ミヒェル (仮装巡洋艦)

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ミヒェル(Michel)は、第二次世界大戦時のドイツの仮装巡洋艦の1隻。大西洋インド洋太平洋通商破壊を行い、撃沈されるまでに18隻127,018トンの船を沈めた。元はコペンハーゲンで建造中であったポーランドの貨物船Bielskoi。4,740総トン。武装は155mm砲6門、魚雷発射管6門等で、そのほかに魚雷艇を搭載していた。

1942年3月13日、ミヒェルは水雷艇ゼーアドラーファルケコンドルイルティスヤグアーや掃海艇、Rボートに護衛されてオランダから出撃した。ドーバー海峡通過中イギリスのMTB、次いで駆逐艦ウォルポールウィンザーブレンキャスラファミーカルプの攻撃を受けるが撃退、ミヒェルも軽微な損害を受け8名が戦死している。

4月19日、イギリスのタンカー「パテラ(Patella)」を、4月22日アメリカのタンカー「コネティカット(Connecticut)」を魚雷艇で撃沈する。5月1日イギリスの客船「メネレイアス(Menelaus)」を攻撃したが逃走された。5月20日ノルウェーの貨物船「カテガット(Kattegat)」を撃沈、6月2日機関の故障により航行不能となっていたアメリカのリバティ船「ジョージ・クライマー」(George Clymer)の発した救難信号を傍受する。6月6日先行させた魚雷艇が「ジョージ・クライマー」を雷撃した。しかし「ジョージ・クライマー」は沈まず、救援に現れたイギリスの武装商船「Alcantara」によって乗員の救助後放棄された。6月11日イギリスの貨物船「Lylepark」を、7月15日イギリスの客船「グロスター・カースル(Gloucester Castle)」を、7月16日アメリカのタンカー「ウィリアム・F・ハムフリー(William F. Humphrey)」を撃沈、ノルウェーのタンカー「Aramis」を魚雷艇で損傷させた。7月17日「Aramis」を、8月14日イギリスの貨物船「アラビスタン(Arabistan)」を、9月10日アメリカの貨物船「アメリカン・リーダー(American Leader)」を、9月11日イギリスの貨物船「エンパイア・ドーン(Empire Dawn)」を撃沈する。ミヒェルはインド洋に入り11月2日にイギリスの貨物船「レノルズ(Reynolds)」を、11月29日にアメリカの貨物船「Sawokla」を、12月8日にギリシャの貨物船「Eugenie Livanos」を撃沈し12月20日ドイツへの帰還命令を受けた。1943年1月2日南大西洋でイギリスの貨物船「エンパイア・マーチ(Empire March)」を撃沈した。ミヒェルはこの後、ドイツへの帰還は困難であることから日本へ向かうよう指示され3月2日神戸に入港した。

ミヒェルは5月1日に出撃し、インド洋へ向かった。6月14日ノルウェーの貨物船「Hoegh Silverdawn」を、6月16日ノルウェーのタンカー「Ferncastle」を撃沈する。のちに太平洋へ向かい9月10日イースター島近海でノルウェーのタンカー「India」を撃沈したが、日本に戻る途中の10月16日に父島沖でアメリカの潜水艦ターポン(USS Tarpon, SS-175)の雷撃により沈没、263名が戦死した。