コンテンツにスキップ

ユカタン共和国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ユカタン共和国

República de Yucatán
1841年–1848年
ユカタンの国旗
国旗
Location of ユカタン
首都 メリダ
共通語 スペイン語デ・ファクト
ユカテコ語
宗教
ローマ・カトリック
統治体制 共和国
• 1840–1841
サンティアゴ・メンデス
• 1841–1842
ミゲル・バルバチャノ
• 1842–1842
サンティアゴ・メンデス
• 1842–1843
ミゲル・バルバチャノ
• 1843–1844
サンティアゴ・メンデス
• 1844–1844
ミゲル・バルバチャノ
• 1844–1846
José Tiburcio
• 1846–1847
ミゲル・バルバチャノ
• 1847–1847
Domingo Barret
• 1847–1847
サンティアゴ・メンデス
• 1847–1848
ミゲル・バルバチャノ
歴史  
• 独立
1841年3月16日
• 再編入
1848年7月14日
通貨 メキシコ・ペソ ($)
先行
継承
ユカタン州
ユカタン州
現在 メキシコ
ベリーズ

ユカタン共和国(ユカタンきょうわこく、República de Yucatán)は、19世紀にユカタン半島地域に存在した主権国家である。ユカタンは2回にわたって独立したが、第一共和国1823年5月29日に建国されたものの、同年12月23日に自主的にメキシコ合衆国に再編入したため、独立していた期間は7か月に満たなかった[1][2]第二共和国1841年中央集権派によるメキシコ共和国から分離し、1848年まで独立を保ったが、復活したメキシコ合衆国に再編入されて消滅した。単に「ユカタン共和国」と言った場合は第二共和国を指し、その領土は今のメキシコユカタン州カンペチェ州キンタナ・ロー州が含まれる。

第二共和国で1841年に制定された憲法では個人の権利信教の自由を保証し、アンパロ英語版(「保護」を意味する)という新しい法制度が導入された[3]1847年ユカタン・カスタ戦争英語版が勃発すると、ユカタン共和国はメキシコの軍事力を必要とし、メキシコ合衆国への再編入がその条件とされた。

スペイン植民地時代および独立前後のメキシコとユカタン

[編集]

1617年にヌエバ・エスパーニャのユカタン総監領 (es:Capitanía General de Yucatánが成立したが、副王のもとで多少の自治が認められていた。その範囲は今のユカタン州カンペチェ州キンタナ・ロー州タバスコ州のほか、グアテマラペテン県北部とベリーズに相当する地域が含まれていた。1786年にブルボン改革の一環としてインテンデンシア制が導入され、同地域はユカタン・インテンデンシアになった[4]

1810年にミゲル・イダルゴドロレスの叫びを発し、メキシコ独立革命戦争がはじまった。1821年にアグスティン・デ・イトゥルビデおよびビセンテ・ゲレロイグアラ綱領を発して新国家の目標を「宗教、独立、統一」の3つの保証と定めた[5]。1822年7月21日にイトゥルビデはメキシコ第一帝政の皇帝アグスティン1世として即位した[6]

しかしメキシコシティから遠く離れたユカタン地方では独立革命の影響は限定されていた。ユカタンの知識人はメリダのサンフアン教会でスペインからの独立のための会議を定期的に開き、教会の名前からサンフアニスタ (es:sanjuanistasと呼ばれた。1812年カディス憲法が公布されると、サンフアニスタの勢力も増大した。しかし1814年フェルナンド7世はカディス憲法を破棄し、サンフアニスタは粛清されて逮捕・投獄された。

1820年に元サンフアニスタのロレンソ・デ・サバラ英語版は愛国連合(Confederación Patriótica)を創立したが、連合は2派に分裂した。ひとつはスペインとカディス憲法の支持者であり、サバラの率いるもう1派はスペインからの完全な独立を目指していた。時のユカタン総督マリアノ・カリージョ・デ・アルボルノスはサバラらを強制的にスペイン国会の代議員としてマドリードに送り、他の自由主義者たちを投獄するよう命令した[7]

