ミュージックサイレン

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ミュージックサイレンは、日本楽器製造(現ヤマハ)が開発した音階機能を搭載したサイレン。

構造[編集]

  • 箱の中に2枚1組のディスクが初代機種では12組・2代目機種では16組納められ各ディスクに穴が空いていて内側の輪が高速で回転し、穴が重なった瞬間送り込まれた空気が通過して音が発生し各ディスクで音階を表現する[1]。音程の異なるサイレンを連動させることで設定した曲のメロディーを奏でる構造となっており、2代目機種では最大24音まで出すことが可能とされていた[2]

クラシック民謡などを奏で、戦後の人々の暮らしに溶け込んできた[要出典]。 ちょっと怖い起動音、パイプオルガンハーモニカのような綺麗な音色、この世の終わりを告げるような終了音が特徴[要出典]

開発までの経緯[編集]

日本楽器製造が立地する浜松市は戦時中、軍需物資の生産拠点だった。地方都市としては異例の27回も空襲を受け、空襲警報が毎晩のように鳴った。楽器製造を休止し、戦闘機のプロペラを製造していた工場も全焼。戦後に再開した工場では終業時などの時を告げる際、工場のサイレンは空襲警報を連想させるとして同社の川上嘉市会長が考案し、1950年に製造を開始[2]。楽器会社にふさわしい心を和らげる名曲を流すふれこみで[要出典]、これが「ミュージックサイレン」の始まりとなる。当時のパンフレットに記されたキャッチフレーズは「平和な国土に鳴りわたるなごやかなしらべ」である[要出典]

性能[編集]

近年は防災行政無線の屋外スピーカーから流れるデジタル音のミュージックチャイムが一般的だが、音質は全く違う。ミュージックサイレンは空気を振動させて音を響かせるため、伸ばしや最後の音に余韻が残る。近くでは体が震えるほどの大音量で、約4-5キロ先まで届くが、スピーカーにはそこまでの音圧はないという。振動した風に乗り、本来聞こえないはずの場所で聞こえることもあった。だが、最近では高層建築物が増えており、約2-3キロ先までと届く範囲が狭くなっている。また、岡山県庁舎周辺には、「岡山県庁通り」という幹線道路があったり、岡山県立図書館があるなど雑音が増えている。

製造[編集]

事業を受け継いだヤマハファインテックによると、ミュージックサイレンは最盛期、全国200カ所以上の役所や工場、学校などで鳴り響いた[要出典]。その後、時間を知る手段が増えたことや、近隣からの騒音問題も浮上し、徐々に減少している。

初代モデルは185台、2代目モデルは12台が販売された[2]

現在[編集]

2016年8月31日岡山県庁 ミュージックサイレン 午後5時「家路」
  • 1998年に製造を終了し、2011年にメンテナンス業務を終了[2]。既に制御基板などの一部部品が製造中止となっており、各所の機器の具合によってはすぐにも廃止せざるを得ない。後継機はなく、各所では、防災行政無線チャイム(デジタル機器)の導入も検討されている。2019年現在稼働しているのは5か所のみとなっている[2][3]
  • 岡山市の岡山県庁ではメーカー修理対応終了のため、一部鳴動を除き2016年8月31日午後5時の「家路」をもって終了した[4]
  • 製造元であるヤマハの本社では交換部品の入手困難と設置場所である4号館の解体に伴い2018年12月28日をもって鳴動を終了[2]
  • 愛媛県八幡浜市愛宕山公園に設置されたサイレンは、2017年7月に故障するも部品を特注して対応し2018年4月に再稼働した[5]

出典[編集]

  1. ^ 県庁舎ミュージックサイレンの写真と音源を掲載しています - 岡山県
  2. ^ a b c d e f ヤマハ本社の音楽サイレン、年内で“終演” 地元から惜しむ声 - 静岡新聞アットエス(2018年12月15日)
  3. ^ 静岡)ヤマハのミュージックサイレン、28日「終演」へ - 朝日新聞DIGITAL 2018年12月26日
  4. ^ 岡山県庁ミュージックサイレン消える 31日午後5時で60年の歴史に幕 - 産経ニュース2016年8月29日
  5. ^ 市民愛する音色復活 八幡浜の時報「ミュージックサイレン」9ヵ月ぶり 壊れた部品 特注し修理 - 愛媛新聞2018年4月12日朝刊8面