリンジャーをつかまえて』 文春文庫、1998年。
  • ウォーレン・フレンチ編 『サリンジャー研究』 田中啓史訳、荒地出版社。
  • ホールデンコールフィールド協会編 『「ライ麦畑」の正しい読み方』 飛鳥新社、2003年。
  • 村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文藝春秋、2003年