ヤニス・バルファキス

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ヤニス・バルファキス
Γιάνης Βαρουφάκης
ヤニス・バルファキス2015年2月)
生誕 (1961-03-24) 1961年3月24日(57歳)
ギリシャの旗 ギリシャ王国アテネ
国籍 ギリシャの旗 ギリシャ
オーストラリアの旗 オーストラリア二重国籍[1]
研究機関 イースト・アングリア大学
ケンブリッジ大学
シドニー大学
アテネ大学
テキサス大学オースティン校
研究分野 ゲーム理論政治経済学
母校 エセックス大学(B.A., Ph.D.)
バーミンガム大学(M.Sc.)
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ヤニス・バルファキス
Γιάνης Βαρουφάκης
所属政党 急進左派連合(2015年 – )
配偶者 ダナエ・ストラトウ(後妻)
公式サイト Yanis Varoufakis

ギリシャの旗 ギリシャ財務大臣
内閣 アレクシス・ツィプラス内閣
在任期間 2015年1月21日 - 7月6日
大統領 カロロス・パプーリアス
プロコピス・パヴロプロス

在任期間 2015年2月5日 -
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ヤニス・バルファキス[2]ファロファキス[3]ギリシャ語: Γιάνης Βαρουφάκης, ラテン文字転写: Gianis Varoufakis英語: Yanis Varoufakis1961年3月24日 - )は、ギリシャ経済学者政治家である。正式名はイオアンニス・ゲオルギオウ・バルファキスギリシア語: Ιωάννης Γεωργίου Βαρουφάκης[4])。現代ギリシア語の発音に従い、ヴァルファキスとも表記される[5]

経歴・人物[編集]

学歴[編集]

研究歴[編集]

学界や政界でのその他の経歴[編集]

2002年、アテネ大学に経済学博士課程を作り、その責任者を務めた[7]

2006年に、アメリカ合衆国の不動産を震源とする金融危機が発生し、それがウォール街を経てギリシャに及ぶだろうと予測した[7]。この予想は、サブプライム住宅ローン危機として的中した[8]2008年世界金融危機によってアメリカ合衆国による一極体制が潰えた事を受け、自身の公式ウェブサイトに「2008年以後の世界への思想」(原文:THOUGHTS FOR THE POST-2008 WORLD)という表題を付けている。

2010年頃から、ギリシャは支払い不能でありユーロ圏にいる間にデフォルトするべきだと主張し始めた[7]2011年12月、ギリシャを離れてバルブ・コーポレーションコンサルタントを務めた[9]

2015年1月ギリシャ議会総選挙で当選、1月27日アレクシス・ツィプラス首班とする急進左派連合(SYRIZA)政権の財務大臣英語版に就任した[2]。しかし、7月5日に行われた緊縮財政政策への国民投票で反対票が賛成票を上回った結果を受けて、翌7月6日に辞任を表明した。

かつて全ギリシャ社会主義運動(PASOK)への助言を行っていたが、同党の課した緊縮財政策に反発、以来反緊縮を掲げる急進左派連合への支持を表明していた[8]。一方で人脈的には市場原理主義者に近く、ギリシャの急進左派連合政権に送り込まれた「トロイの木馬」という見方も出ている[1]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

先代:
ギカス・ハルドウベリス英語版
ギリシャ財務大臣
2015年1月21日 - 2015年7月6日
次代:
エフクリディス・ツァカロトス