ヨネヤマ

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株式会社ヨネヤマ
YONEYAMA.,co ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
神奈川県川崎市川崎区日進町3-4 unicoB2階[1]
設立

1951年(昭和26年)12月27日

創業 1946年(昭和21年)4月10日[1]
事業内容 食品パッケージを通して商品企画・開発・デザイン・調達・販売・配送までリアルなビジネスを提供する。複合施設・住宅遺産の運営[1]
代表者 武井泰士代表取締役社長兼グループ代表)[1]
資本金 3,500万円[2]
売上高 181億円[2][3]
従業員数 104人[2]
主要子会社 モノウェア、エフアンドテイ、エアハート[4]
関係する人物 米山市郎(創業者)
外部リンク https://www.foodware.jp/
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株式会社ヨネヤマ(英:YONEYAMA.,co ltd.)は神奈川県川崎市川崎区に本社をおく、食品パッケージの商品企画、調達、製造、販売、配送までリアルなビジネスを提供する日本企業である。主な販路はスーパーマーケットコンビニエンスストア、食品メーカー、外食チェーン向けのB to BインターネットによるB to Cの両輪で展開し、自社が販売する製品を「フードウェア(foodware)商標登録」と称している[5]

概要[編集]

1946年(昭和21年)4月、戦後まもない川崎市並木にて長野県飯田市出身の米山市郎により個人商店として創業。アイスキャンディー用の木の棒や割り箸、箸用の紙の袋、広告を入れたマッチ、包装紙などを取扱商品としていた[6]。マッチ箱の開発と食肉店向けの竹皮・経木に変わる製品として人造竹皮(ワロンセルパック)(特許取得)を米山貞三が考案し、ヒット商品化し大躍進。食品トレーレジ袋、食品ラベル、割り箸などを扱う総合的食品包装商社に成長[3][7][6][8]

1963年に社員公募で社名をカタカナのヨネヤマに改める。スーパーマーケットの台頭により、1975年からは卸売りを強化。配送部門の充実、レジ袋への対応などを迅速に進めた結果、スーパーマーケットとの取引を増やし、業界トップとなる土台を形成する。食品分野以外にも、清掃具や白衣などの衛生用品、コンテナ段ボールなどの物流関連用品、店舗用品など約8万種類の商品を供給。企画開発デザイン・調達・配送リサイクルまでを含め提供する[5]。顧客と共に進める企画力、提案力、商品開発力の高さに定評があり、2015年度ダイヤモンド経営者倶楽部 優秀企業賞を受賞[3][7][6][8]

沿革[編集]

