ヤーン・ツィケル

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ヤーン・ツィケルJán Cikker1911年7月29日 - 1989年12月21日)は、スロバキア作曲家

バンスカー・ビストリツァ出身。母と作曲家のヴィリアム・フィグシュ=ビストリから最初の音楽の手ほどきを受けた。高校卒業後の1930年から1935年までプラハ音楽院ヤロスラフ・クシーチカ作曲を師事し、その他に指揮オルガンを学んだ。その後、プラハ音楽院の大学院で1946年までヴィーチェスラフ・ノヴァークについて学んだ。

その間、1937年から1938年までウィーンに出てフェリックス・ワインガルトナーについて学び、1939年から1949年までブラチスラバ音楽院の教壇に立った。また1945年からスロバキア国立劇場のオペラアドバイザーとなったが、1948年チェコスロバキア共産党が政権を乗っ取ると、ツィケルは職を追われた。最終的にブラチスラバ音楽演劇アカデミーの作曲の教授となった。

作品には連作交響詩『人生について』、スロバキア組曲、シュッツの主題による瞑想曲などの管弦楽曲オペラ連作歌曲などがある。

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