1821年にアルボルノスを継いで総督に就任したエチェベリはユカタン半島のスペインからの独立を宣言した。1821年11月2日にユカタンはメキシコ帝国に併合された[5]

1822年12月にアントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナおよびグアダルーペ・ビクトリアがメキシコを共和国とするカサ・マタ綱領英語版に署名し、アグスティン1世は退位を強制されて亡命した。これに対してユカタンは1823年4月27日に主権をもつことを表明し、5月29日にユカタン共和国(第一共和国)が成立したが、12月23日には自主的にメキシコ連邦共和国を構成する連邦制度上の1共和国になった[2]。その後1824年メキシコ憲法によってメキシコ合衆国が成立し、ユカタンはその1州となった(タバスコは別の州)。

ユカタン第二共和国

[編集]

独立宣言

[編集]
1847年のメキシコ

独立初期のメキシコでは連邦派と中央集権派が対立したが、1835年には中央集権派が実権を持ってユカタン州の自治が奪われるようになり、ユカタンの人々は独立を真剣に考えるようになった。ユカタン同様に辺境に位置し、アメリカ合衆国からの移民が多数派を占めるテハス(テキサス)でも中央集権派との対立が発生し、アメリカ合衆国からの義勇兵の支援によって1836年にテキサス共和国が独立した。その初代副大統領はユカタン出身のロレンソ・デ・サバラだった[8]

1840年2月12日にバジャドリドを征服したサンティアゴ・イマン (Santiago Imánは、連邦制と1824年メキシコ憲法の復活を要求した。6日後にイマンはユカタンの独立を宣言した。6月6日にはカンペチェが連邦派によって軍事的に征服された。1841年3月16日にミゲル・バルバチャノの率いる群集がユカタン州都メリダの市庁舎からメキシコの旗を降ろし、サンタ・アナの中央集権に反対するユカタン共和国の国旗を掲げた[9]。1841年10月1日、ユカタン州代議院はユカタン半島独立法 (es:Acta de Independencia de la Península de Yucatánを採択した。

憲法

[編集]

ユカタン憲法は1841年3月31日に公布され、5月16日より施行された。主要な権利にはすべての市民の個人の権利を基本的人権として認めること、信教の自由の宣言(79条)、同輩の陪審による裁判(69条)があった。73条では世俗的あるいは軍事的な特権が廃止された。62条第1項では政府の権力を制限する思想にもとづいてアンパロという法的保護の仕組みが立てられた[10]

[編集]

ユカタン共和国の国旗は左右2つの部分に分かれ、右側は赤と白の3本の横線から構成される。左側は緑の地に5つの星が描かれ、ユカタン共和国を構成する5つの県(メリダ、イサマル、バジャドリド、テカシュ、カンペチェ)を象徴する[11]。旗の色はメキシコ国旗と同じであり、テキサス共和国の旗がアメリカ合衆国と同じ色を使用していたのとは異なる[12][9]

メキシコとの関係

[編集]
キンタナ・ロー

1841年10月1日にクーデターでアナスタシオ・ブスタマンテ大統領を排除したサンタ・アナは、メリダ出身のアンドレス・キンタナ・ロー英語版に依頼して、ユカタンをメキシコに復帰させるための交渉を行わせた。キンタナ・ローの交渉は成功し、1841年11月28-29日に条約が締結されたが、それによればユカタンは独自の税関と関税を維持し、ユカタン共和国の港には引きつづき自由に品物を通関させることを認める、などの特権が認められた[13]

しかしメキシコ中央政府はこの条約を無視し、ユカタンがメキシコに統合されてタクバヤ綱領を完全に認めることを要求した。ユカタンはサンタ・アナによって制定されたすべての法に従属する必要があった。また当時メキシコはテキサス共和国との戦争中であったため、ユカタンがテキサス共和国との関係を断ち切ることを要求した。いくつかの外交的交渉が行われたがすべて失敗した[3]

