メリリャ
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| 面積 – 総面積 |
20 km² | ||||
| 人口 – 総人口 (2005) – 人口密度 |
65,488 3274.4/km² | ||||
| 住人の呼称 – スペイン語 |
melillense | ||||
| 自治法 | 1995年3月14日 | ||||
| ISO 3166-2:ES | ES-ML | ||||
| 議席割当 下院 上院 |
1 2 | ||||
| 首長 | フアン・ホセ・インブローダ・オル ティス(PP) | ||||
| メリリャ政府公式サイト | |||||
メリリャ[1][2][3]、メリージャ[4](スペイン語: Melilla, アラビア語: مليلة )、またはタムリット(ベルベル語:Tamlit)は、モロッコの地中海沿岸にあるスペインの飛地領。自由貿易港であり、主要な産業は漁業。
概要[編集]
面積は約12 km²。人口は2017年時点で8万人程度[5]。1995年3月14日まではマラガ県に属したが、1995年以降自治権をもつ。国会下院に1議席、上院に2議席を有する。
住民[編集]
かつて中継貿易やアフリカ植民地支配の足掛かりとして隆盛したメリリャは、第二次世界大戦以降、北アフリカ諸国の独立に伴い、地政学上の重要性が低下すると急速に衰退した。中継貿易などに従事していたスペイン系住民の一部は本国に引き揚げた。代わりにモロッコ系住民が周辺部から流入した。近年はアフリカ諸国からヨーロッパへの移住を目指す移民・難民が増え、居住者の半分以上はムスリムである[6]。
歴史[編集]
古代フェニキア人によって建設され、カルタゴとローマ帝国に相次いで占領された[3]。ローマ帝国衰退後はウマイヤ朝、アッバース朝、イドリース朝、ファーティマ朝、ムワッヒド朝、マリーン朝、ワッタース朝に支配された。古称はルサディール(Rusaddir)[3]。
イベリア半島のレコンキスタは、1492年に最後のイスラム王朝であったナスル朝グラナダ王国が滅びて一段落した。余勢をかったカスティーリャ=アラゴン連合王国は、地中海南岸のイスラム系港湾都市のいくつかを攻撃し、勢力下に収めた。メリリャは、1497年に占領された港湾都市の一つである[3]。
反攻態勢を整えたイスラム系のサアド朝は16世紀中に多くの領地を回復したが、港湾都市であるセウタとメリリャ、モロッコ南部のイフニはスペイン領として後々まで残された。1954年に独立したモロッコ王国は直後にイフニを回復し、現在もメリリャとセウタの領有権を主張しているが、スペイン側は「固有の領土」と主張して要求に応じていない。
2007年11月にスペイン国王夫妻がセウタとメリリャを訪問したことに対して、モロッコ王国は駐スペイン特命全権大使を召還したため、両国の関係に緊張を招くこととなった[2]。
交通・経済[編集]
港だけでなくメリリャ空港を有し、首都マドリードやスペイン本土南岸のマラガ、アルメリアとの間に空路が開設されている。マラガ、アルメリア、モトリル港とはフェリーも就航している。船は片道6時間以上の時間が掛かるため、住民の食料品や生活物資の多くをモロッコに依存している。
民生を支えるため、モロッコ側からの入国審査を簡素化し、輸入関税を安く設定している。モロッコ側の住人や商人はこうした措置を逆手に取り、海外(特にEU地域)製品を買い付ける場として活用している。
人口8万人規模のメリリャの街を訪れるモロッコ人(多くは個人の買い物客や零細貿易業者)は一日当たり約3万人に及ぶ。非公式ながらモスクもあり[7]、町ゆく人々や街並みはモロッコ国内とあまり変わらない風景となっている。
亡命中継地[編集]
経済的に困窮したサブサハラアフリカの住民がヨーロッパ方面へ亡命する中継地の一つとして、メリリャが選ばれることがある[8]。アルジェリア以東の北アフリカ・アラブ世界の混乱から逃れて来る人も多い。こうした過程でイスラム過激派に傾倒したり、スペインの言葉や文化に馴染めない反感からスペイン国旗を焼いたりする者もいる。メリリャ当局は不法移民を防ぐため、モロッコとの国境に高さ6mの金属フェンスを張り巡らせている[9]。
脚注[編集]
- ^ 辻原康夫 『世界の地名ハンドブック』 三省堂、1995年、343頁。ISBN 4-385-41028-3。
- ^ a b “モロッコ王国(各国地域情勢)”. 外務省. 2012年5月16日閲覧。
- ^ a b c d 『コンサイス地名辞典 外国編』、三省堂、1977年7月、P1051。
- ^ 八嶋由香利 「スペイン人とは」『スペイン(ヨーロッパ読本)』 碇順治(編)、河出書房新社、2008年、14頁、35頁、36頁。ISBN 978-4-309-61904-0。
- ^ テロの火種、壁の両側に スペイン領メリリャ/モロッコ『朝日新聞』朝刊2017年9月3日
- ^ テロの火種、壁の両側に スペイン領メリリャ/モロッコ『朝日新聞』朝刊2017年9月3日
- ^ テロの火種、壁の両側に スペイン領メリリャ/モロッコ『朝日新聞』朝刊2017年9月3日
- ^ “ヨーロッパに密航するため 200人のサハラ移住者が同時に国境の壁を登る”. japanese.china.org.cn (japanese.china.org.cn). (2014年2月19日) 2014年4月21日閲覧。
- ^ テロの火種、壁の両側に スペイン領メリリャ/モロッコ『朝日新聞』朝刊2017年9月3日
外部リンク[編集]
- メリリャ政府公式サイト(スペイン語)
- 世界飛び地領土研究会-メリリャ
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