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ミル (海藻)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミル
1. 潮間帯の藻体
分類
: 植物界 Plantae (アーケプラスチダ Archaeplastida)
亜界 : 緑色植物亜界 Viridiplantae
: 緑藻植物門 Chlorophyta
: アオサ藻綱 Ulvophyceae
: ハネモ目 Bryopsidales
亜目 : ハネモ亜目 Bryopsidineae
: ミル科 Codiaceae
: ミル属 Codium
: ミル C. fragile
学名
Codium fragile (Suringar) Hariot, 1889[1]
シノニム
  • Acanthocodium fragile Suringar, 1867[1]
  • Codium fragile subsp. fragile (Suringar) Hariot, 1889[1]
  • Codium mucronatum J.Agardh1887[1]
  • Codium mucronatum var. tomentosoides Van Goor, 1923[1]
  • Codium fragile var. typicum Schmidt1923[1]
  • Codium fragile subsp. capense P.C.Silva, 1959[1]
英名
Fleece[1], Fragile Green Sponge Fingers[1], Green Sea-Velvet[1], Green Sponge Fingers[1], Sponge Seaweed[1], Sponge Tang[1], Sponge Weed[1]

ミル(海松[2]、水松[3]学名: Codium fragile)は、緑藻ハネモ目ミル科ミル属に分類される海藻の1種である。学名の種小名である fragile は、ラテン語で「壊れやすい」を意味する[1]。藻体は深緑色、規則的に二叉分岐して扇状に広がり(図1)、高さ数十センチメートルになり、表面の皮層を構成する小嚢は頂端に刺状突起をもつ。小嚢に側生する配偶子嚢で大小の配偶子が形成され、これが合体した接合子が藻体へと発生する。世界中の海岸に広く分布し、低潮線付近から潮下帯に生育する。日本では古くから食用とされ、大宝律令や『万葉集』にも記述があり、また大嘗祭など皇室の儀式にも使われる。

特徴

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藻体はくすんだ濃緑色で海中では直立し、高さ 10–40 cm、比較的規則正しく二叉分岐して全体は扇状になる[4][5][6](図1, 2)。枝は円柱状(直径 2–4 mm)であるが、分岐部付近でやや扁平なこともある[5][7]。手触りはフェルト状だが、他のミル類と比較して多少ザラザラしている(小嚢に刺状突起があるため; 下記参照)[6][7]。幼体時には無色の綿毛状構造に覆われているが、徐々に脱落する[8]。基部は海綿状の盤状部となって基質に付着しており、ここから1個または数個の直立体が生じている[5]

藻体表面を構成する小嚢は円柱状から棍棒状、直径 100–400 µm、長さ 330–1500 µm、頂端は丸く、刺状突起があり、ときにやや厚くなる[4][5][6]。小嚢の上部から1–2本の無色の毛が生じており(幼体時を覆う綿毛を形成)、後に脱落するがその痕が残る[5][8]。おしば標本にした際の、紙への接着は不十分[4][5]

瀬戸内海では、8–10月に藻体は最大になり成熟する[6]雌雄異株または雌雄同株、配偶子嚢は棍棒形から卵形、長さ 200–300 µm(雌性配偶子嚢の方が大きく太い)、小嚢中央部に側生する[5][6][8]配偶子は2本鞭毛性で眼点を欠き、走光性を示さない[6]。雌性配偶子は 20–25 × 12–15 µm で不活発、雄性配偶子は 5–7 × 2–3 µm で活発に遊泳する[5][6]接合子は発芽して糸状体になり、直立体を形成するが、静置培養では直立体は形成されない[6]。雌性配偶子の単為発生が報告されている[6]。大きな藻体は冬に消失することもあるが、越冬することもある[8]。配偶子嚢はふつう初夏から初冬に見られるが、一年中見られる地域もある[8]

分布・生態

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世界中の沿岸域に分布しており、アメリカ大陸太平洋岸、大西洋岸)、大西洋諸島(アイスランドアゾレス諸島カナリア諸島ゴフ島)、ヨーロッパ(大西洋岸、北海岸、バルト海岸、地中海岸)、アフリカ(大西洋岸、地中海岸)、中東(地中海岸、紅海岸、アラビア海岸)、スリランカ東南アジアミャンマーインドネシアフィリピン)、東アジアロシア中国朝鮮半島日本台湾)、オセアニアオーストラリアニュージーランド)、ケルゲレン諸島などから報告されている[1][5]タイプ産地は日本[5]。日本では本州から九州に分布するとされるが[4][5]、北海道西岸や南西諸島に分布するともされる[6]茨城県では準絶滅危惧に指定されている[9]

低潮線付近から潮下帯に生育し、ミル類の中では比較的浅い場所で見られる[4][5][6]。しばしば、大きな群落を形成する[5]

