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ムササビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ムササビ
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 齧歯目 Rodentia
: リス科 Sciuridae
亜科 : リス亜科 Sciurinae
: モモンガ族 Pteromyini
: ムササビ属 Petaurista
: ホオジロムササビ P. leucogenys
学名
Petaurista leucogenys
(Temminck, 1827)[2]
和名
ムササビ[3]
ホオジロムササビ[3]
英名
Japanese giant flying squirrel[2]
分布図

ムササビ(鼯鼠、鼺鼠、学名:Petaurista leucogenys)は、齧歯目リス科ムササビ属に属する哺乳類の一種である。

ムササビはムササビ属の総称でもあり、種としてはホオジロムササビという別名[4]、ノブスマ(野臥間、野衾)、バンドリ、オカツギ、ソバオシキ、モマなど多くの異名(地方名)がある[5]

形態

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長い前足と後足との間に飛膜英語版と呼ばれる膜があり、飛膜を広げることでグライダーのように滑空でき、樹から樹へと飛び移ることができる。手首には針状軟骨という軟骨があり、普段は折りたたまれているこの軟骨を、滑空時に外側に張り出すことで、飛膜の面積を増やすことができる[5]。長いふさふさとした尾は滑空時にはの役割を果たす。頭胴長27–49 cm、尾長28–41 cm、体重700–1500 gと、近縁のモモンガ類に比べて大柄である(ホンドモモンガは頭胴長14–20 cm、尾長10–14 cm、体重150–220 g)のみならず、日本に生息するネズミ目としては在来種内で最大級である。移入種を含めても、本種を上回るものはヌートリアくらいしかいないとされる。

分布

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ムササビは日本固有種であり、本州四国九州に生息している。生息地によってニッコウムササビ、ワカヤマムササビ、キュウシュウムササビの3亜種に分けられている[6]

生態

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東京都八王子市で撮影された野生のムササビ

山地や平地の森林に生息する[7]。特に、巣になる樹洞があり、滑空に利用できる高木の多い鎮守の森を好む[5]。 夜行性。完全な樹上生活者で、冬眠はしない[5]。最大120メートル以上の滑空が可能で[8]、その速度は最大秒速16メートルにもなる[5]ケヤキカエデなどの若葉、種子、ドングリ、カキの果実、芽、ツバキの花、樹皮など、季節に応じてさまざまな樹上の食物を食べる[5]。地上で採食はしない。葉の食べ痕は中央に丸い穴が開いていたり、V字型に削られたようになる[9]。松ぼっくりの食べ痕は芯を残すのでエビフライ状になる[8]。大木の樹洞、人家の屋根裏などに巣を作る。メスは1ヘクタール程度の同性間のなわばりをもつ。オスは2ヘクタール程度の行動圏をもつが、特になわばりをもたず、同性同士の行動圏は互いに重なり合っている。

冬と初夏の年2回発情期を迎える。発情期には交尾の順位をめぐり、オス同士が激しい喧嘩を繰り広げる。ムササビの陰茎は「コルク抜き」のような形状をしており、次に交尾しようとするオスは、陰茎を用いて前の雄の精液により形成された交尾栓英語版を取り除き、交尾を行っている。平均74日の妊娠期間を経て、春と秋に1-2匹の子を産む。子育てはメスだけで行うが、餌を採りに通常より短い周期で毎晩巣を空ける。授乳期間は約91日、子供は生後約58日で巣から出る。平均寿命は約6-10年だが、飼育下では約15年に伸びる[8]

天敵としてはテンイタチキツネなど食肉目に属する動物、並びにフクロウタカなどの猛禽類が挙げられる。また、ニホンザルは本種を捕食しないにもかかわらず集団で執拗に追跡して攻撃を加える。ニホンザルの追跡を受けている間は木を十分に登る間もなく次の滑空に移らざるを得ないため、次第に高度を失うこととなる。逃避に失敗した場合、地面へ着地したところを捕獲され、多数のサルから攻撃を受ける。この際に死に至ることも多い。ニホンザルが本種に対して攻撃を加える理由としては、ニホンザルの天敵でもある猛禽類と同様に滑空する本種を攻撃することがメスへの性的アピールになっている説や、滑空するという共通点を以って猛禽類と同一視して防衛行動をとっている説がある[10]

分類

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リス亜科ムササビ属に属する。安藤 (1986) などにより、ムササビ亜科[5]に、または、Thorington (2002)、霍野 (2007) などにより、モモンガ亜科 (Pteromyinae)[11][12]に位置付けられていたが、Steppan (2006) によると、モモンガ類とともにリス亜科に分類されている[13][14] 。ムササビ属には、8種が含まれ、東アジア南アジア東南アジアに分布する[15]インドネシアに生息するオオアカムササビ Petaurista petaurista は頭胴長約45 cm、尾長約50 cmの大型のムササビである。

以下の亜種の分類は、Jackson & Thorington (2012) に従う[16]。和名は今泉 (1960) に従う[17]

