ムアンスコータイ郡

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座標: 北緯17度0分30秒 東経99度49分24秒 / 北緯17.00833度 東経99.82333度 / 17.00833; 99.82333

ムアンスコータイ郡
位置画像
ムアンスコータイ郡の位置
情報
タイ語名 เมืองสุโขทัย
スコータイ県
地理番号 6401
郵便番号 64000
統計
面積 581.5 km2
人口 107,599 人 (2005年)
人口密度 185.0 人/km2
行政
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ムアンスコータイ郡タイ北部にある郡(アンプー)。スコータイ県の県庁所在地(ムアン)でもある。大きく旧市街と新市街に分かれており、新市街から西に12kmほどの地点に旧市街があり、ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されたスコータイ歴史公園がある。

名称[編集]

県名の後ろに thai が付いているが、国名のタイとは関係ない。県名はサンスクリット語の sukha udaya(タイ語: สุขา อุทัย)が融合して、タイ語風に訛ったもので、「幸福 (sukha) の夜明け[1]」(幸福の誕生)を意味する。

歴史[編集]

歴史は古く、5世紀頃にはプラヤー・パーリーラーチャーが国を建てたとするタイの北方の文献が存在するが、実証を得ない。プラ・ルワン伝説によれば、11世紀頃には国が建っていたとするが、あくまで伝説でありこれも実証を得ない。いずれにせよ、この地は当時より交易の要所であり、ずっと西進すればベンガル湾にまで到達できた上、スリランカ南インドの港市とも交流があったと推測される。13世紀スコータイ王朝シーインタラーティット王によって建てられる頃には、既にクメール王朝下で旧市街は都市として機能したと考えられており、その後、スコータイ王朝はアユタヤ王朝によって吸収され消滅するが、アユタヤ王朝下でも地方中核都市として機能していた。1767年ビルマ軍の侵略によって、旧市街は壊滅寸前にまでおちいったが、トンブリー王朝を経てチャクリー王朝が成立すると、チャクリー王朝初代の王ラーマ1世ヨム川沿いに市街地を移し、新市街を形成した。瓦礫と化した旧市街から、遺跡の煉瓦が首都建設のため持ち去られた。

1896年、現在のムアンスコータイ郡にあたるスコータイ郡が成立。1932年にはスコータイが、県はサワンカローク県(すでに廃止、現在はスコータイ県)に編入され、市街地はスコータイターニーと名を変えた。その後、1949年にスコータイは再編成され、ムアンスコータイ郡は県庁所在地になりスコータイ県が成立した。

地理[編集]

市内の重要な水源としてヨム川があり、稲作に適した地形である。

経済[編集]

市内のほとんどの産業は農業である。

交通は、南北に国道101号線が通っており、北はウッタラディットプレー方面に通じ、南はカムペーンペット方面に通じている。国道12号線は東西に通っており、東はピッサヌローク方面に、西はターク方面に通じている。

行政区分[編集]

市内は10のタムボンに分かれ、その下位に97の村(ムーバーン)がある。郡内には3つの自治体(テーサバーン)があり以下のようになっている。

また、スコータイ市内には9つのタムボン行政体が置かれている。以下は市内のタムボンの一覧である。

  1. タムボン・ターニー(タイ語: ตำบลธานี
  2. タムボン・バーンスワン(タイ語: ตำบลบ้านสวน
  3. タムボン・ムアンカオ(タイ語: ตำบลเมืองเก่า
  4. タムボン・パーククウェー(タイ語: ตำบลปากแคว
  5. タムボン・ヤーンサーイ(タイ語: ตำบลยางซ้าย
  6. タムボン・バーンクルワイ(タイ語: ตำบลบ้านกล้วย
  7. タムボン・バーンルム(タイ語: ตำบลบ้านหลุม
  8. タムボン・ターンティア(タイ語: ตำบลตาลเตี้ย
  9. タムボン・パークプラ(タイ語: ตำบลปากพระ
  10. タムボン・ワントーンデーン(タイ語: ตำบลวังทองแดง

スコータイを舞台とした作品[編集]

その他のスコータイ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 白石凌海 『仏陀 南伝の旅』 講談社〈講談社選書メチエ〉、2010年、198頁。ISBN 978-4-06-258489-0

外部リンク[編集]