ヨハン・シュレック
ヨハン・シュレック(Johann Schreck、1576年 - 1630年5月11日)は、ドイツ[1]の学者、イエズス会修道士。
イエズス会に入会する以前から、シュレックは数学や医学、博物学などの多彩な分野に通じる博学者として知られていた[2]。明末の中国からニコラ・トリゴーが一時帰国すると、ヨーロッパ各国を回って学術情報と書籍の収集を助け[3]、そのまま中国派遣団に加わる。[4]。単独の著作としては、西洋の科学技術を中国に伝えた『遠西奇器図説録最』が有名。
ラテン語化したヨアンネス・テレンティウス(Ioannes Terrentius)、またはヨハン・テレンツ(Johann Terrenz)の名でも知られる。中国名は鄧玉函(Dèng Yùhán)。
略歴
[編集](参考文献の明示のない部分は、外部リンクの Collani による)
シュレックは神聖ローマ帝国コンスタンツ司教領(現在のバーデン=ヴュルテンベルク州ジグマリンゲン郡)ビンゲンに生まれた。フライブルク大学で学び、1596年に医学の修士(magister)を取得した[5]。
1600年からパリで「近代代数学の父」、フランソワ・ビエトに協力した。1603年にビエトが没すると、パドヴァ大学のガリレオ・ガリレイの門人になった。1610年から翌年にかけてローマに出て、フェデリコ・チェジらの著名な学者と知りあった。1611年にはチェジが創立者であるアッカデーミア・デイ・リンチェイ(山猫アカデミア)にガリレオとともに入会を許された。シュレックはスペインの科学者フランシスコ・エルナンデスが残したヌエバ・エスパーニャの動植物百科事典の草稿を編集する仕事を行ったが、この書物はシュレックの没後まで出版されなかった。
シュレックは1611年11月にイエズス会に入会して神学を学んだ。ニコラ・トリゴーがローマを訪れて中国宣教師を募るとシュレックは志願し、1618年にリスボンを出発した。1619年にマカオに到着したが、当時キリスト教は中国国内から排除されており、しばらくマカオから出られなかった。1621年に杭州、1623年に北京に入り、暦法見直しの中心人物になった。
1629年に徐光啓が西洋の技術で改暦を行うことを進言し、それが正式に認められると、シュレックはガリレオに手紙を書いて助言を求めた。ガリレオから返事が来なかったため、今度はヨハネス・ケプラーに助言を求めた。ケプラーは細かい助言とともに彼のルドルフ表を送った。しかしシュレックは翌1630年に没し、実際の改暦にはあまり関与しなかった。改暦の仕事はアダム・シャールを中心として遂行された。
奇器図説
[編集]『遠西奇器図説録最』(単に『奇器図説』ともいう。1627年刊、3巻)は西洋の科学技術を図解紹介した書物で、西洋の書物の記述をシュレックが口頭で説明し、それを王徴が文章にした[6]。図も本来は西洋の書物にあったものを中国風に描きなおしたものである。
この書物は中国以外の国にも影響を及ぼした。朝鮮では1794年の水原華城建築時に、実学者の丁若鏞が『古今図書集成』に収録されていた『奇器図説』の記載を元にして「挙重機」などの機械を設計したことがよく知られている[7]。
江戸時代の日本では禁書であったが、その一方で徳川吉宗のときに『名家叢書』が作られ、深見有隣・桂山義樹が和訳した『奇器図説』を収録している[8]。
脚注
[編集]- ^ 外部リンクの The Archimedes Project のようにスイス人とする文献もあるが、今 Collani による
- ^ シュレックが多彩な分野に通じていたことについては、Golvers 2020, Chapter 4。
- ^ このヨーロッパ周遊については、Golvers 2020, Chapter 1。また、橋本1981, p.71.
- ^ 橋本1981, p.77-78.「西洋天学遠臣」に任じられたことについては、p.78の中ほど。同ポストの必要性を説明し、龍華民(ニコロ·ロンゴバルド)と鄧玉函(シュレック)を推挙する奏上が、徐光啓等編『新法算書』治暦縁起一に収録されている。
- ^ Golvers 2020, pp.22-23
- ^ Qiqi tushuo 奇器圖說. Yuanxi qiqi tushuo luzui 遠西奇器圖說錄最., The Ricci Institute Library Online Catalog
- ^ 金鎬「《古今圖書集成》在朝鮮的傳播與影響」『東華漢學』第11号、2010年、241-272頁。
- ^ 『将軍のアーカイブズ:名家叢書』国立公文書館。
外部リンク
[編集]- 『遠西奇器圖說錄最』。(19世紀の重刊本、凡例を欠く。バイエルン州立図書館)
- Collani, Claudia von, Biography of Johannes Schreck SJ, China missionary and scholar, Stochastikon [リンク切れ]
- Terrenz (actually Schreck), Johann, The Archimedes Project
- China Group, Johann Terrenz, Biographical Dictionary of Chinese Christianity
- 張佳『鄧玉函』華人基督教史人物辭典。
参考文献
[編集]- 橋本, 敬造. 『崇禎暦書』の成立と「科学革命」. 関西大学社会学部紀要. 12 2,p.67-84, 関西大学社会学部. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000025-I012850004833119
- Noël Golvers, Johann Schreck Terrentius, SJ: His European Network and the Origins
of the Jesuit Library in Peking, Brepols Publishers, 2020.