Petaurista leucogenys leucogenys (Temminck, 1827) キュウシュウムササビ
模式産地は熊本県[17]。九州および四国に分布[16]
Petaurista leucogenys nikkonis Thomas, 1905 ニッコウムササビ
模式産地は日光[16]。本州の中部から北部に分布[16]。東北地方の個体群を亜種オウシュウムササビP. l. osiuiとする説もある[17]
Petaurista leucogenys oreas Thomas, 1905 ワカヤマムササビ
模式産地は和歌山県[16]。紀伊半島に分布[16]。近畿・中国地方や中部地方南部の個体群も本亜種と考えられているが、確実ではない[17]

モモンガとの相違点

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漢字表記の「鼯鼠」がムササビと同時にモモンガにも用いられるなど両者は古くから混同されてきた。両者の相違点としては上述の個体の大きさが挙げられるが、それ以外の相違点としては飛膜の付き方が挙げられる。モモンガの飛膜は前肢と後肢の間だけにあるが、ムササビの飛膜は前肢と首、後肢と尾の間にもある[5]。また、ムササビの頭部側面には、耳の直前から下顎にかけて、非常に目立つ白い帯がある(画像参照)。ムササビは単独行動だが、モモンガは平均5頭で集団生活を行う[18]

滑空する動物

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ムササビなど滑空性のリスと同様に飛膜をもち、滑空する哺乳類として、同じネズミ目に属するが科の異なるウロコオリス類、フクロネズミ目(有袋類)のフクロモモンガヒヨケザル目(皮翼目)のヒヨケザルなどが知られている。

人との関係

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古墳時代のムササビ形埴輪
南羽鳥正福寺1号墳出土。松戸市立博物館企画展示時に撮影。

ムササビは、日本では古くから狩猟の対象であった[7]縄文時代では、青森県青森市に所在する三内丸山遺跡において、縄文集落に一般的なシカイノシシを上回るムササビ・ウサギが出土しており、巨大集落を支えるシカ・イノシシ資源が枯渇していたことを示していると考えられている[19]。また古墳時代の遺物として、千葉県南羽鳥正福寺1号墳からはムササビ形埴輪が出土している。

時代によっては保護の対象ともなり、平安時代の国史『日本後紀』(9世紀成立)には、ムササビの利用を禁ずるとする記述がある[20]。特に、保温性に優れたムササビの毛皮は防寒具として珍重され、第二次世界大戦では物資が不足する中で、ムササビ1匹の毛皮は、当時の学校教員の月給に匹敵するほどの値段となった[21]。被毛はの材料としても利用され、他にはない粘りと毛先に独特の趣がある[22]。現在の日本では、ムササビは鳥獣保護法において「非狩猟鳥獣」であるため、狩猟は不可能となっている[23]

文献記述としては、『万葉集』ですでにみられ、267番の歌では「牟佐々婢」、1028番では「牟射佐毗」、1367番では「武佐左妣」などと表記される。ムササビという語源については、中村浩の著『動物名の由来』(東京書籍)において、小ささから「身細(むささ)び」と呼んだとする(身を「ム」と読むのは「ムクロ」と同じであり、小さいを「ササ」と呼ぶのはやさざ波と同じ)。特に『万葉集』1367番の内容は、「ムササビが鳥を待つように私も(あなたを)待って痩せてしまう」といったもので、身細=ムササとかけている。

時代は下って、『和名類聚抄』(10世紀中頃成立)巻十八「毛群類」の鼯鼠の項目では、和名を毛羙モミミの漢字の方は現代日本では使われておらず、羊部の下に火)=モモンガとした上で、「俗にいう無佐々比」と記し、この時点でモモンガとの混同が見られる。内容としては、コウモリの肉翼に似ていると記述されている。

江戸時代の『和漢三才図会』巻第四十二「原禽類」において、コウモリと同様に鳥類の分類で扱われており、和名を「毛羙(モミ)」、「俗にいう無左々比」と和名類聚抄を引用した上で(漢字表記に変化は見られる)、「今いう野衾(ノブスマ)、またいう毛毛加(モモカ)」と記している。絵図は、羽の形状がコウモリに似て前足が長く描かれ、尾はリスに似ている。

大分県ではソバオシキと呼ばれ(「傍折敷」の表記は、14世紀の『太平記』にも見られる)、「そのを枕元に置くか、身に着けて寝ると産が軽くなる」という安産呪具としている(後述書 p.715.)他、神奈川県ではバンドリと呼ばれ、その「肉が腎臓薬になる」とする俗信があり(後述書 p.716.)、愛媛県ではその「胆嚢が人の胃病の妙薬になる」とする民間療法がある[24]

