ヤリ=マティ・ラトバラ

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ヤリ=マティ・ラトバラ
Jari-Matti Latvala Dunton 2010.jpg
基本情報
国籍 フィンランドの旗 フィンランド
WRCでの経歴
活動時期 2002 -
所属チーム フォードフォルクスワーゲン
出走回数 169
チャンピオン回数 0
優勝回数 16
表彰台回数 57
ステージ勝利数 466
通算獲得ポイント 1310
初戦 2002 ラリー・グレートブリテン
初勝利 2008 スウェディッシュ・ラリー
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ラトバラが運転するフォーカスRS WRC 08ラリージャパンにて。

ヤリ゠マティ・ラトバラ(よりフィンランド語に近い表記ではヤリ゠マッティ・ラトヴァラ、Jari-Matti Latvala 1985年4月3日- )は、フィンランド出身のラリードライバー。父、ヤリ・ラトバラは1994年フィンランド国内選手権のグループNクラスチャンピオン。

経歴[編集]

幼少時よりカートを始め、8歳の時に父親からもらったフォード・エスコートを運転している。10歳のときには、オペル・アスコナで凍結した湖の上でラリーの練習を行った[1]

2002年ラリー・グレートブリテンWRCにデビューした。[2]三菱・ランサーエボリューションで参戦した彼は17位となった。2003年にはフォードワークスのフォーカスWRCでWRC数戦に出場。アクロポリス・ラリーで10位、ラリー・ドイチュラントで17位、ラリー・フィンランドで14位、ラリー・グレートブリテンで10位となった。[3]2004年にはJWRCフォード・フィエスタで参戦するが、マシンの極端な信頼性不足で芳しい成績を出せず、シーズン途中でスズキ・イグニスにマシンを変更。ラリー・フィンランドでクラス4位に入賞した。2005年は9戦に参戦し、最高位は16位。6戦はスバル・インプレッサを、残り3戦はトヨタ・カローラWRCをドライブした。

2006年にはPWRCにインプレッサで参戦。序盤はミスが重なり、結果を出せなかったが、終盤2連勝を果たしてランキング4位となる。またこの年は、並行してストバートVKフォードワールドラリーチームのフォード・フォーカスでWRCに4戦に出場。最終戦ラリー・グレートブリテンで、この年のチーム最高位の4位でフィニッシュした。このシーズンのポイントランキングでは13位となった。

2007年、ストバートVK Mスポーツフォードから初のWRCフル参戦を開始。シーズン中盤になると時折速さを見せたものの安定感に欠け、上位入賞の機会を逃すこともあった。それでも、この年の第15戦ラリー・アイルランドで自身初の表彰台となる3位を獲得した。

2008年マーカス・グロンホルムの引退を受け、ワークスのBPフォードアブダビワールドラリーチームに昇格した。[4]同年2月10日、スウェディッシュ・ラリーで初優勝を果たし、ヘンリ・トイヴォネンが長年持っていた最年少優勝記録を塗り替えた。[5]その後は速さを見せるもミスが多発し上位入賞を逃しており、この年のターマック2連戦カタルニア、コルシカの2戦のみ、ストバートVK Mスポーツフォードから出場している。

2009年も同じ体制でフォードから出場。ミスは減らずポルトガルでは崖下に転落する大クラッシュを起こしてマシンは大破したが、ラトバラとアンティラは無傷だった。ラリー・サルディニアで2勝目を挙げるが、1-2フィニッシュがほぼ確実と思われていたラリー・ポーランドでは最終SSでミスを喫しまさかのリタイヤに終わった。

2010年シーズンは前年のミスでチームからセカンドドライバーとして戦うこととなった。しかしエースであるヒルボネンがスウェーデン優勝以降不調だったのに対し、ラトバラはニュージーランド、地元フィンランドで優勝しターマックでもヒルボネンを上回る走りを見せ、この年は走りの安定感も向上しドライバーズタイトル2位を獲得した。

2011年はターマック能力が飛躍的に向上した。ラリー・アルゼンチンで新たに加わったターマックでその片鱗を感じさせていたが、ついにカタルニアのSS11、SS12でセバスチャン・ローブを上回るトップタイムを叩き出す。シーズン終盤ではエースのミッコ・ヒルボネン以上の速さを見せて総合順位でも上位に食い込むが、そのヒルボネンが僅差でセバスチャン・ローブ、セバスチャン・オジェとタイトルを争っていた為、チームオーダーに従い順位を譲る場面が度々見られた。