上記のようにミルは世界中に分布するが、種内変異が見られ、いくつかの亜種に分類されることもある[1][10]。この場合、日本を含む極東アジアのものは基亜種Codium fragile ssp. fragile)に分類されるが[10]、おそらく船舶や養殖用カキを介して地中海北米南米オセアニアアフリカに侵入したことが示されており、地域によっては在来亜種と混在している[1][11][12][10]

人間との関わり

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食用

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日本では、近年ではミルは一般的な食材ではないが[13]、古くはふつうに食されていたと考えられており(下記参照)、1980年代でも三重県阿児町志摩町越賀南勢町鳥羽市国崎町山口県萩市大井湊、熊本県苓北町坂瀬川地区、佐賀県長崎県島原市対馬鹿児島県大島郡瀬戸内町諸鈍、沖縄県八重山宮古での報告がある[14]。若い芽を水洗いして生のまま、または湯がいて和え物酢の物としたり、酢味噌漬け砂糖漬けとする[15]。真水に浸して色抜きをし、これを乾燥または塩蔵して保存する[13]韓国では、ミルを醤油と酢で味付けし、キムチの材料などに利用することがある[13][16]。韓国ではミルは食用に養殖されており、2017年の生産量は3,980トン(湿重量)、生産高は205万ドルであった[16]。接合子または藻体断片を縄に付着させ、1か月ほど水槽で培養したのちに海に移し、水深を変えて(0.5–2 m)10か月ほど養殖し、収穫する[8]ハワイでは、キムチに和えたりサラダにして食される[15]。また、日本では回虫に対する駆虫薬としても用いられていた[14]。ほかに、薬用成分の研究も行われている[14]

文化

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日本では、ミル(海松)は古くから認識されていた海藻であり、平城京跡からはミルが記された木簡(8世紀)が出土しており、『常陸国風土記』、『備前国風土記』、『出雲国風土記』(8世紀前半)にも記述がある[14]。上記のように食用とされ、大宝律令(710年)や養老律令(720年)において税に指定されている[14]。奈良時代の天平7年(735年)から同9年(737年)にかけ天然痘が大流行した折(天平の疫病大流行)、朝廷では対処法を七か条にまとめた太政官符を発行したが、その中に「海松を炙ったものや塩を口に含めば口内や舌が荒れるが、結果はよい」との一文がある[17]延喜式(967年)では、官人や寺社への配給品とされ、産地としては伊勢国志摩国三河国安房国が記されている[18][19]。また、伊勢神宮出雲大社などの祭礼の際の供物(神饌)とされ、また朝廷の儀式(大嘗祭新嘗祭)にも使われる[14][15]

ミルは『万葉集』(8世紀後半)にも詠われており、「深海松」が6例、「また海松」が2例、「海松」が1例ある[20]。『伊勢物語』(平安初期)、『古今和歌集』(905年)、『倭名類聚鈔』(934年)、『土佐日記』(935年)、『枕草子』(1000年頃)、『源氏物語』(1010年頃)などにも登場する[14]和歌では、「見る」の掛詞としてしばしば詠まれている[21]

ミルはその光合成色素(シホネインシホナキサンチンを含む)のためくすんだ濃緑色をしているが、この色に由来する日本の伝統色として「海松色(みるいろ)」がある[4][15]。ただし、この色は実際の生時のミルの色とは異なり、モスグリーンに近い[4]。海松色と藍色の中間色として「海松藍」、海松色と茶色の中間色として「海松茶」などもある[4]。また、重ねの色め(異なる色の2枚の薄いを重ねて特定の色を表す)では、萌黄色縹色を重ねて海松色を表す[4]

3. 染分紗綾地蜘蛛海松貝模様小袖(17世紀): 海松貝文が使われている。

ミルの枝ぶりをデザインした「海松文」は日本の伝統的な文様の一つであり、これを円形にあしらった「海松丸」は平安時代に公家が用いた有識文様の一つであった[4][15]。『源氏物語絵巻』(12世紀前半)の「御法の巻」の料紙にも海松文が描かれている[14]。『伴大納言絵巻』や『信貴山縁起』(平安時代末)に描かれている人物の服にも海松文が見られ、この時代に身分や性別に関わらず用いられていたことが示されている[14]源頼朝所用と伝えられる「海松円文螺鈿鞍」にも、海松丸文様が施されている[14]。また、ミルと貝を合わせた「海松貝文」も着物や茶器の柄に好まれ(図3)、現代でも使われている[4][14]

侵略的外来種

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上記のように、ミルは日本周辺から船舶や養殖用カキを介して世界各地に侵入した[1][11][12]。このようなミルは侵略的外来種となり、在来の海藻海草群落に悪影響を与え、また養殖貝類の殻に付着して生産量を減少させることがある[22]。ミルに付着された養殖貝が潮流で流されて消失することがあるため、ミルは "oyster thief"(カキ泥棒)ともよばれる[22]

