モンゴメリー (防護巡洋艦)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注: | |
| 起工: | 1890年2月[1] |
| 進水: | 1891年12月5日[1][2] |
| 就役: | 1894年6月21日[1][2] |
| 退役: | 1918年5月16日[2] |
| その後: | 1919年11月14日に売却[2] |
| 除籍: | 1919年8月25日[2] |
| 性能諸元 | |
| 排水量: | 2,094トン[1] |
| 全長: | 269 ft 6 in[1] |
| 全幅: | 37 ft[1] |
| 吃水: | 14 ft 7 in[1] |
| 機関: | |
| 最大速: | 17ノット[1] |
| 乗員: | 274名[1] |
| 兵装: | 5インチ砲9門、 6ポンド砲6門、 1ポンド砲2門、 18インチ魚雷発射管3門[1] |
モンゴメリー (USS Montgomery, C-9) は、アメリカ海軍の防護巡洋艦。モンゴメリー級防護巡洋艦のネームシップ[1]。艦名はアラバマ州モンゴメリーに因み、その名を持つ艦としては4隻目[2]。
艦歴
[編集]モンゴメリーはメリーランド州ボルチモアのコロンビア製鉄所で建造され、1891年12月5日にソフィア・スミスによって進水、1894年6月21日にノーフォーク海軍工廠でチャールズ・W・デイヴィス艦長の指揮下就役する[2]。
北大西洋戦隊に配属されたモンゴメリーは東海岸及びカリブ海で作戦活動に従事する[2]。米西戦争でモンゴメリーは1898年4月にキューバ及びハイチ近海を巡航し、5月にはハバナ封鎖に参加する[2]。5月5日にロレンツォ (Lorenzo) およびフラスキート (Frasquito) の二隻を沈め、一週間後にはスペイン軍の要塞を砲撃した[2]。
1899年4月にモンゴメリーは南大西洋戦隊に転属し、南アメリカの大西洋岸沿いに作戦活動を行った後本国に帰還、1900年9月15日にニューヨークで退役する[2]。1902年5月15日に再就役し、北大西洋戦隊カリブ海艦隊に配属され、西インド諸島で作戦活動に従事した[2]。モンゴメリーは1904年9月15日にペンシルベニア州フィラデルフィアで再び退役する[2]。
1908年1月2日に三度目の就役をしたモンゴメリーは第5海軍管区で水雷実験艦としての任務に従事した[2]。1914年から1918年までモンゴメリーはメリーランド海軍民兵と共に軍務に就く[2]。1918年3月14日にモンゴメリーはアニストン (Anniston) と改名され、アメリカン・パトロール分隊第2艦隊に配属、大西洋岸及びカリブ海で偵察、護衛任務に従事した[2]。
脚注
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- Robert Gardiner, ed (1979). Conway’s All the Worlds Fighting Ships 1860-1905. Conway Maritime Press. ISBN 978-0831703028