脚注

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  1. Ishii, N.; Kaneko, Y. (2008). Petaurista leucogenys. IUCN Red List of Threatened Species (英語). 2008 e.T16720A6314320. doi:10.2305/IUCN.UK.2008.RLTS.T16720A6314320.en. 2015年3月16日閲覧.
  2. 1 2 Richard W. Thorington, Jr. & Robert S. Hoffmann, “Family Sciuridae,” In: Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (eds.), Mammal Species of the World (3rd ed.), Volume 3, Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 754–818.
  3. 1 2 川田伸一郎・岩佐真宏・福井大・新宅勇太・天野雅男・下稲葉さやか・樽創・姉崎智子・横畑泰志世界哺乳類標準和名目録」『哺乳類科学』第58巻 別冊、日本哺乳類学会、2018年、1–53頁。
  4. 押田龍夫「ミトコンドリアDNA(mtDNA)のチトクロームb遺伝子塩基配列に基づいたムササビ属の系統進化:特にカオジロムササビPetaurista alborufusの系統学的および分類学的な問題点について」『哺乳類科学』第39巻 1号、日本哺乳類学会、1999年、161-164頁。https://doi.org/10.11238/mammalianscience.39.161.
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 D.W.マクドナルド、今泉吉典(編)『小型草食獣 動物大百科 5』平凡社、1986年、40-41頁。本書内で、「ムササビ 空を飛ぶ大型リス」を安藤元一が執筆。
  6. 『動物園を100倍楽しむ!飼育員が教えるどうぶつのディープな話』、2023年7月10日発行、大渕希郷、緑書房、P108。
  7. 1 2 千葉県にムササビは生息しているか?(PDF) (PDF)千葉県立中央博物館。2014年1月20日閲覧
  8. 1 2 3 『動物園を100倍楽しむ!飼育員が教えるどうぶつのディープな話』、2023年7月10日発行、大渕希郷、緑書房、P109。
  9. 春日山原始林ガイド (PDF)」奈良県。2021年3月1日閲覧
  10. 大西賢治、山田一憲、中道正之「ニホンザルによるムササビへの攻撃反応」『霊長類研究』26巻(1号)、日本霊長類学会、2010年6月、35–49頁。doi:10.2354/psj.26.35ISSN 0912-4047NAID 10026790565。2021年11月11日閲覧
  11. Thorington, Richard W. Jr; Pitassy, Diane; Jansa, Sharon A. (2002). “Phylogenies of flying squirrels (Pteromyinae)”. Journal of Mammalian Evolution. 9: 99–135. doi:10.1023/A:1021335912016.
  12. 霍野晋吉『くわしいリスの医・食・住』どうぶつ出版、2007年。2015年4月27日閲覧
  13. Steppan, Scott J. & Hamm, Shawn M. (2006): Tree of Life Web ProjectSciuridae (Squirrels). Version of 13 May 2006. Retrieved 10 December 2007.
  14. Steppan, S. J.; Storz, B. L.; Hoffmann, R. S. (2004). “Nuclear DNA phylogeny of the squirrels (Mammalia: Rodentia) and the evolution of arboreality from c-myc and RAG1”. Molecular Phylogenetics and Evolution. 30 (3): 703–719. doi:10.1016/S1055-7903(03)00204-5.
  15. D.W.マクドナルド、今泉吉典(編)『小型草食獣 動物大百科 5』平凡社、1986年、155頁。
  16. 1 2 3 4 5 6 Jackson, Stephen M. & Thorington, Richard W., Jr. 2012. “Gliding Mammals: Taxonomy of Living and Extinct Species.” Smithsonian Contributions to Zoology (638): 1–117.
  17. 1 2 3 4 今泉吉典「ムササビ」、岡田要 校閲・今泉吉典 著『原色日本哺乳類図鑑』〈保育社の原色図鑑 7〉保育社、1960年、122-125頁。https://doi.org/10.11501/1378317.
  18. 『動物園を100倍楽しむ!飼育員が教えるどうぶつのディープな話』、2023年7月10日発行、大渕希郷、緑書房、P110。
  19. 植月学「卯ウサギ」設楽博己編『十二支になった動物たちの考古学』(新泉社、2015年)、p.58
  20. ドッカンとジョバンニの上着斎宮歴史博物館。2014年1月20日閲覧
  21. 崇高な殺生<第3部 マタギの戦時史>3 戦地需要で戻された銃 - 奨励される狩り 二極化する里」『読売新聞』。2012年8月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月24日閲覧
  22. 奈良筆ができるまで 筆の原料」株式会社あかしや。2014年1月20日閲覧
  23. 鳥獣保護法について」株式会社防除研究所。2014年1月20日閲覧
  24. 鈴木棠三 『日本俗信辞典 動物編』(角川ソフィア文庫、2020年) p.716.

関連項目

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  • 日本の哺乳類一覧
  • むささび・もま事件 - 特定の地方で「もま」と呼ばれていた禁猟のムササビを狩ったことが「事実の錯誤」と「法律の不知」に当たるかが争われた。
  • 野衾 - ムササビに似ているとされる、江戸に伝わる妖怪