ユーリー・ニクーリン

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ユーリー・ニクリン
Юрий Никулин2.jpg
生年月日 (1921-12-18) 1921年12月18日
没年月日 (1997-08-21) 1997年8月21日(75歳没)
出生地 ロシア社会主義連邦ソビエト共和国の旗 ロシア社会主義連邦ソビエト共和国デミドフ
死没地 ロシアの旗 ロシアモスクワ
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ユーリー・ウラジーミロヴィチ・ニクーリンロシア語: Юрий Владимирович Никулин, ラテン文字転写: Yurii Vladimirovich Nikulin, 1921年12月18日 - 1997年8月21日)は、ソビエト連邦俳優道化師

経歴[編集]

スモレンスクデミドフで生まれる。1925年にモスクワへ移った。1939年に高校を卒業後、兵役に服し、対空砲連隊に配属される。戦後、モスクワにあるサーカス劇団の道化師養成室に入る[1]。サーカス劇団で働き、後年、劇団の舞台監督になる[2]

1958年に映画初出演して以降、喜劇映画を中心に出演を重ねる。最もよく知れられる喜劇映画出演作のひとつにソ連邦で大きくヒットを飛ばした1969年の映画『ダイアモンド・アーム』。喜劇映画以外では、1962年、第15回カンヌ国際映画祭で上映されたレフ・クリジャーノフ監督の1961年製作ソ連ドラマ映画『Когда деревья были большими』に喜劇役者のみならずシリアスな心理状態をもつ顔をも見せている。また、セルゲーイ・ボンダルチューク監督の1975年ソビエト映画『祖国のために』にも出演している。

1966年に一般公開され、ソ連のエドワールド・ボチャロフと日本衣笠貞之助が共同で監督を務めた日ソ合作映画『小さい逃亡者』に道化師ニクーリンとして出演。1976年製作のアレクセイ・ゲルマン監督のソビエト映画『戦争のない20日間』に相手役のリュドミラ・グルチェンコと共演し、主人公の従軍記者ロパーチン少佐を演じる。そして1983年に製作されたロラン・ブイコフが監督した学校でのいじめを題材にしたソ連映画『転校生レナ』に主人公でいじめられっ子の少女レナの祖父役を演じている。

ソ連人民芸術家社会主義労働英雄の称号をそれぞれ授与される。さらにレーニン勲章を二度にわたって受ける[3]。1997年に心臓手術後の合併症によりモスクワで死去。天文学者リュドミーラ・ジュラヴリョーワが発見した小惑星ニクーリンは彼に因む。

フィルモグラフィー[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]