ヤスジのポルノラマ やっちまえ!!

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ヤスジのポルノラマ やっちまえ‼
ジャンル アダルトアニメ
映画
原作 谷岡ヤスジ
監督 渡辺清(製作)
脚本 吉田喜昭
制作 東京テレビ動画
配給 日本ヘラルド映画
封切日 1971年9月24日
上映時間 101分
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ヤスジのポルノラマ やっちまえ‼』(英題:DO・IT!)は、東京テレビ動画が制作した谷岡ヤスジ原作の劇場用アダルトアニメ1971年9月24日公開。

アニメ映画として類を見ない破滅的で反社会的な表現が多用されており、安藤健二は「日本のカルトムービーのひとつとして、伝説的な存在となっている」と述べている[1]

キャッチコピーは「サーモンピンクのふくらみにドバーッと鼻血をぶっかけてどぎつく割り込め!やっちまえ!」。

あらすじ[編集]

女にモテない、ついでに金ないチョンガー・ブス夫は、赤線も消えた日本でセックスに飢え悶々とした生活を送っていた。そんな彼は、就職先の自動車メーカーの同僚であるユキ子に懸想。彼女に自分を認めさせようとセールスマン稼業に精を出し、下半身も使って女性の顧客を獲得。社内成績をあげたブス夫は紆余曲折を経て、新妻となったユキ子とホテルで結婚初夜にまで漕ぎ着けたが、ついブス夫が麻雀に誘われている間、ユキ子は窓から飛び込んできたムジ鳥にレイプされ、恐るべき子供ムジ夫を産んでしまう…。

内容および製作・公開について[編集]

“鼻血ブー”や“アサー”などの流行語を生みだしたナンセンスギャグ漫画の巨匠・谷岡ヤスジの原作をアニメ映画化したもの。東京テレビ動画社長および監督かつ制作者である渡辺清(別名:新倉雅美)の最初で最後の劇場製作作品。東京テレビ動画が制作していたテレビアニメ『男どアホウ!甲子園』および『赤き血のイレブン』の放映が終了した直後、映画配給会社の契約も未定なまま映画製作に着手した[2]

セル画4万枚・製作人数2万人・製作期間7カ月・制作費7000万円と東京テレビ動画が社運を賭け全精力を注いだ作品であった[3]

セックス」「レイプ」「インポ」「近親相姦」「割腹自殺」「日本刀で斬殺」「メスゴリラと姦通」「オ○ンコマーク」など映画という条件の枠にも度を越す過激な内容で、原作者が危惧した通り映画倫理委員会(映倫)からのクレームで11カ所がカット。タイトルバックの修正。ラストシーンは前年の三島事件を連想させるとのことで全面的に撮り直された[4]。色彩は基本的に原色を多用しているので全体的にサイケデリックな印象が見受けられる。

1969年から1973年にかけて、手塚治虫虫プロダクションが製作した「アニメラマ3部作」のヒットに便乗し、1969年にレオプロダクションの『㊙劇画 浮世絵千一夜』が、1971年には日本ヘラルド映画の企画で本作が制作された。前者は東映系の全国53館の劇場で上映されたが、映倫の審査を通過していたにもかかわらず、警視庁からは猥褻な場面を削除するようにとの警告を受けるなど、この2本の便乗作の内容に対する評価は芳しいものではなかった。

映画は3部構成で、第1章「私生活」、第2章「経験」、第3章「めまい」という題が付けられている。これらはいずれも、当時の流行歌手である辺見マリの曲名から引用したものである。

ラストは教訓に「結婚は人生の墓場」と比喩するシーンとなっている。事実、結末は救いようのない悲劇的なものである。

作品内容は谷岡ヤスジの支離滅裂でメチャクチャな世界観を彷彿させ、原作者の谷岡からは好評を得たが[3]、いざ蓋を開けると内容が内容だけに全然客が入らず、2週続映が1週で打ち切られたとされる。実質的監督である渡辺がパンフレットに寄稿した「声明文」について、安藤健二は「左翼の活動家のような文体で、とてもアニメ会社の社長のものとは思えない」と評している[2]。性と暴力を全面に出した描写かつ無軌道な内容のため、アニメ誌には「結局、時流に乗っただけの作品で、内容も何もない愚作に終わった」と酷評された[5]。興行的にも作品的にも全く評価されずに東京テレビ動画は本作を最後に活動を停止した[2]

吉川惣司の証言によると1972年1月頃、旅行で立ち寄った青森の映画館で深夜に2本立て(いわゆるグラインドハウス映画)の1本で本作が上映されており、それを偶然見たという[6]。吉川はスタッフロールに旧虫プロ時代の同僚である鈴木満のクレジットを見つけ、鈴木が新潟のアニメスタジオに移ったと聞いていたため、帰路に鈴木のいるスタジオを訪れた[6]。それが、渡邊清が新たに起こした日本テレビ動画であった[7]。吉川は帰京後、TBSプロデューサーの忠隈昌に「男子バレーのアニメを作るのにいい会社はないか?」と聞かれた際に日本テレビ動画を紹介し、その結果『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』を日本テレビ動画が制作することになったという[6]

本作のあと、オリジナルビデオアニメ(OVA)が盛んに作られるようになった1980年代半ばまでアダルトアニメは殆ど製作されることはなかった。

再評価[編集]

後にプリントがアメリカ合衆国にわたり、「DO・IT!」の題で興行収入15億のヒットを飛ばした[3]。日本では永らく存在そのものが忘れられていたが、IMAGICAでネガの原版が発見され、谷岡の未亡人の意向でニュープリントに焼かれ、2004年の谷岡ヤスジ展や2005年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映された[8]

2016年2月には谷岡ヤスジ作品の版権を管理しているソニー・デジタルエンタテインメントによって原版フィルムが東京国立近代美術館フィルムセンターに寄贈された[9]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

主題歌[編集]

「ドバ・ドバ・ソング」(キャニオン・レコード
作詞 - 島村葉二 / 作曲 - 橋場清 / 浪曲部担当 - 沢田敏子 / 曲師 - 吉野静歌 / 歌 - ザ・ラニアルズ
「ロンリーブルース」
作詞 - 島村葉二 / 作曲 - 橋場清 / 歌 - 杉かおる
挿入歌
「私生活」
作詞 - 安井かずみ / 作曲 - 村井邦彦 / 歌 - 辺見マリ
「経験」
作詞 - 安井かずみ / 作曲 - 村井邦彦 / 歌 - 辺見マリ
「めまい」
作詞 - 安井かずみ / 作曲 - 村井邦彦 / 歌 - 辺見マリ

脚注[編集]

  1. ^ 安藤、2008年、p.71
  2. ^ a b c 安藤、2008年、p.73。渡辺がパンフレットに掲載した「声明文」の一部が転記されており、「配給会社が未定」という点がこの中で述べられている。
  3. ^ a b c 記憶のかさブタ 幻のポルノアニメ特集
  4. ^ 安藤、2008年、p.72。なおこの内容は山口且訓・渡辺泰『日本アニメーション映画史』有文社、1978年の引用である。
  5. ^ 山口且訓・渡辺泰『日本アニメーション映画史』(有文社 1978年)
  6. ^ a b c 安藤、2008年、pp.74 - 75
  7. ^ スタジオ自体は東京テレビ動画の新潟スタジオを流用している(安藤、2008年、p.73)
  8. ^ 安藤、2008年、pp.71 - 72
  9. ^ 谷岡ヤスジ氏原作の映画原版フィルムを東京国立近代美術館フィルムセンターに寄贈ソニー・デジタルエンタテインメント

参考文献[編集]

外部リンク[編集]