ユーリー・ギジェンコ

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ユーリー・パヴロヴィッチ・ギジェンコ
Yuri Pavlovich Gidzenko
RSA所属宇宙飛行士
誕生 1962年3月26日(53歳)
ムィコラーイウ州Elanets
他の職業 パイロット
宇宙滞在期間 747日14時間14分
選抜試験 1987年
ミッション ソユーズTM-22 ソユーズTM-31 第1次長期滞在 STS-102 ソユーズTM-34 ソユーズTM-33
記章 Soyuz TM-22 patch.png Soyuz TM-31 patch.png Expedition 1 insignia (ISS patch).png Sts-102-patch.png Soyuz TM-34 logo.png Soyuz TM-33 patch.png

ユーリー・ギジェンコ(Yuri Pavlovich Gidzenko、ロシア語:Гидзенко, Юрий Павлович、1962年3月26日-)は、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国ムィコラーイウ州Elanets出身のウクライナ系ロシア人宇宙飛行士ロシア空軍の大佐である。ガガーリン宇宙飛行士訓練センターでテスト宇宙飛行士を務めた。1961年にオルガ・ウラジミロフナ・シャポヴァーロヴァと結婚し、2人の息子セルゲイとアレクセイを儲けた。ロシア連邦英雄受賞者。

教育[編集]

ギジェンコは1983年にハルキウの高等軍事パイロット学校、1994年にMoscow State University of Geodesy and Cartography (MIIGAiK)を卒業した。

経験[編集]

1983年にパイロット学校を卒業すると、ギジェンコはパイロットとしてロシア空軍に入隊した。

1987年12月から1989年6月まで、彼はテスト宇宙飛行士の候補として基礎的な訓練を受けた。1989年9月以降には本格的な訓練を受けた。

ギジェンコはパラシュートの訓練の教官も務め、合計145回のパラシュートでの飛行を経験した。

1994年3月から10月まで、彼はユーロミール94のバックアップの機長としての宇宙飛行の訓練を受けた。

1994年11月から1995年8月まで、彼はミールEO-20のために、ソユーズTMでの宇宙飛行のための訓練を受けた。ギジェンコは1995年9月3日から1996年2月29日までミールに滞在し、180日間以上を宇宙で過ごした。

1996年10月、ギジェンコは第1次長期滞在の一員として国際宇宙ステーションに滞在することが決まり、ISSのパイロット及びソユーズの機長としての訓練を始めた。2000年10月31日からISSに滞在し、2001年3月21日まで140日以上を宇宙で過ごした。

2002年4月25日には、欧州宇宙機関ロベルト・ヴィットーリ宇宙飛行関係者マーク・シャトルワースとともにソユーズTM-34で機長として再び宇宙を訪れ、9日間を過ごした。

外部リンク[編集]