  • 1946年(昭和21年) - 4月、個人商店として川崎市並木(現・川崎区)で創業。
  • 1951年(昭和26年) - 12月、本店所在地を同市砂子(現・川崎区)として株式会社米山商店設立。社員は20名。資本金100万円。
  • 1958年(昭和33年) - 食肉店向けの竹皮・経木に変わる製品として人造竹皮(ワロンセルパック)(特許取得)を米山貞三が考案し、ヒット商品化し大躍進。その後、ワロンの特許は福助工業に無償で使用許諾する[6]
  • 1962年(昭和37年) - 川崎市日進町(現・川崎区)に別館ビルを建設。このビルは現在の複合施設unicoとして存続し、不動産事業として運営されている[6]
  • 1963年(昭和38年) - 社名商号を社員公募しカタカナの株式会社ヨネヤマとする[6]
  • 1967年(昭和42年) - 本社ビルが完成し本社を移転[6]
  • 1970年(昭和45年) - 製造と販売を分離する目的で、株式会社ヨネヤマ加工(現 株式会社モノウェア)を設立し、印刷・製袋(商品名:エリートバッグ(商標登録))・ワロンの製造を開始。高級オフセット印刷機を導入しポスターなどの写真印刷を主力に、横浜駅周辺のショッピングセンター・銀座マギー・浜田幸一衆議院議員の選挙ポスターなどを印刷する。主力商品であった広告入りマッチは使い捨てライターの出現で衰退していった。
  • 1973年(昭和48年) - インドネシアスマトラでかつて日本が植林したを割り箸の原料する目的で現地合弁企業PT.ピロックインドネシアを設立し割り箸の製造に着手。同事業は1979年(昭和54年)に終了した。当時の為替レートは1ドル=300円だった。
  • 1974年(昭和49年) - 横浜市瀬谷区卸本町に横浜支店を出店。この頃より食品の包装形態が木製の折り箱からプラスチック製品へと変わり始め、トレー、タレ瓶、ラップへと広がりを見せ、同時に販売方法が対面からセルフ販売方式へ移行。スーパーマーケットが誕生。商品を入れる紙袋はポリのレジ袋へと変化する。
  • 1979年(昭和54年) - 資本金3500万円に増資[2]
  • 1984年(昭和59年) - 代表取締役社長米山貞三(二代目)就任。
  • 1987年(昭和62年) - 株式会社エフアンドテイを設立し、当初はピーナッツ等の加工製造したが、その後ニュージーランドにて青果物の栽培契約及び輸入を開始。
  • 1989年(平成元年) - 川崎市川崎区大川町に本社を移転増設[9]。加工事業の子会社、有限会社ヨネヤマ加工を株式会社アップルに商号変更。
  • 1991年(平成3年) - 11月 米山市郎が勲五等双光旭日章を授与される。
  • 1993年(平成5年) - 現社長である武井泰士が入社[6]
  • 2000年(平成12年) - 大手コンビニエンスストアの割り箸の製造・供給に携わり、中国天津と埼玉県入間市に拠点を設け、年間最大6億膳を製造販売する。
  • 2006年(平成18年) - ダンボールを中心に展開する専門商社の株式会社ノーサンをM&A
  • 2009年(平成21年) - 陶器磁器のリサイクル事業One Dish Aid協会において、容器包装3R推進環境大臣賞 優秀賞を受賞[10]。(武井泰士が協会の常務理事)。
  • 2010年(平成22年) - 6月代表取締役社長の米山貞三が心不全のため急逝。7月に武井泰士が代表取締役社長に就任[6]
  • 2015年(平成27年)
  • 2016年(平成28年) - 1月19日、ダイヤモンド経営者倶楽部から2015年度優秀企業賞受賞[11]
  • 2017年(平成29年) - 旧本社ビルをリノベーションし複合施設unicoとして事業化する[8]。所有する葉山の加地邸が国指定登録有形文化財に登録される。
  • 2019年令和元年) - ECサイト pack+(パックプラス)を開設しコロナ禍テイクアウト需要の波に乗る。特に容器開発をした生分解性プラスチック(PLA)を内側に貼った竹パルプモールドBPMが売上に寄与。本社を川崎区日進町unicoに移転。
  • 2020年(令和2年) - コロナ禍の中、社内業務DX化(デジタルトランスフォーメーション)を推進(RPAAIによるファックス受注etc)古物商免許を取得し、クルマのEV化の研究を始める。
  • 2021年(令和3年)
  • 2022年

その他[13]

関連施設[編集]

unico[編集]

2017年6月22日 プロバスケットボール選手岩佐潤の勧めでバスケットコートunicourtをunico内に開店した。築40年ほどの倉庫をリノベーションし、ヴィンテージ感を残し冷暖房を完備した上で、多目的な施設として武井雅子の企画により事業化した。当時バスケットコートは学校、体育館などの公共施設もしくは企業の施設しかなく、時間貸しのバスケットコートは日本初であった。 2017年7月7日 unico開店[8][14][15][9]

葉山加地邸[編集]

アメリカの近代建築家フランク・ロイド・ライトの下で薫陶を受けた建築家 遠藤新による設計で1928年(昭和3年)に竣工した住宅別荘建築。施主は、三井物産初代ロンドン支店長を務めた加地利夫である。2016年1月26日、共に近代建築好きであった武井泰士・武井雅子が加地の孫から購入。若い頃からの夢であったオーベルジュ経営とアンティークの維持の両立を考え、民泊の法改正の元、神谷修平による改修を経て宿泊施設として開業に至った[16][17][18][19][20]

葉山加地邸を参照。

受賞歴[編集]

  • 2009年 - 「容器包装3R推進環境大臣賞」(平成21年度)地域連携・協働部門で優秀賞を受賞[10]
  • 2016年 - 2015年度ダイヤモンド経営者倶楽部 優秀企業賞[7]
  • 2018年 - 第52回 日本サインデザイン賞 銅賞(unico)[21]
  • 2021年 - 葉山加地邸が日本空間デザイン賞 2021年度受賞[18]
  • 2022年 - 葉山加地邸がiF-DESIGN AWARD2022 受賞[22]

所在地[編集]

本社[編集]

