ライモンド・モンテクッコリ (軽巡洋艦)

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ライモンド・モンテクッコリ
オーストラリア訪問時(1938年12月)
オーストラリア訪問時(1938年12月)
基本情報
建造所 アンサルド、ジェノバ造船所
運用者  イタリア王立海軍
艦種 嚮導巡洋艦 (軽巡洋艦)
級名 モンテクッコリ型
モットー Con risolutezza, con rapidità
母港 ナポリ
艦歴
発注 1930-31年計画
起工 1930年10月1日
進水 1934年8月2日
就役 1935年6月30日
除籍 1964年5月31日
その後 1972年に解体
要目
基準排水量 7,405英トン
常備排水量 8,875トン
満載排水量 8,994トン
全長 182.20m
最大幅 16.60m
吃水 6.0m
ボイラー ヤーロー-アンサルド水管缶6基
主機 ベッルッツォ式タービン2基
推進 2軸
出力 計画 106,000hp
速力 計画 37ノット
航続距離 計画 4,122海里 / 18ノット
乗員 551名および司令部27名
兵装 アンサルド1929年式152/53砲イタリア語版 4基8門
OTO/アンサルド100/47砲イタリア語版3基6門
ブレダ1932年式37mm機銃イタリア語版連装4基(竣工時)
エリコン1S 20mm機関砲連装4基(改装後)
533mm連装発射管2基4門
装甲 機関部舷側 60mm、甲板 30mm
ターレット70mm、甲板30mm
司令塔 100mm
搭載機 水偵2機
レーダー グフォレーダー英語版(1943年搭載)
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ライモンド・モンテクッコリイタリア語: Raimondo Montecuccoli)はイタリア海軍軽巡洋艦である。ライモンド・モンテクッコリ級の1番艦(ネームシップ)。艦名は17世紀にオーストリアで転戦したイタリア人の将軍ライモンド・モンテクッコリにちなむ。戦後の1964年まで在籍していた。

艦歴[編集]

1931年10月1日アンサルドジェノバ造船所イタリア語版で起工、1934年8月2日進水、1935年6月30日就役。1937年の上海事変勃発によりイタリアの権益保護の為イタリア東洋艦隊旗艦として上海へ出動。 1939年6月に日本へ親善航海を行い、長崎別府神戸横浜を訪問[1]。1939年11月にバルトロメオ・コレオーニと共にイタリアに帰還した。

ライモンド・モンテクッコリはプンタ・スティロ海戦6月中旬海戦に参加:パンテッレリーア島付近においてエウジュニオ・ディ・サヴォイア英語版と共に行動し、駆逐艦ベドウィン英語版を大破に追い込み、タンカー「ケンタッキー」を撃沈することに成功、 しかし既に損傷していたパートリッジを撃沈する事はできなかった。

1942 年12月4日、米軍機のナポリ空襲によって大破し、死者は44人にのぼった。修理の為パレルモに回航されたが1943年8月に連合軍との講和成立。イタリア軍の武装解除の後、イタリア艦籍に復帰し、訓練艦として1964年まで在籍した。その後1972年に解体されたが、その一部が主砲等と共にペルージャ郊外のチッタ・デッラ・ドメニカイタリア語版に保存された。

参考資料[編集]

  1. ^ Breve storia del Montecuccoli e degli incrociatori leggeri” (2007年10月23日). 2019年2月16日閲覧。

外部リンク[編集]