メキシコは武力に訴え、1842年8月に4隻の軍艦によってカルメン島(テルミノス湖の島、今のカンペチェ州カルメン)を占領した[14]。ここを根拠地として(当時はメキシコとユカタンを結ぶ陸路は存在しなかった)メキシコ軍はチャンポトン英語版を占領し、ついでカンペチェを取ろうと試みたが失敗したため、州都メリダへ向かった。メキシコ軍はテルチャク・プエルト (Telchac Puertoに上陸し、テルチャク・プエブロ、モトゥル、ティシュココブを次々に落としていた[14]。しかしメリダは11000人のマヤ先住民の兵士によって護衛を増強されており、1843年4月24日にメキシコ軍はあきらめてタマウリパス州タンピコに撤退した[15]

遠征は失敗したがサンタ・アナはユカタン共和国の独立を承認せず、ユカタン国旗を掲げた船がメキシコ領に入港することや、メキシコの船のユカタンへの通航を禁止した。これによって大きな経済問題を抱えたユカタンはメキシコと交渉を行った[16][13]。サンタ・アナはユカタン側の提案したいくつかの条件を飲み、ユカタンの完全な自治を認めたままメキシコに復帰する協定に1843年12月5日に署名した。これによってユカタンとメキシコの港の間の通航が回復された[17]。しかしながらメキシコ政府は1844年2月21日にはユカタンに与えられた自治を憲法違反であると裁定し、1845年末にメキシコ連邦議会は1843年12月の協定を破棄した。このため1846年1月1日にユカタンは再びメキシコからの独立を宣言した[17]

内部対立

[編集]

ユカタン内部には、ミゲル・バルバチャノ (Miguel Barbachanoに率いられたメリダ派とサンティアゴ・メンデス (Santiago Méndezに率いられたカンペチェ派の対立があった。バルバチャノは連邦派であり、メンデスは中央集権派だったがサンタ・アナの独裁には反対していた。両者の争いは熾烈で、1847年はじめには両派が別々の政府を持つほどであった。さらに第3の勢力としてマヤ人をあげる必要がある[18][19][20]

1846年にメキシコが1824年メキシコ憲法を復活させて連邦制が回復されると、メリダ派はユカタンのメキシコへの復帰に賛成したが、カンペチェ派はメキシコへ復帰すれば米墨戦争にユカタンが巻き込まれることになると主張した。同年10月に米艦隊がカルメンを占領し、一帯を封鎖した。1847年1月21日、メンデスはユカタンの首都をカンペチェに移したが、数ヶ月のうちに米海軍によってテキサス、メリダ、メキシコとの連絡が断たれた。同じころ、ユカタンの肉体労働力と兵力の大部分を担当し、高い税金を取られていたマヤ人が武器を取って白人とメスティーソに対してテピチ (Tepichで1847年7月30日に反乱を起こした(ユカタン・カスタ戦争)[21][22]

危機に瀕したメンデス政権はワシントンDCにホセ・ロビラの率いる代表団を送って、米墨戦争に関してユカタン共和国が中立であると主張した[23]。ロビラはユカタン共和国をアメリカ合衆国に編入することも提案したようである[24]。フスト・シエラ・オレイリーを長とする1848年の2番目の代表団はユカタン半島全体をアメリカ合衆国に編入することを実際に提案した[25]

ユカタンをアメリカ合衆国に併合する提案はアメリカの拡張主義者やヤング・アメリカ運動 (Young America movementの一部を引きつけた[26]。ユカタン併合法案はアメリカ合衆国下院を通過したが、上院で廃案になった[27][25][28]。米墨戦争は予想よりも複雑な様相を見せており、アメリカ議会はカスタ戦争に介入することを望まなかった。最終的に米国はカスタ戦争に正式に介入することはなかったものの、多くのアメリカ市民(多くは米墨戦争後に除隊した元兵士)が傭兵として戦った[29]

メキシコへの復帰

[編集]

メンデスは1848年4月にバルバチャノに政権を返還した。バルバチャノの最初の仕事は、戦争のため首都をケレタロに移していたメキシコ政府に対してカスタ戦争への経済的・軍事的支援を求めることだった[30]。メキシコ大統領ホセ・ホアキン・デ・エレーラ英語版はこれを歓迎した。同年7月14日、米墨戦争でアメリカ側が得た領地と引き換えに支払った300万ペソのうちから15万ペソをユカタンに与えた[31]。8月にカスタ戦争は鎮圧され、8月17日にバルバチャノはメキシコ連邦への復帰と1825年のユカタン州憲法の復活を命じた。

