ライフタテヤマ

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ライフタテヤマ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1982年4月22日
死没 2011年11月13日
ハイセイコー
チェリータテヤマ
生国 日本の旗 日本北海道静内町
生産 谷岡正次
馬主 辻幸雄
調教師 安田伊佐夫栗東
競走成績
生涯成績 15戦8勝
獲得賞金 1億5482万3800円
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ライフタテヤマ日本競走馬種牡馬1986年優駿賞最優秀ダートホースである。ダートでは、6戦して全勝。主戦騎手猿橋重利

馬齢は当時の表記(数え年)で統一する。

戦績[編集]

中央競馬で競走生活を送る。1984年9月阪神競馬場新馬戦でデビュー。初戦こそ勝ち馬から大きく離された2着に終わるが、ダート1200メートルの折り返しの新馬戦で、2着に7馬身差をつけ初勝利を挙げた。この後芝で2戦するも勝ち切れないレースが続いたが、阪神のダート1200メートルの400万下条件戦で2着に4馬身差をつけ勝利。オープン入りを果たした。続く中京3歳ステークスも危なげなく勝利し、芝もこなせることを証明した。

明け4歳の初戦は、シンザン記念。1番人気に応えて、セントシーザーを1馬身半差し切り、3連勝で重賞初制覇を達成。クラシックへの期待も高まったが、骨折により長期休養を余儀なくされた。

1年の休養を経て、馬体重は30キロも増加。約500キロの雄大な馬格となっていた。復帰戦のサンケイ大阪杯こそ逃げつぶれて最下位の10着に終わったが、続く京阪杯は、後方から鋭く伸び3着に入り、調子を上げて当時ダート馬場しかなかった札幌に遠征した。札幌記念に臨み猿橋が「札幌記念を使いに来たんじゃない。勝ちに来たんだ」と発言するなど、陣営は絶対の自信を覗かせていた。レースは、先行して4コーナーで先頭に立つと、後は手綱を抑えたまま後続を引き離し、2着のペシャワールに5馬身差をつけての勝利。続くダート1800メートルのタイムス杯では58.5キロの斤量を背負ったが、札幌記念と同じく4角先頭からペシャワールに3馬身差をつけ快勝して、札幌遠征を終えた。

秋は、朝日チャレンジカップから始動したが、ドウカンヤシマの逃げ切りを許しクビ差の2着。本番の天皇賞(秋)では、関西馬の雄として期待され3番人気に推されるも、出遅れが影響して中団から伸びを欠き、サクラユタカオーの9着に終わった。この後はダート路線に戻り、ウインターステークスに出走。単枠指定とされ、単勝1.5倍と人気が集中していた。レースでは、先行して向正面で先頭に立つと、あとは馬なりのまま、2着のフェートノーザンに2馬身半差をつける余裕をもっての勝利。フェートノーザンに騎乗した中竹和也が、「勝った馬があまりに強すぎる」と脱帽するほどのレースぶりであった。当時3競走[1]のみであったサラ系古馬のダート重賞のうち2競走を制したライフタテヤマは、投票総数139票のうち138票を集め、文句無しにこの年の最優秀ダートホースに選出された。

この後裂蹄のための休養を経て、再び札幌に遠征。59キロの斤量をものともせず、ダート1800メートルの札幌日経賞に勝利した。しかし、連覇を狙った札幌記念を前にして脚部不安を発症。長期休養に入ることとなった。1年以上復帰への努力が続けられたが、脚元が回復することなく、引退を余儀なくされた。

引退後[編集]

引退後は、1989年からアロースタッドで種牡馬となった。20万円という安価な種付け料も手伝って、当初はそれなりの人気を得たが、次第に種付け頭数が先細りとなり、1999年2月用途変更となった。代表産駒は、1994年東海ダービーなどを制し、1996年川崎記念ホクトベガの2着に入ったライフアサヒ。

その後は引退名馬繋養展示事業の助成対象馬として、2010年までは新ひだか町の谷岡ファームで、2011年からは同町のRolling eggs Clubで余生を送る。2011年11月13日、老衰のため死亡。

年度別競走成績[編集]

  • 1984年 (6戦3勝)
    • 1着 - 中京3歳ステークス(オープン)
  • 1985年 (1戦1勝)
    • 1着 - シンザン記念 (GIII)
  • 1986年 (7戦3勝) - 最優秀ダートホース
    • 1着 - 札幌記念 (GIII) 、ウインターステークス (GIII) 、タイムス杯(オープン)
    • 2着 - 朝日チャレンジカップ (GIII)
    • 3着 - 京阪杯 (GIII)
  • 1987年 (1戦1勝)
    • 1着 - 札幌日経賞(オープン)

血統表[編集]

ライフタテヤマ血統ハイペリオン系 / Hyperion4×5=9.38% Nearco4×5=9.38% Beau Pere5×5=6.25%) (血統表の出典)
父系

ハイセイコー
1970 鹿毛
父の父
*チャイナロック
China Rock
1953 栃栗毛
Rockefella Hyperion
Rockfel
May Wong Rustom Pasha
Wezzan
父の母
ハイユウ
1961 黒鹿毛
*カリム
Karim
Nearco
Skylarking
*ダルモーガン
Dalmogan
Beau Son
Reticent

チェリータテヤマ
1975 鹿毛
*ファーザーズイメージ
Fathers Image
1963 栗毛
Swaps Khaled
Iron Reward
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
母の母
ストローハット
1966 鹿毛
*フロリバンダ
Floribunda
Princely Gift
Astrentia
*シエヴリーズチャリティ
Cheveley's Charity
Straight Deal
Cheveley Beauty F-No.4-d
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ フェブラリーハンデキャップ、札幌記念、ウインターステークス。

外部リンク[編集]