2012年はミッコ・ヒルボネンのシトロエン移籍を受け、フォードの1stドライバーへ昇格した。スウェーデンで優勝するも、メキシコではクラッシュを喫し最終SSを前にしてリタイアとなった。さらにトレーニング中に鎖骨を骨折しアルゼンチン欠場を余儀なくされた。シーズン後半はタイトルの可能性が残っていたチームメイトペター・ソルベルグのサポート役に回ることとなった。しかしフィンランド以降は再び成績が安定しドイツ、フランス、スペインではターマック自己最高の2位表彰台入賞を果たし、グレートブリテンでは2連覇を達成しランキング3位を獲得した。そしてシーズン終了後噂されていたフォルクワーゲンへ移籍が決まった。

2013年は古巣フォードを離れフォルクスワーゲンで参戦。開幕戦モンテカルロではチームメイトのセバスチャン・オジェが2位表彰台を獲得したが、ラトバラは最終日にクラッシュを喫しリタイアという散々な結果に終わる。しかしスウェーデンでの4位入賞、ポルトガル、アルゼンチンと2戦連続で3位表彰台に立つ等成績を伸ばし、アクロポリスでは移籍後初勝利を飾った。その後は優勝こそなかったがコンスタントに成績を残し、フォルクスワーゲンのマニュファクチャラーズタイトル獲得に貢献した。ランキングでも前年に続き3位となり移籍初年度ながら好成績をマークした。

2014年も引き続きフォルクスワーゲンから参戦。昨年とは違い第2戦スウェーデンで優勝し幸先の良いスタートを切る。その後もチームメイトのセバスチャン・オジェと激しいタイトル争いを繰り広げ、フランスでは自身初のターマック優勝を果たした。ドイツでのリタイアが響きタイトルにはあと一歩届かなかったもののドライバーズランキングでは4年振りのランキング2位を獲得した。

2015年はポルトガル、フィンランド、コルシカと3勝を挙げるも序盤からの不調が響き開幕戦から勝ちを重ねたチームメイトオジェにまたしても敗れランキング2位となった。

2016年はメキシコで勝利を挙げるも、結局のところ不調が響きランキング6位に下がってしまう これが最後のフォルクスワーゲンでのラリーとなる。

2017年はシートを失ったと思われていたが、トヨタに加入することが明らかになっていた。


その他[編集]

憧れは故ヘンリ・トイヴォネン。彼のエスコートを持っていると公言している。

WRC での優勝[編集]

 #  ラリー コドライバー 車両
1 スウェーデンの旗 第57回 スウェデッシュ・ラリー 2008年 ミイカ・アンティラ フォード フォーカス RS WRC 07
2 イタリアの旗 第06回 ラリー・サルディニア 2009年 ミイカ・アンティラ フォード フォーカス RS WRC 09
3 ニュージーランドの旗 第40回 ラリー・ニュージーランド 2010年 ミイカ・アンティラ フォード フォーカス RS WRC 09
4 フィンランドの旗 第60回 ラリー・フィンランド 2010年 ミイカ・アンティラ フォード フォーカス RS WRC 09
5 イギリスの旗 第67回 ウェールズ・ラリーGB 2011年 ミイカ・アンティラ フォード フィエスタ RS WRC
6 スウェーデンの旗 第60回 ラリー・スウェーデン 2012年 ミイカ・アンティラ フォード フィエスタ RS WRC
7 イギリスの旗 第68回 ウェールズ・ラリーGB 2012年 ミイカ・アンティラ フォード フィエスタ RS WRC
8 ギリシャの旗 第59回 アクロポリス・ラリー 2013年 ミイカ・アンティラ フォルクスワーゲン・ポロ R WRC
9 スウェーデンの旗 第62回 ラリー・スウェーデン 2014年 ミイカ・アンティラ フォルクスワーゲン ポロ R WRC

WRC 戦績[編集]