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s Guiry, M.D. (2024年2月1日). “Codium fragile (Suringar) Hariot 1889”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2025年12月20日閲覧。
  2. ^ ミル」『改訂新版 世界大百科事典』https://kotobank.jp/word/%E3%83%9F%E3%83%ABコトバンクより2025年12月20日閲覧 
  3. ^ 水松」『動植物名よみかた辞典 普及版』https://kotobank.jp/word/%E6%B0%B4%E6%9D%BEコトバンクより2025年12月20日閲覧 
  4. ^ a b c d e f g h i j k 神谷充伸 (2012). “ミル”. 海藻 ― 日本で見られる388種の生態写真+おしば標本. 誠文堂新光社. pp. 11, 54. ISBN 978-4416812006 
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 吉田忠生 (1998). “ミル”. 新日本海藻誌 日本海藻類総覧. 内田老鶴圃. pp. 129–132. ISBN 978-4753640492 
  6. ^ a b c d e f g h i j k 榎本幸人・李義真・平岡雅規 (1994). “ミル”. In 堀輝三 (編). 藻類の生活史集成 第1巻 緑色藻類. 内田老鶴圃. pp. 278–279. ISBN 978-4753640577 
  7. ^ a b 鈴木雅大 (2019年5月26日). “ミル Codium fragile”. 写真で見る生物の系統と分類 生きもの好きの語る自然誌. 2025年12月20日閲覧。
  8. ^ a b c d e f 해조류연구센터 (2009年). “청각 양식 Codium fragile Cultivation”. 국립수산과학원 남해수산연구소. 2026年1月7日閲覧。
  9. ^ ミル”. 日本のレッドデータ 検索システム. 2025年12月20日閲覧。
  10. ^ a b c Rojo, I., Olabarria, C., Santamaria, M., Provan, J., Gallardo, T., & Viejo, R. M. (2014). “Coexistence of congeneric native and invasive species: The case of the green algae Codium spp. in northwestern Spain”. Marine Environmental Research 101: 135-144. doi:10.1016/j.marenvres.2014.09.006. 
  11. ^ a b Graham, J.E., Wilcox, L.W. & Graham, L.E. (2008). “CODIUM”. Algae. Benjamin Cummings. pp. 396–398. ISBN 978-0321559654 
  12. ^ a b 羽生田岳昭 (2012). “侵入種 -越境移動する藻類- 外来種としての海藻”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. 株式会社エヌ・ティー・エス. pp. 429-431. ISBN 978-4864690027 
  13. ^ a b c 田中次郎・中村庸夫 (2004). “ミル”. 日本の海藻: 基本284. 平凡社. pp. 42–43. ISBN 978-4582542370 
  14. ^ a b c d e f g h i j k 富塚朋子 & 宮田昌彦 (2025). “海松文様と日本人の美意識”. Algal Science and Technology 18 (1): 135-148. doi:10.20804/algalscitechnol.18.1_135. 
  15. ^ a b c d e 嶌田智 (2012). “食用 その他の緑色大型藻類(カワノリ、ミルなど)”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. 株式会社エヌ・ティー・エス. pp. 572-574. ISBN 978-4864690027 
  16. ^ a b Hwang, E. K., & Park, C. S. (2020). “Seaweed cultivation and utilization of Korea”. Algae 35 (2): 107-121. doi:10.4490/algae.2020.35.5.15. 
  17. ^ 市大樹 (2021). “天平の疫病大流行-交通の視点から”. IATSS Review (国際交通安全学会誌) 46 (2): 96-104. https://www.jstage.jst.go.jp/article/iatssreview/46/2/46_96/_pdf. 
  18. ^ 寺川眞知夫 (2015). “『万葉集』の食の歌の位置”. 國學院雑誌 116 (1): 110-128. https://k-rain.repo.nii.ac.jp/record/52/files/kokugakuinzasshi_116_01_011.pdf. 
  19. ^ 坂本信太郎 (1979). " “「延喜式」 から見た諸国の産物表”. 早稲田商学 281: 79–130. CRID 1050282677436616960. https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/11804/files/92328_281.pdf". 
  20. ^ 小野寺静子 (1982). “万葉集における藻の諸相: 人麻呂作を中心にして (五十嵐三郎教授追悼号)”. 札幌大学教養部女子短期大学部紀要 B 20: 71-77. https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=5080&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1. 
  21. ^ 小田勝 (2024年2月15日). “掛詞(2)”. 実例 詳解古典文法総覧 和歌・修辞篇. 2025年12月20日閲覧。
  22. ^ a b Oyster Thief”. Nova Scotia Invasive Species Council. 2025年12月22日閲覧。


関連項目

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  • ミルクイ(ミルガイ、ミルクイガイ) … バカガイ科の二枚貝であり、水管にミルが着生していることがあり、ミルを食べているように見えたことからこの名が付いたとされる。

外部リンク

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