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ヨン・バウエル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヨン・バウエル
John Bauer
1918年ころのヨン・バウエル
生誕 (1882-04-06) 1882年4月6日
ヨンショーピング市
死没 1918年12月20日(1918-12-20)(36歳没)
ヴェッテルン湖で水難死
国籍  スウェーデン
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ヨン・バウエル作の『妖精姫』挿絵

ヨン・バウエルJohn Bauer, 1882年 - 1918年12月20日)は、スウェーデン画家

最も知られた作品としては、童話集Bland tomtar och troll (小人やトロールの中) がある。

生涯

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ヨン・バウエルは二人の兄弟と一人の姉と共にスウェーデンのヨンショーピング市に生を受けた。姉が13歳の時に夭折したことはヨン・バウエルのその後の生い立ちに大きな影響を与えた。彼は、父親のシャルキトリー作りを支えながら、常にスケッチをし、絵を描くことを止めなかった。16歳の時、ストックホルムで絵画を専攻し、二年後にはスウェーデン王立芸術アカデミーに入る。[1]

アカデミーで画学生のエステル・エルクヴィスト(1880-1918)と知り合い、1906年に結婚しヨン・バウエルの故郷に近いヨンショーピング県のGrännaで暮らした。1908年から1910年にかけてドイツとイタリアを共に周遊する。エステルは『妖精姫』など、バルエルの作品に度々モデルを務めた。しかしながら、妻は自然の中の暮らしになじめず、次第にうつ病と自己嫌悪に苛まれる様になった結果、1918年に彼らは離婚について話し合い、まずストックホルムでやり直し、郊外に快適な邸で暮らすことになった。ストックホルムに移動するために、家族はフェリーに乗船したが1918年11月20日に乗船した蒸気船は、ヴェッテルン湖で嵐に遭い沈没し、エルクヴィスト夫妻と息子を含む乗員乗客24名は死亡した[2][3]

影響

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バウエルの初期の作品はAlbert Engströmカール・ラーションなど同年代のスウェーデン画家にかなり影響を受けている。イギリス人挿絵画家の、アーサー・ラッカムエドマンド・デュラックなどに幅広く影響を与えた。また、ノルウェーミュージシャンであるMortiisが発表しているアンビエント・ミュージックのアルバムジャケットに多数の作品が用いられている。

作品

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参照

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  1. The John Bauer Museum
  2. Trollgumma and kungabarn John Bauer Malmo Sweden Oil Painting Reproductions 49478. In: steveartgallery.se. Abgerufen am 23. Dezember 2023.
  3. Getåolyckan 1918 (swedish). 2006年7月23日閲覧。

参考文献

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  • The Artist John Bauer And His World, Helen Agrenius (curator, Jönköping museum), 1996.
  • John Bauer Sagotecknaren, Harald Schiller, 1935 (Swedish).

外部リンク

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