川崎市川崎区日進町3-4 unicoB 2F

支店[編集]

  • 川崎支店
神奈川県川崎市川崎区大川町10-1
  • 東京支店
東京都港区高輪3-25-23 京急第2ビル 5F
  • 多摩支店
埼玉県入間市狭山ヶ原318
  • 千葉支店
千葉県市原市姉崎973
  • 埼玉支店
埼玉県越谷市南荻島250-1
  • 大阪支店
大阪府茨木市西田中町2-30 水岩運送内2階
  • 名古屋支店
愛知県名古屋市中村区平池町4-60-12 グローバルゲート11F WeWork内

営業所[編集]

  • 宇都宮営業所
栃木県宇都宮市二荒町5-7 MUSASHI FutaaraBASE内
  • 焼津営業所
静岡県焼津市八楠4-27-5
  • 北部市場店
神奈川県川崎市宮前区水沢1-1-1 D-31

出典[23]

メディア[編集]

出典[24][25]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

ロケ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d ヨネヤマ公式サイト - Campany”. 2022年8月24日閲覧。
  2. ^ a b c d 会社情報”. e万屋. 2022年8月24日閲覧。
  3. ^ a b c 『包装タイムス』2019年1月21日「無双のイノベータ」
  4. ^ MONOWARE”. 2022年8月24日閲覧。
  5. ^ a b Valuable Tips~5つの金言~ #22-1 高級ブランドの営業マンが夢中になった、食品トレーの仕事(ゲスト:㈱ヨネヤマ 武井泰士社長)【2021/5/24放送回】”. ニューススイッチ(YouTube)日刊工業新聞 (2021年5月28日). 2022年8月24日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i 株式会社ヨネヤマ - 気づきと思いで食文化を支える食品パッケージのトータルコーディネータ”. 川崎市産業振興会館. 2022年8月24日閲覧。
  7. ^ a b c 2015年度ダイヤモンド経営者倶楽部 表彰企業ご紹介”. diamond frontier net (2020年12月19日). 2022年8月24日閲覧。
  8. ^ a b c d Woman.CHINTAI - 昭和のビルを舞台に醸される新しいカルチャ ― 川崎の複合施設「unico」”. 2022年8月24日閲覧。
  9. ^ a b 創造的拠点として街を再生ー川崎『unico』ー”. おんぼろ不動産マーケット. 2022年8月24日閲覧。
  10. ^ a b ヨネヤマ公式サイト - 2010年3/16 容器包装3R推進 環境大臣賞受賞”. 2022年8月24日閲覧。
  11. ^ ヨネヤマ公式サイト - 「優秀企業賞」を受賞致しました。2016-1-22”. 2022年8月24日閲覧。
  12. ^ 国税庁 - 株式会社AIR HEARTの情報”. 2022年8月24日閲覧。
  13. ^ History”. 株式会社ヨネヤマ. 2022年8月24日閲覧。
  14. ^ BEYOND ARCHITECTURE”. 2022年8月24日閲覧。
  15. ^ unico公式サイト”. 2022年8月24日閲覧。
  16. ^ I'm home 2021年5月号
  17. ^ フランク・ロイド・ライトの高弟・遠藤新の名建築が、一棟貸しの民泊に。”. 2022年8月24日閲覧。
  18. ^ a b 日本空間デザイン賞 - 2021年度受賞”. 2022年8月24日閲覧。
  19. ^ 葉山加地邸”. 2022年8月24日閲覧。
  20. ^ 『ENGINE』2020 Sep/Oct
  21. ^ 第52回日本サインデザイン賞審査結果発表 - 公益社団法人日本サインデザイン協会(SDA)” (日本語). www.sign.or.jp (2018年7月31日). 2022年9月21日閲覧。
  22. ^ iF DESIGN AWARD 2022 受賞 | KAMIYA ARCHITECTS” (日本語). KAMIYA ARCHITECTS | Architectural firm in Aoyama, Tokyo. (2022年4月18日). 2022年9月20日閲覧。
  23. ^ ヨネヤマ公式サイト - 拠点一覧”. 2022年8月24日閲覧。
  24. ^ ヨネヤマ公式サイト - 武井泰士”. 2022年8月24日閲覧。
  25. ^ ヨネヤマ公式サイト - 武井雅子”. 2022年8月24日閲覧。

外部リンク[編集]

ヨネヤマ[編集]

MONOWARE[編集]

unico[編集]

葉山加地邸[編集]