ユーワフォルテ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ユーワフォルテ
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1985年5月9日
死没 1997年11月13日(12歳没・旧13歳)
ミルジョージ
サシマサンダー
母の父 ネヴァービート
生国 日本の旗 日本北海道三石町
生産 福田清
馬主 (株)ユーワ
調教師 保田隆芳美浦
競走成績
生涯成績 6戦5勝
獲得賞金 6753万6600円
テンプレートを表示

ユーワフォルテ1985年5月9日 - 1997年11月13日)は、日本競走馬種牡馬。競走馬時代の1990年に新潟大賞典に優勝した。

※以下馬齢は2000年以前に使用されていた旧表記(数え年)で統一して記述する。

経歴[編集]

脚部不安を抱えていたことから4歳秋と遅いデビューになったが[1]、初戦の2着を経て2戦目に初勝利を挙げた。その後は4か月の休養後に2勝目、1年の休養後に3勝目と、順調に出走できないものの連勝を続け、6歳となった1990年5月に新潟大賞典で重賞に初出走。当日3番人気の支持を受けると、中団前方から最後の直線で抜け出し、モガミチャンピオンに1馬身4分の3差を付けて勝利を挙げた。初出走から3年間で6戦5勝・2着1回という成績で、騎乗した徳吉一己は「このあと無事に成長してくれれば、それこそどこまで伸びるか。本当に楽しみですよ[1]」、管理調教師の保田隆芳は「もし順調にいけば先々はGIでも通用する馬なんですけどね[1]」と期待を口にした。

しかし、以後ふたたび出走することはできず引退。その後は種牡馬となったが、地方競馬での勝利馬を数頭出したのみで1997年に死亡した。13歳没。

競走成績[編集]

年月日 レース名 頭数 人気 着順 距離(状態 タイム 着差 騎手 斤量 馬体重 勝ち馬/(2着馬)
1988 10. 1 福島 4歳未勝利 12 4 2着 1000m(稍) 1:00.0 0.6秒 徳吉一己 55 494 トシサンシー
10. 15 福島 4歳未勝利 12 1 1着 ダ1000m(良) 1:01.7 -0.4秒 徳吉一己 55 494 (ジョイスポート)
1989 2. 19 東京 4歳上400万下 13 3 1着 ダ1400m(重) 1:25.6 -0.1秒 的場均 56 506 (デトネーション)
1990 2. 15 中山 4歳上500万下 16 3 1着 ダ1800m(重) 1:52.9 -0.6秒 徳吉一己 57 504 (セノエスター)
3. 17 中山 総武特別 11 1 1着 芝1800m(良) 1:49.3 -0.0秒 徳吉一己 57 496 (ラブリーストーム)
5. 13 新潟 新潟大賞典 GIII 14 3 1着 芝2000m(良) 2:02.1 -0.3秒 徳吉一己 53 484 (モガミチャンピオン)

血統表[編集]

ユーワフォルテ血統ミルリーフ系 / Nasrullah4×5×4=15.63%、Nearco5×5×5=9.38%) (血統表の出典)
父系

*ミルジョージ
Mill George 1975
鹿毛 アメリカ
父の父
Mill Reef 1968
鹿毛 アメリカ
Never Bend Nasrullah
Lalun
Milan Mill Princequillo
Virginia Water
父の母
Miss Charisma 1967
鹿毛 アメリカ
Ragusa Ribot
Fantan
*マタティナ
Matatina
Grey Sovereign
Zanzara

サシマサンダー 1978
栗毛 日本
*ネヴァービート
Never Beat 1959
栃栗毛 イギリス
Never Say Die Nasrullah
Singing Grass
Bride Elect Big Game
Netherton Maid
母の母
*シァラ
Shiara 1970
鹿毛 イギリス
Shantung Sicambre
Barley Corn
Tarara Tamerlane
Fairbourne F-No.4-i
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

母サシマサンダーは屠殺寸前で本馬の生産者である福田清に救われたエピソードを持つ。サシマサンダーは未熟馬であったうえ発育も著しく悪かったため競馬に使えず、繁殖牝馬としても失格と見なされて一時は廃用と決まった[1]。屠殺場行きの馬運車に乗せられたが、途中、家畜商が休憩のため知り合いだった福田の牧場に立ち寄る[1]。そこでサシマサンダーの血統を聞かされた福田は、ブルードメアサイアー(母の父)としても良績を挙げていた名種牡馬ネヴァービートの子と知って牧場に引き取ることにし、サシマサンダーは屠殺を免れた[1]。ユーワフォルテが新潟大賞典を制し、福田から「とんだ掘り出し物」「牧場の宝」と賞賛されたが[1]、翌年に死亡。フォルテの全妹であるユーワジョイナーが繁殖牝馬として重賞2勝のアルアランやパーフェクトジョイ、オリオンスターズといった中央競馬のオープン馬を輩出している。父ミルジョージは1989年の全日本リーディングサイアー

主な近親[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『優駿』1990年7月号、p.158

参考文献[編集]

外部リンク[編集]