ミッチ・ライブリー

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ミッチ・ライブリー
Mitch Lively
中信兄弟 #97
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ラッセン郡スーザンビル
生年月日 (1985-09-07) 1985年9月7日(33歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
250 lb =約113.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 ドラフト16巡目(全体492位)でコロラド・ロッキーズから指名
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ミッチェル・デイヴィッド・ライブリーMitchell David Lively, 1985年9月7日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ラッセン郡スーザンビル出身のプロ野球選手投手)。右投右打。現在はCPBL中信兄弟所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

ラッセン高等学校からカリフォルニア州立大学サクラメント校を経て、2007年のMLBドラフトコロラド・ロッキーズから16巡目(全体492位)で指名され、契約。

ロッキーズ傘下時代[編集]

2007年はルーキーリーグのグランドジャンクション・ロッキーズでプレーし、6試合に登板した。

独立リーグ時代[編集]

2008年は独立リーグ・ユナイテッドリーグ・ベースボールサンアンジェロ・コルツでプレー。

ジャイアンツ傘下時代[編集]

2008年のシーズン途中にサンフランシスコ・ジャイアンツと契約し、ルーキーリーグのアリゾナリーグ・ジャイアンツとA級のオーガスタ・グリーンジャケッツでプレーした。

2012年にはAAA級のサクラメント・リバーキャッツで47試合に登板し、8勝4敗、防御率2.99の好成績を残し、翌2013年も30試合の登板で7勝5敗の成績を残した。

ナショナルズ傘下時代[編集]

2014年7月にワシントン・ナショナルズへ移籍し、AAA級のシラキュース・チーフスで9試合で5勝2敗の成績だった。

2015年のシーズン途中には中継ぎへ転向し、18試合に登板した。

日本ハム時代[編集]

2015年6月18日日本プロ野球北海道日本ハムファイターズと契約した。16試合登板で防御率5.30という成績に終わったが、緊急登板で8失点した7月22日楽天戦を除けば防御率1.59というものであった。また、二死無走者の場面限定で見せる豪快に振りかぶる投球フォームが話題を呼んだ。11月2日に自由契約公示された[1]。オフはベネズエラウィンターリーグでプレー。

メキシカンリーグ時代[編集]

2016年4月1日にメキシカンリーグラグナ・カウボーイズと契約するが、12試合の登板に終わり28日に解雇となる。5月2日にレイノサ・ブロンコスと契約。

中信兄弟時代[編集]

2018年1月17日、CPBLの中信兄弟と契約。

詳細情報[編集]

記録[編集]

  • 初登板:2015年6月26日、対埼玉西武ライオンズ8回戦(西武プリンスドーム)、7回裏に3番手で救援登板、2回1失点
  • 初奪三振:同上、7回裏に浅村栄斗から空振り三振
  • 初ホールド:2015年9月12日、対埼玉西武ライオンズ23回戦(西武プリンスドーム)、5回裏2死に4番手で救援登板、1回2/3を無失点

背番号[編集]

  • 55 (2015年)
  • 57 (2016年)
  • 97 (2018年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 2015年度 自由契約選手”. 日本野球機構オフィシャルサイト (2015年11月2日). 2015年11月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]