カスタ戦争がもたらしたもう一つの結果は、メキシコとグアテマラの国境関係に変化をもたらしたことだった。1823年以来、グアテマラで面積最大の県であるペテン県はユカタンへの編入を計画した。しかしながらカスタ戦争の悪化とマヤ人のいくつかの勝利にともなって計画は何度も延期され、最終的に1856年に放棄された[32]

脚注

[編集]
  1. ^ “La Historia de la República de Yucatán” (スペイン語). http://www.sobrino.net/Dzidzantun/la_historia_de_la_rep_yuc.htm 
  2. ^ a b Benson, Nettie Lee Mario A. Zamudio Vega訳 (1994). La diputación provincial y el federalismo mexicano. Centro de Estudios Históricos (2nd ed.). Ciudad de México, Distrito Federal, México: El Colegio de México/Universidad Nacional Autónoma de México. ISBN 9789681205867. https://books.google.com/books?id=i_GK_-6deKIC 
  3. ^ a b Torres Martínez, Rubén (15 January 2018). Ponce, Néstor; Fabriol, Anaïs; Ferlampin-Archer, Christine et al.. eds. “Defendiendo la periferia. Texas y Yucatán. Independencias triunfantes y frustradas” (スペイン語). Amerika: Mémoires, identités, territoires (Rennes, France: Centre d'Études des Langues et Littératures Anciennes et Modernes (Université Rennes 2)) 9 (18). doi:10.4000/amerika.10090. ISSN 2107-0806. https://journals.openedition.org/amerika/10090. 
  4. ^ “Razón de la jurisdicción y territorio del Reino de la Nueva...” (スペイン語). http://www.biblioteca.tv/artman2/publish/1786_371/Raz_n_de_la_jurisdicci_n_y_territorio_del_Reino_de_1139.shtml 
  5. ^ a b Ancona, Eligio (1889). Heredia Argüellez, Manuel. ed (スペイン語). Yucatán, desde la època más remota hasta nuestros dias. 3 (4th ed.). Barcelona, Cataluña, España: Imprenta de Jaime Jesús Roviralta. p. 42 
  6. ^ Gobierno Federal de Mexico. “21 de julio de 1822. Agustín de Iturbide es coronado emperador de México”. 2010年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧。
  7. ^ Zoraida Vazquez, Josefina (1997). De la crisis monárquica a la independencia (1808–1821) 
  8. ^ “Lorenzo de Zavala” (スペイン語). オリジナルの2012年3月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120331155151/http://portal.sre.gob.mx/vaticano/index.php?option=displaypage&Itemid=146&op=page&SubMenu= 
  9. ^ a b Yates Sosa, Rafael (29 March 2012). Elliot, Bill. ed (スペイン語). El Fin Del Mundo Maya Y La Ex-República De Yucatán. Bloomington, Indiana, United States of America: Palibrio. ISBN 9781463320393. https://books.google.com/books?id=kfVMAAAAQBAJ 
  10. ^ Rodríguez Gaona, Roberto (2006) (スペイン語). El control constitucional de la reforma a la Constitución. Cuadernos "Bartolomé de las Casas". 37. Madrid, Spain: Editorial Dykinson S.L./Instituto Bartolomé de las Casas/Universidad Carlos III de Madrid. ISBN 9788497728690 
  11. ^ Rodolfo Menéndez de la Peña, historian
  12. ^ Zavala, Silvio; Duch Colell, Juan; Antochiw Kolpa, Michel (1998). Casares G. Cantón, Raúl. ed (スペイン語). Yucatán en el tiempo: F-L. Yucatán en el tiempo: Enciclopedia alfabética. 3 (1st ed.). Mérida, Yucatán, México: Inversiones Cares, S.A. de C.V.. ISBN 9789709071030 
  13. ^ a b Zuleta Miranda, María Cecilia (10 January 1995). Serna Rodríguez, Ana María; Pardo Hernández, Claudia Patricia; López Martínez, Jesús et al.. eds. “El federalismo en Yucatán: Política y militarización (1840–1846)” (スペイン語) (PDF). Secuencia. Revista de historia y ciencias sociales (Ciudad de México, Distrito Federal, México: Instituto de Investigaciones Dr. José María Luis Mora) 10 (31): 23–50. doi:10.18234/secuencia.v0i31.491. ISSN 0186-0348. オリジナルの2 June 2018時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180602135124/http://secuencia.mora.edu.mx/index.php/Secuencia/article/view/491 2021年8月20日閲覧。. 
