メイッティーラ

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メイッティーラ
Meiktila

မိတ္ထီလာမြို့
Meiktila, Myanmar.jpg
座標 : 北緯20度53分 東経95度53分 / 北緯20.883度 東経95.883度 / 20.883; 95.883
行政
ミャンマーの旗 ミャンマー
 地方域 マンダレー地方域の旗 マンダレー地方域
メイッティーラ
Meiktila
その他
等時帯 ミャンマー標準時 (UTC+6:30)

メイッティーラMeiktila)は、ミャンマーの都市である。ミャンマー中部のマンダレー地方域にあり、メイッティーラ湖のほとりに位置する。古くから交通の要衝であり、ヤンゴンマンダレーを結ぶバスがこの町を通る。メークテラ、メイクテラ、メティラとも表記される。人口は2014年時点で約30.9万人。

歴史[編集]

防空壕に住むビルマ人家族がイギリス兵と茶を飲んでいる(1945年3月10日)

メイッティーラという地名は古代インドに栄えたミシラ王国から来ている。

11世紀19世紀にかけて、この地域にはミャンマー中央乾燥地域を故郷に持つビルマ人の王朝が続いた。

1885年コンバウン王朝イギリスに第三次英緬戦争で敗北した。ビルマ全土がイギリスの植民地となり、英領インドに併合された。

1945年日本軍とイギリス軍がイラワジ会戦を行い、イギリスが勝利した。

1948年ビルマ連邦がイギリスから独立した。メイッティーラではカレン族の反乱が起きた。

2013年3月22日、反ムスリム暴動が発生し、何十人もが殺害され、1.2万人以上が家を追い出され、非常事態宣言が出された。[1] [2] [3]。 暴動は国内のオクフォギョビンガウクに飛び火した。 [4]

宗教問題[編集]

仏教徒の多いミャンマーであるが、メイッティーラの人口約31万人のうち約3万人がイスラム教徒であると推定されている。20世紀後半の軍事政権時代には、宗教上の対立は問題視されてこなかったが、2012年にラカイン州で宗教対立が表面化すると(ラカイン州暴動 (2012年)英語版)、メイッティーラにも波及。イスラム教徒の居住地が破壊され、衛星写真からも確認される規模となった。一連の衝突により43人以上が死亡した[5]

出典[編集]

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  1. ^ State of emergency imposed in Meiktila
  2. ^ [1]
  3. ^ “ミャンマー中部で仏教徒とイスラム教徒が衝突、非常事態を宣言”. AFPBB News (フランス通信社). (2013年3月22日). http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2935184/10478177 2013年3月24日閲覧。 
  4. ^ http://www.economist.com/news/asia/21574506-sectarian-violence-was-not-supposed-be-part-myanmars-bright-new-direction-when-lid-blows Communal violence in Myanmar: When the lid blows off
  5. ^ “ミャンマーの破壊された市街地、宗教間衝突の爪痕”. AFPBB News (フランス通信社). (2013年4月1日). http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2936647/10524897 2013年4月8日閲覧。