所属チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ランキング ポイント
2002年 プライベート 三菱 ランサーエボリューション VI MON SWE FRA ESP CYP ARG GRE KEN FIN GER ITA NZL AUS GBR
17
0
2003年 アメリカ合衆国の旗 フォード フォード フォーカス RS WRC 02 MON SWE TUR NZL ARG GRE
10
CYP GER
17
FIN
14
AUS ITA FRA ESP GBR
10
0
2004年 プライベート フォード プーマ S1600 MON
Ret
0
スバル インプレッサ WRX STI SWE
Ret
MEX NZL CYP GER
27
JPN FRA
21
フォード フィエスタ S1600 GRE
Ret
TUR
Ret
ARG
スズキ イグニス S1600 FIN
Ret
GBR
23
ITA
Ret
ESP
29
三菱 ランサーエボリューション VIII AUS
Ret
2005年 プライベート トヨタ カローラ WRC MON SWE
16
MEX FIN
Ret
0
スバル インプレッサ WRX STI NZL
Ret
ITA
16
CYP TUR GRE ARG
Ret
GER
21
FRA
16
ESP
19
AUS
フォード フォーカス RS WRC GBR
Ret
JPN
2006年 プライベート スバル インプレッサ WRX STI MON
41
SWE MEX
25
GRE
22
JPN
69
CYP TUR AUS
6
NZL
8
13位 9
トヨタ カローラ WRC FIN
17
イギリスの旗 ストバート VK・フォード・ラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 04 ESP
16
FRA
Ret
ARG ITA GER
34
フォード フォーカス RS WRC 06 GBR
4
2007年 イギリスの旗 ストバート VK・M-スポーツ・フォード・ラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 06 MON
Ret
SWE
Ret
NOR
5
MEX
7
POR
8
ARG
4
ITA
9
GRE
12
FIN
Ret
GER
8
NZL
5
ESP
7
FRA
4
JPN
25
IRE
3
GBR
10
8位 30
2008年 アメリカ合衆国の旗 BP フォード・アブダビ・ワールドラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 07 MON
12
SWE
1
MEX
3
ARG
15
JOR
7
ITA
3
GRE
7
TUR
2
FIN
38
4位 58
フォード フォーカス RS WRC 08 GER
9
NZL
Ret
JPN
2
GBR
2
イギリスの旗 ストバート VK・M-スポーツ・フォード・ラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 07 ESP
6
FRA
4
2009年 アメリカ合衆国の旗 BP フォード・アブダビ・ワールドラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 08 IRE
14
NOR
3
CYP
12
POR
Ret
ARG
6
4位 41
フォード フォーカス RS WRC 09 ITA
1
GRE
3
POL
Ret
FIN
3
AUS
4
ESP
6
GBR
7
2010年 アメリカ合衆国の旗 BP フォード・アブダビ・ワールドラリーチーム フォード フォーカス RS WRC 09 SWE
3
MEX
5
JOR
2
TUR
8
NZL
1
POR
Ret
BUL
6
FIN
1
DEU
4
JPN
3
FRA
4
ESP
4
GBR
3
2位 171
2011年 アメリカ合衆国の旗 フォード・アブダビ・ワールドラリーチーム フォード フィエスタ RS WRC SWE
3
MEX
3
POR
3
JOR
2
ITA
18
ARG
7
GRE
9
FIN
2
DEU
14
AUS
2
FRA
4
ESP
3
GBR
1
4位 172
2012年 アメリカ合衆国の旗 フォード・ワールドラリーチーム フォード フィエスタ RS WRC MON
Ret
SWE
1
MEX
Ret
POR
13
ARG
Inj
GRE
3
NZL
7
FIN
3
DEU
2
GBR
1
FRA
2
ITA
12
ESP
2
3位 154
2013年 ドイツの旗 フォルクスワーゲン・モータースポーツ フォルクスワーゲン・ポロ R WRC MON
Ret
SWE
4
MEX
16
POR
3
ARG
3
GRE
1
ITA
3
FIN
17
GER
7
AUS
4
FRA
3
ESP
2
GBR
2
3位 162
2014年 ドイツの旗 フォルクスワーゲン・モータースポーツ フォルクスワーゲン・ポロ R WRC MON
4
SWE
1
MEX
2
POR
14
ARG
1
ITA
3
POL
5
FIN
1
GER
Ret
AUS
2
FRA
1
ESP
2
GBR
8
2位 218

脚注[編集]

  1. ^ Jari-Matti Latvala, Suomi
  2. ^ フィンランドでは18歳にならないとラリーに参戦できない。
  3. ^ RallyBase
  4. ^ Ford confirms line-up.
  5. ^ WRC=スウェディッシュ・ラリー、ラトバラが史上最年少V

外部リンク[編集]