ライナ・カバイヴァンスカ

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ライナ・カバイヴァンスカ
Райна Кабаиванска
Raina Kabaivanska Napolitano.jpg
ライナ・カバイヴァンスカとイタリア大統領ジョルジョ・ナポリターノ(2009年)
基本情報
出生名 Raina Jakimowa
生誕 (1934-12-15) 1934年12月15日(82歳) ブルガリアの旗 大ブルガリア公国 ブルガス州ブルガス
出身地 ブルガリアの旗 ブルガリア
学歴 ソフィア音楽院
ジャンル オペラ
職業 歌手
活動期間 1957年 -
公式サイト Raina Kabaivanska - The Official Site

ライナ・カバイヴァンスカРайна Кабаиванска、ラテン文字転写:Raina Kabaivanska, 1934年12月15日 -)はブルガリア歌手ソプラノ)。ソプラノの中でも「スピント・ソプラノ」の性質を持ち、ヴェルディプッチーニ作品での歌唱においては、同じ世代のソプラノの中でもトップクラスの資質を持つ。

来歴[編集]

ライナ・カバイヴァンスカは1934年12月15日、ライナ・ヤキノヴァとしてブルガリアブルガスで、作家、獣医師およびブルガリアの国営旅行業者「バルカンツーリスト」経営者の父と物理学教授の母の間に生まれる[1][2]。間もなくソフィアに移り、同地で音楽に親しみ始める[1]。ソフィア音楽院に入学後、ライナは労働者のための芸術集団に加入し、ソプラノとメゾソプラノのためのアリアをいくつか歌うようになる[1]。やがて、声域がメゾソプラノよりかはソプラノに適していることが分かり、以降はソプラノ一本に専念することとなった[3]。また、ソフィア国立歌劇場英語版付属合唱団のメンバーも兼ね、1957年にチャイコフスキーエフゲニー・オネーギン』のタチアナ役でデビューし、ヴェルディ『仮面舞踏会』の最終場面にも出演した[1]。このソフィア音楽院時代、ライナは当時はブルガリア国内では聴取することが禁じられていた外国放送を友人とともにひそかに聞き、そこでマリア・カラスの歌声に注目するようになる[3]

翌1958年、ライナはブルガリア政府からの奨学金を得てイタリアに留学。ライナ自身の2011年の回想では、当初の留学先はイタリアではなかったようだが、カラスへの憧れからイタリアに変更してもらった[3]ミラノヴェルチェッリにてツィータ・フマガッリ・リーヴァイタリア語版に師事してさらなる研さんに励む。1959年、ライナはプッチーニ『外套』のジョルジェッタ役でイタリア・デビューを果たした。2年後の1961年には、ファーノでのレオンカヴァッロ道化師』のネッダ役でイタリアでの評判を決定づけ、指揮者アントニーノ・ヴォットージャナンドレア・ガヴァッツェーニの推薦によりスカラ座にも同じ1961年にベッリーニテンダのベアトリーチェ英語版』のアグネス役でデビューするが、後者では共演したジョーン・サザーランドのスタイルと逆の「適切な」歌唱で公演を務めた[1]。1962年、ライナはイタリア国外に進出し、メトロポリタン歌劇場(メト)にはカルロ・ベルゴンツィとの共演による『道化師』ネッダで、コヴェント・ガーデン』にはゲオルク・ショルティ指揮、マリオ・デル=モナコティート・ゴッビ出演のヴェルディ『オテロ』デズデーモナ役でそれぞれデビュー[1]アメリカにおいては1961年から1968年の間、当時ボルチモアに引退していた往年の大ソプラノであるローザ・ポンセルに歌唱技術などの教えを乞い、その教えをヴェルディの『運命の力』レオノーラ役と『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ役、プッチーニ『蝶々夫人』の蝶々さん役を演じる際に適用した[1][4]

以降、ライナはボリショイ劇場テアトロ・コロンウィーン国立歌劇場ハンガリー国立歌劇場などの世界の主要歌劇場を席巻。1973年には再建なったトリノテアトロ・レージョで、カラスの演出によるヴェルディ『シチリアの晩鐘』にエレナ役で出演。1973年9月にはNHKの招聘によるNHKイタリア歌劇団の第7回公演(NHKホール)にて日本を訪れ、オリヴィエロ・デ・ファブリティース指揮の『トスカ』で表題役を歌った。『トスカ』の公演ではフラヴィアーノ・ラボー(カヴァラドッシ)、ジャンピエロ・マストロメイ(スカルピア)と共演したが、ラボーが短躯ゆえに一苦労があった。イタリア歌劇団に関わった元NHKチーフディレクターの武石英夫によれば、ラボーのために特注のシークレットシューズを作ったものの、それを履いたところでライナの髪の毛を除いた高さにしか届かなかった[5]。2年後の1975年にはパリ・オペラ座に『イル・トロヴァトーレ』レオノーラでデビューし、1978年からはヘルベルト・フォン・カラヤンの知遇を得てウィーンでの『イル・トロヴァトーレ』公演に出演したほか、1981年と1982年のザルツブルク音楽祭でもカラヤン指揮のヴェルディ『ファルスタッフ』でアリーチェ・フォード役を務めた[1]

