ムフタール通り

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ムフタール通り ( Rue Mouffetard) は、パリ5区にある長さ605mの道路の名前である。多くのレストランブラッスリーないしカフェや、マルシェ市場)があり、パリ市中でもっとも賑わう下町的な地域の一つとなっている。

ムフタール通りのマーケット

歴史[編集]

もともとこの通りは古代ローマ時代からケタリウス山(Mons Cetarius)と呼ばれていた山の脇を通る道だった。ムフタールという名は山の名前から来ている。時代によってモンフェタール(Montfétard)、モーフタール(Maufetard)、モフタール(Mofetard)、ムフタール(Moufetard)、ムフラール(Mouflard)、ムフタール(Moufetard)、モフタール(Moftard)、モスタール(Mostard)と名を変えてきた。また、サン=マルセル通り(rue Saint-Marcel)、フォーブール・サン=マルソー通り(rue du Faubourg Saint-Marceau)、ヴィエイユ・ヴィル・サン=マルセル通り(rue de la Vielle Ville Saint-Marcel)と呼ばれたこともある。

中世には通りに沿って建つ教会がサン=メダール村の中心となっていた。1724年に村がパリに組み込まれてからは、大動脈であるフォーブール・サン=メダール通りになった。

サント=ジュヌヴィエーヴ山(サント=ジュヌヴィエーヴの丘)の上にあったおかげでムフタール通りはオスマン男爵パリ改造で作り替えられることはなく、昔の面影を残している。

ゆかりある人物[編集]

ガルニエ宮オペラ座)を建築したシャルル・ガルニエは、ムフタール通り(ムフタール街)界隈で生まれた。また、南北に伸びるムフタール通りの北側方向、交差するトゥアン通り (Rue Thouin) を過ぎるとデカルト通り (Rue Descartes) に接続し、同通り39番地はポール・ヴェルレーヌが居住し亡くなった地。現在はヴェルレーヌの名が付いたレストランになっている。先を行くと、パンテオン東側界隈に至り、サン=テティエンヌ・デュモン教会が見えてくる。

関連項目[編集]

座標: 北緯48度50分31秒 東経2度20分59秒 / 北緯48.84194度 東経2.34972度 / 48.84194; 2.34972