ヤン・コレル

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ヤン・コラー Football pictogram.svg
Jan Koller 2019.jpg
2019年
名前
愛称 ディノ(恐竜)
ラテン文字 Jan KOLLER
基本情報
国籍  チェコ
生年月日 (1973-03-30) 1973年3月30日(49歳)
出身地 スメタノヴァ・ルホタ
身長 202cm
体重 106kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足
ユース
1991-1994 チェコの旗 ZVVZミレフスコ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1994-1996 チェコの旗 スパルタ・プラハ 29 (5)
1996-1999 ベルギーの旗 スポルティング・ロケレン 97 (43)
1999-2001 ベルギーの旗 アンデルレヒト 65 (42)
2001-2006 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 138 (59)
2006-2007 モナコの旗 モナコ 50 (12)
2008 ドイツの旗 ニュルンベルク 14 (2)
2008-2009 ロシアの旗 クリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ 46 (16)
2010-2011 フランスの旗 カンヌ 44 (20)
通算 483 (199)
代表歴
1999-2009 チェコの旗 チェコ[1] 91 (55)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヤン・コレルJan Koller, 1973年3月30日 - )は、チェコ南ボヘミア州スメタノヴァ・ルホタ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワードチェコ代表の通算最多得点記録保持者 (55得点)。

名前 [編集]

ヤン・コラー」と表記されることもあるが、2019年に初来日した際、サッカーキングによるインタビューで、コレルが正しい発音であると答えた[2]

経歴[編集]

1991年にZVVZミレフスコでプロ生活をスタート。

1994年にチェコの強豪クラブスパルタ・プラハへ移籍し、リーグとカップ制覇を果たす。

身長202cmの長身を生かし、得点源として活躍し始めたのは1996年ベルギー・ジュピラーリーグのロケレンへ移籍してからで、1998-99シーズンには27得点を挙げて得点王に輝いた。

1999年にはアンデルレヒトへ移籍すると同時に同年のチェコ最優秀選手にも選ばれた。

2001年にはボルシア・ドルトムントに加入。ここでも得点を量産し、2001-02シーズンのリーグ制覇に貢献した。優勝を決めた試合では"我を忘れるほど喜んだ"と回顧している[3]

2005-06シーズンは左膝の十字靱帯断裂で長期間の戦線離脱を余儀なくされる[4] が、シーズン終了間際に復帰。2006 FIFAワールドカップに出場するチェコ代表に選出され、本戦でもゴールを決めるなど活躍したが、その試合で負傷。その後チェコ代表は敗退した。

2006-07シーズンからはフランスのモナコに移籍。

2008年1月ドイツ・ブンデスリーガのニュルンベルクに移籍した。同年に開催されたEURO2008では3試合に出場し1得点を挙げたが、チームはグループステージで敗退した。

2011年8月17日に現役引退を表明した。

現役引退後は、ASモナコのCチームの監督を務めていた友人に誘われ、2012年からディヴィジョン・ドヌール・レジオナル(フランスの地域リーグ。7部に相当)に所属するモナコのCチームでプレーイングマネージャーとなった。2016年に退団した後も引き続きモナコに在住し、現在は古巣スパルタ・プラハのフランス担当スカウトに就いている[5][6]

チェコ代表におけるゴール数は55で歴代1位、キャップ数は91で歴代3位となっている。引退後もウラジミール・スミチェルカレル・ポボルスキーロシツキーパベル・ネドベドペトル・チェフらと連絡を取っている[7]

2019年にボルシア・ドルトムントのアンバサダーとして初来日し、「食べ物がおいしいね。寿司や焼き肉は最高だ。明日はファンとの観光ツアーがあって名所を案内してもらう。歓迎されていると感じるよ。」と話し、「日本人選手で印象に残っている選手はいますか?」という質問には「中田英寿本田圭佑はいい選手だった。でも、何と言ってもシンジ(香川真司)だよ。国籍は関係ない。あんな選手ならまたBVBに来てほしいね」と答えた[8]

サッカー観[編集]

来日時の取材では各質問に以下のように答えた。

Q1 EURO2004で、自身のポストプレーが猛威を振るった事について

「それが私の役割でしたからね。自分の高さと強さを生かすことがチームの戦術となっていたんです。まずは私がロングパスを収め、ネドベドやロシツキーにボールを渡すことで攻撃が始まる。でも、この戦術は現代フットボールでは機能しないでしょう。FWには一切スペースが与えられませんし、展開が恐ろしく速くなっていますから」

当時は役割がかなり明確だった?

「その通りです。ドルトムントでも私がボールを収めて周りの選手にパスを出すことが求められていました」

現代だとポストプレーを専門とするFWは少ないですよね。一人の選手が複数の役割を担うことが当たり前となってきています。

「個人的には今も昔も一つの役割に集中させて、やるべきことを明確にした方がいいと思いますが、もうそれでは現代フットボールについていけないでしょう。一人のフットボールファンとしても、一人の選手が当然のように複数の役割をこなす様子を興味深く見ています。選手にとっては本当に難しい時代になりましたが、ファンにとってはより楽しめるフットボールになったでしょうね」[9]

Q2 平凡な選手と特別な選手の違いは何でしょうか?

「大きな違いは、意思決定に利用可能な情報を得るための知見や活動であるインテリジェンスです。それは頭だけでなく心にもあるんです。クリスティアーノ・ロナウドは最高のお手本でしょう。彼は技術や戦術理解度でずば抜けているだけでなく、メンタリティがとてつもないんです。」[10]

脚注[編集]

外部リンク[編集]