  14. ^ a b Mathews, Jim (2004年). “The Texas Navy & the French ironclads”. On Deck!. Navy & Marine Living History Association (NMLHA). 2005年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月20日閲覧。
  15. ^ Dumond, Don E. (1997). “5. Year of Turmoil”. In Ross, Dan (英語). The Machete and the Cross: Campesino Rebellion in Yucatan (1st ed.). Lincoln, Nebraska, United States of America: University of Nebraska Press/University of Oregon Foundation. ISBN 9780803217065. https://books.google.com/books?id=S7XIkk91g08C&pg=83 
  16. ^ Flores Escalante, Justo Miguel (10 May 2005). Serna Rodríguez, Ana María; Pardo Hernández, Claudia Patricia; López Martínez, Jesús et al.. eds. “El primer experimento centralista en Yucatán: El proyecto de gobierno de José Segundo Carvajal (1829–1831)” (スペイン語) (PDF). Secuencia. Revista de historia y ciencias sociales (Ciudad de México, Distrito Federal, México: Instituto de Investigaciones Dr. José María Luis Mora) 10 (31): 46–76. doi:10.18234/secuencia.v0i62.913. ISSN 0186-0348. http://secuencia.mora.edu.mx/index.php/Secuencia/article/view/913/795 2021年8月20日閲覧。. 
  17. ^ a b Berzunza Pinto, Ramón (1 October 1962). Cosío Villegas, Daniel. ed. “El constitucionalismo en Yucatán” (スペイン語) (PDF). Historia Mexicana (Ciudad de México, Distrito Federal, México: El Colegio de México) 12 (2): 274–295. ISSN 0185-0172. JSTOR 25135165. https://www.jstor.org/stable/25135165. 
  18. ^ Bolio Ortíz, Juan Pablo (1 January 2012). Aparicio Barrera, Capitán Juan; Libreros Morales, Juan Alberto; Arce Fernández, Ramón et al.. eds. “Vulneración a los derechos fundamentales de los indígenas en Yucatán 1848–1860. En el contexto de Guerra de la Castas” (スペイン語) (PDF). Revista Logos, Ciencia & Tecnología (Bogotá, Colombia: Policía Nacional de Colombia) 3 (2): 89-96. ISSN 2145-549X. http://www.redalyc.org/articulo.oa?id=517751762008 2021年8月20日閲覧。. 
  19. ^ Gabbert 2019, p. 38-47, 4. Misery and Everyday Violence: Lower-Class Rural Life.
  20. ^ Gabbert 2019, p. 149-151, 13. The Social Composition of the Rebel Movement.
  21. ^ Rugeley, Terry (20 June 2012). Sánchez Flores, Diana Luz; de Nogueira Iriarte, Benigno; Solano Aguirre, Iván et al.. eds. “Violencia y verdades: Cinco mitos sobre la guerra de castas en Yucatán” (スペイン語). La Palabra y el Hombre. Revista de la Universidad Veracruzana (Xalapa, Veracruz, Mexico: Universidad Veracruzana) 7 (21): 27–32. ISSN 0185-5727. https://cdigital.uv.mx/bitstream/handle/123456789/33547/21a2012p27-32.pdf. 
  22. ^ Joseph, Gilbert M. (1 February 1985). Few, Martha; Morgan, Zachary; Restall, Matthew et al.. eds. “From Caste War to Class War: The Historiography of Modern Yucatán (c. 1750–1940)”. Hispanic American Historical Review (University Park, Pennsylvania, United States of America: Duke University Press) 65 (1): 111–134. doi:10.1215/00182168-65.1.111. ISSN 0018-2168. OCLC 1752092. https://read.dukeupress.edu/hahr/article-abstract/65/1/111/148092 2021年8月21日閲覧。. 