歌手活動のかたわらで、ライナはシエナキジアーナ音楽院で教鞭をとり、1992年からはトリノでマスター・クラスを開始している[1]。また世界各地の権威ある国際コンクールの審査員を務めている。2007年9月8日にモデナの大聖堂で行われたルチアーノ・パヴァロッティの葬儀に際しては、『オテロ』から「アヴェ・マリア」を歌った[6]。新しいレパートリーの開拓も惜しまず、レハールの『メリー・ウィドウ』、ヤナーチェクの『イェヌーファ』、ヴァイルの『闇の女』などの20世紀に作られたオペラも手掛けている[1]。2002年には新ブルガリア大学(NBU)英語版内にブルガリアの才能ある若い芸術家への支援を目的とした「ライナ・カバイヴァンスカ財団」を創設している[7]

2011年5月、ソフィアのマスコミのインタビューに応じたライナは、「デビューから54年経った今でも、イタリアはおろか世界の舞台を席巻したとは思っていない」と述べ、またイタリアに留学したままそのまま居ついたことに関しては、「当時の政権に公然と反対することは不可能で、家族は人質にされたも同然の状態であった」として、ライナ自身も何度か個人的に脅迫を受けたことを明かした[1]。2009年9月にソフィアと故郷ブルガスでソフィア・フィルハーモニー管弦楽団とのガラ・コンサートに出演した[8]あとは公的なコンサート出演はアナウンスされていないが[注釈 1]、マスタークラスの受講生に交じって、飛び入りでガラ・コンサートに出演している[9]

主なディスコグラフィ・フィルモグラフィ[編集]

スタジオ録音[編集]

  • プッチーニ『蝶々夫人』:ジーノ・タッデイ、ジャンニ・マッフェオ:ウーゴ・ラパロ指揮):1969年:BASF 59-23 329 K(LP)[10]
  • ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』:フランコ・ボニショッリ、ヴィオリカ・コルテス:ブルーノ・バルトレッティ指揮):1975年:Arts Music 43045-2(CD、2004年)[11]
  • ヴェルディ『ファルスタッフ』:ジュゼッペ・タッデイ、フランシスコ・アライサ、ローランド・パネライ、ジャネット・ペリー:カラヤン指揮):1980年:DG 447 686-2(CD)[12]

ライヴ録音[編集]

フィルモグラフィ[編集]

  • プッチーニ『トスカ』:ラボー、マストロメイ:デ・ファブリティース指揮:1973年9月24日NHKホール(第7回NHKイタリア歌劇団公演):キングレコード KIBM-1050(DVD、2008年)[19]
  • ヴァイル『闇の女』:ショーン・シムス、ジーノ・キュリコ:スティーヴン・マーキュリオ英語版指揮):2001年パレルモ:House of Opera DVDCC 764(DVD、2005)[20]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 公式サイトの当該記事のあとは、マスタークラスの案内がメインである。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k #Kabaivanska
  2. ^ #AIOL
  3. ^ a b c #Novinite
  4. ^ Rosa Ponselle: American Diva - Google ブックス p.291
  5. ^ #クラシックジャーナル pp.77-78
  6. ^ Thousands bid Pavarotti farewell” (英語). BBC News. BBC. 2013年2月7日閲覧。
  7. ^ Fund Raina Kabaivanska” (英語). Raina Kabaivanska - The Official Site. Raina Kabaivanska & NBU. 2013年2月7日閲覧。
  8. ^ News - Raina Kabaivanska plans in September concerts in Sofia and Burgas” (英語). Raina Kabaivanska - The Official Site. Raina Kabaivanska & NBU. 2013年2月7日閲覧。
  9. ^ News - Master Class of Raina Kabaivanska 2012” (英語). Raina Kabaivanska - The Official Site. Raina Kabaivanska & NBU. 2013年2月7日閲覧。
  10. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  11. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  12. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  13. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  14. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  15. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  16. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  17. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  18. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。
  19. ^ #クラシックジャーナル p.69
  20. ^ There are 71 recordings on file in which Raina Kabaivanska appears” (英語). Operadis-opera-Discography. Brian Capon. 2013年2月7日閲覧。

参考文献[編集]

サイト[編集]

印刷物[編集]

  • NHK交響楽団(編) 『NHK交響楽団五十年史』 NHK交響楽団、1977年
  • NHK交響楽団(編)「NHK交響楽団全演奏会記録2」、『Philharmony』第73巻第2号、NHK交響楽団、2001年
  • 中川右介(司会・構成)「座談会 伝説のイタリア・オペラ」 『クラシックジャーナル』32、武石英夫、松坂茂樹、小山正、アルファベータ、2008年、57-81頁。ISBN 978-4-87198-742-4

外部リンク[編集]