ユルゲン・クロップ

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ユルゲン・クロップ Football pictogram.svg
Klopp (24669321424).jpg
リヴァプールでのユルゲン・クロップ (2016年)
名前
本名 Jürgen Norbert Klopp
愛称 Normal One
カタカナ ユルゲン・クロップ
ラテン文字 Jurgen KLOPP
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1967年6月16日(48歳)
出身地 バーデン=ヴュルテンベルク州の旗バーデン=ヴュルテンベルク州
シュトゥットガルト
身長 192cm
体重 83kg
選手情報
ポジション FW / DF[1]
ユース
1972-1983 ドイツの旗 SVグラッテン
1983-1986 ドイツの旗 TuSエルゲンツィンゲン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1986-1987 ドイツの旗 TuSエルゲンツィンゲン
1987 ドイツの旗 1.FCプフォルツハイム 4 (0)
1987-1988 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト
1988-1989 ドイツの旗 ヴィクトリア・ジンドリンゲン
1989-1990 ドイツの旗 ロート=ヴァイス・フランクフルト
1990-2001 ドイツの旗 マインツ 325 (52)
監督歴
2001-2008 ドイツの旗 マインツ
2008-2015 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
2015- イングランドの旗 リヴァプール
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ユルゲン・クロップJürgen Norbert Klopp1967年6月16日 - )は、ドイツバーデン=ヴュルテンベルク州シュトゥットガルト出身の元サッカー選手。サッカー指導者。プレミアリーグリヴァプールFCの監督を務めている。現役時代のポジションはフォワード右サイドバック

息子のマルクもボルシア・ドルトムントIIに所属するディフェンダーであったが、怪我の影響により現役を引退した[2]

選手経歴[編集]

フォワードの選手としてキャリアを始めたが、1995年からディフェンダーとしてプレイするようになった。1990年から2001年まで1.FSVマインツ05に所属し、現役引退した。

監督経歴[編集]

1.FSVマインツ05[編集]

マインツで監督を務めていた当時のクロップ

2001年にマインツの監督に就任すると、財政的に小規模なクラブを2004年にブンデスリーガ1部昇格に導き、初の1部挑戦となった翌2004-05シーズンにはマインツは11位でリーグ戦を終え1部残留と健闘をみせた。マインツでは、モハメド・ジダンレオン・アンドレアセンマヌエル・フリードリヒらを育成した。2006-07シーズンは降格となり、2007-08シーズンは2部4位となり昇格を逃した。

ボルシア・ドルトムント[編集]

ドルトムントで監督を務めていた当時のクロップ

2008-09シーズンより、低迷の続くボルシア・ドルトムントの監督に就任。前半戦はUEFAカップウディネーゼ・カルチョに敗退するなど苦戦したものの、後半はチームがかみ合い快進撃を演出。ドルトムントにおいても、ネルソン・アエド・バルデスの復活やネヴェン・スボティッチのブレイクを助けるなど、優れた指導力を発揮している。最終節で6位となり、ヨーロッパカップ戦への出場権を獲得出来なかったが、終盤にリーグ戦7連勝を達成するなど、古豪復活に向けて基盤を固めた。

2009-10シーズン以降、ケヴィン・グロスクロイツヌリ・シャヒンスヴェン・ベンダーマリオ・ゲッツェらの若手を次々とブレイクさせる。2010-11シーズンにおいては夏の移籍で獲得した香川真司が即フィットし、ドルトムントはリーグ前半戦終了時点でブンテスリーガ史上第2位となる勝ち点43を達成。後半に入っても勢いは止まらず、チームは2001-2002シーズン以来の優勝を果たした。2011-12シーズンでは開幕当初は低調なスタートに沈むも、その後は最終戦までブンデスリーガ新記録となるリーグ戦28試合連続で無敗・勝ち点81を成し遂げて2シーズン連続の優勝を果たした。

2013年FIFAバロンドール最優秀監督賞の候補に挙がったがユップ・ハインケスに敗れ2位となった。

14-15シーズンは序盤から大苦戦し、前半戦をリーグ最下位で折り返すという波乱のシーズンとなった。2015年4月15日、7シーズン指揮したボルシア・ドルトムントの監督を退任することを発表した[3][4][5][6]

リヴァプール[編集]

2015年10月8日、プレミアリーグの名門リヴァプールFCの監督に就任。悩める名門チームの再建に挑むことになった。因みにプレミアリーグではフェリックス・マガトに次ぐリーグ史上2人目のドイツ人監督となる。

指導者として[編集]

ボルシア・ドルトムント時代に実践したカウンター戦術、「ゲーゲンプレス」を考案した第一人者でもある[7]

ドルトムントで同戦術が最も機能し始めた2010年からの2シーズンは、ブンデスリーガを連覇。出場したUEFAチャンピオンズリーグでも、格上と評されていたレアル・マドリードなどの強豪を撃破し、2013年に決勝進出している[8]

監督成績[編集]

2015年10月8日現在
チーム 就任 退任 成績
試合数 勝ち 引き分け 負け 勝率 脚注
1.FSVマインツ05 2001年2月27日 2008年6月30日 270 109 78 83 40.37
ボルシア・ドルトムント 2008年7月1日 2015年5月30日 318 179 69 70 56.29
リヴァプールFC 2015年10月8日 現在 0 0 0 0 !
合計 588 288 147 153 48.98

獲得タイトル[編集]

ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント

個人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ Jürgen Norbert Klopp
  2. ^ Jürgen Klopp rallies neutrals to support 'special' Borussia Dortmund
  3. ^ Jurgen Klopp: Borussia Dortmund coach to leave at end of the season”. BBC Sport (2015年4月15日). 2015年4月15日閲覧。
  4. ^ Klopp und der BVB: Trennung am Saisonende”. dfb.de (2015年4月15日). 2015年4月15日閲覧。
  5. ^ Hummel, Thomas (2015年4月15日). “Der große Kopf muss weg” (German). Süddeutsche Zeitung. http://www.sueddeutsche.de/sport/abschied-von-bvb-trainer-klopp-der-grosse-kopf-muss-weg-1.2436952 2015年4月15日閲覧。 
  6. ^ 今季限りでの退任を発表…クロップ監督「正しい決断だと信じている」soccerking 2015年4月16日
  7. ^ 本家ドルトムントのゲーゲンプレッシング - 羽中田昌の欧州サッカー研究会
  8. ^ ドルトムントが16年ぶりCL決勝進出…2戦合計でレアルを上回る - SoccerKING
  9. ^ a b Marco Reus ist Fußballer des Jahres
  10. ^ FIFA Ballon d’Or 2013 – voting results

外部リンク[編集]