  23. ^ Zuleta Miranda, María Cecilia (1998). “Capítulo 21. Yucatán y la guerra con Estados Unidos ¿Una neutralidad anunciada?”. In Zoraida Vázquez, Josefina (スペイン語). México al tiempo de su guerra con Estados Unidos (1846–1848). Sección de Obras de Historia (2nd ed.). Ciudad de México, Distrito Federal, México: El Colegio de México/Secretaría de Relaciones Exteriores (México)/ Fondo de Cultura Económica (FCE). pp. 578–615. doi:10.2307/j.ctv3f8npp. ISBN 978-607-628-826-9. JSTOR j.ctv3f8npp. https://www.jstor.org/stable/j.ctv3f8npp.24 2021年8月20日閲覧。 
  24. ^ Ayala Anguiano, Armando (1 April 2006). Ayala Anguiano, Armando; Anaya, Guillermo; Rubén Cuevas, Luis. eds. “Cómo se ofreció a Estados Unidos la península yucateca” (スペイン語). ¡Extra! Contenido (México City, Distrito Federal, México: Editorial Contenido S.A de C.V.) 1. ISSN 0188-7130. OCLC 651175682. 
  25. ^ a b Sierra O'Reilly, Justo (1938). Pérez Martínez, Héctor. ed (スペイン語). Diario de nuestro viaje a los Estados Unidos y al Canadá (la pretendida anexión de Yucatán) (1st ed.). Ciudad de México, Distrito Federal, México: Antigua Librería Robredo de José Porrúa e hijos 
  26. ^ Schoultz 1998.
  27. ^ Urioste, José E. (2019年8月2日). “The Caste War of Yucatan”. The Yucatan Times. The Yucatan Times Newsblog Editorial. 2019年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月21日閲覧。
  28. ^ Schoultz 1998, p. 39-58.
  29. ^ Careaga Viliesid, Lorena (12 February 1994). Joseph, Harriett Denise; Knopp, Anthony; Murphy, Douglas A. (eds.). Papers of the Second Palo Alto Conference. Second Palo Alto Conference (スペイン語). Palo Alto, Texas, United States of America: United States Department of the Interior/University of Texas at Brownsville/Texas Southmost College. pp. 110–118. Google Booksより。
  30. ^ Reed, Nelson Félix Blanco訳 (2007). “8. Fin de la Guerra de Castas [1852–1855”]. In Rojo, Vicente; Azorín, José; Espresate, Jordi et al. (スペイン語). La guerra de castas de Yucatán. Biblioteca Era. 10 (22nd ed.). Ciudad de México, Distrito Federal, México: Ediciones Era. pp. 149–160. ISBN 9789684111929. https://books.google.com/books?id=taC9oHLaCqsC&pg=PA149 
  31. ^ Campos García, Melchor José (2004) (スペイン語). De provincia a estado de la República Mexicana: La península de Yucatán, 1786–1835 (1st ed.). Mérida, Yucatán, México: Universidad Autónoma de Yucatán. ISBN 9789686843897 
  32. ^ Caso Barrera, Laura (2011). Basail Rodríguez, Alain; Rodríguez Ramos, María Isabel; Medina Villafuerte, Irma Cecilia et al.. eds. “¿Unión y libertad? El intento de unión de El Petén a Yucatán en 1823” (スペイン語). LiminaR. Estudios Sociales y Humanísticos (San Cristóbal de las Casas, Chiapas, México: Centro de Estudios Superiores de México y Centroamérica (CESMECA) de la Universidad de Ciencias y Artes de Chiapas Universidad de Ciencias y Artes de Chiapas (UNICACH)) IX (2): 149–164. doi:10.29043/liminar.v9i2.93. ISSN 2007-8900. http://www.scielo.org.mx/pdf/liminar/v9n2/v9n2a10.pdf. 

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]