ミス・インターナショナル

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ミス・インターナショナル
設立年 1960年
種類 ミス・コンテスト
本部 東京
位置
ウェブサイト miss-international.org
ミス・インターナショナル
受賞対象 未婚の女性
主催  一般社団法人国際文化協会
日本の旗 日本
授賞式会場 グランドプリンスホテル新高輪
初回 1960年
最新回 2015年
最新受賞者 エディマー・マーティンズ
公式サイト www.miss-international.org
テレビ放送
放送局 BS-TBS(2014)
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ミス・インターナショナル・コンテストMiss International、THE INTERNATIONAL BEAUTY PAGEANT)は、世界を代表するミス・コンテストミス・ワールドミス・ユニバースに次ぐ大きな大会である[1]

1960年、それまでロングビーチで開催されていたミス・ユニバースがマイアミビーチに開催地を移した後、“美を競う”だけでなく、女性による国際社会への貢献を目指そうとする世界のミスたちが集結し、「平和と美の親善大使」として集い、交流を深めることを目的としてロングビーチで開催されることとなった[1][2][3]。その後財政事情からロングビーチで開けなくなったコンテストは1968年から日本で開催されるようになった[4]。(ただし、1971年大会はアメリカ・ロングビーチで開催。)1970年日本万国博覧会開催を記念して大阪で行われた。そのため、“美のオリンピック”と呼ばれるようになった。1966年のみ中止されている。

国際文化協会[編集]

一般社団法人国際文化協会はミス・インターナショナルの主催者として、ミス・インターナショナル世界大会の開催、ミス・インターナショナル日本代表選出大会の開催を管轄している。

2012年まではミス・ワールド日本代表も管轄していたため、同協会が主催や後援をするイベントにおいては、ミス・インターナショナルや日本代表がミス・ワールドの日本代表と一緒に出席する場合もあった。

テレビ放送[編集]

世界大会が日本で開催されるようになってから、1984年まではフジテレビ系列で、1985年から2008年[5]まではテレビ東京系列で放送されていた(生放送は例外的であり、多くは録画放送であった)。初期は田宮二郎高島忠夫E・H・エリックが司会を務めたが、特に評価が高く長く続いた司会者は岡田眞澄であった。中国の成都市で開催された2009年大会はBS朝日[6]2011年大会はBS11[7]、いずれも翌年の1月に録画放送された。

2014年1月11日には地上波のTBS系列で、藤原紀香のリポートで2013年のミス達の素顔を伝える番組が放送され、翌日にはBS-TBSでも放送された[8]。TBSは2014年の世界大会も地上波で録画放送を行ったが[9]2015年はBSのみの放送となった[10]

応募資格[編集]

満17歳~24歳の、未婚女性(但し、海外各国での資格年齢が異なっている)

現在の表彰項目[編集]

  • ミス・フォトジェニック(2008年マカオ開催からステージに、そののち5年ぶりに記者発表後決定が復活し同年にはそののちにステージでも発表)
  • ミス・パーフェクトボディ(2014年~、「ミス・フォトジェニック」から改名)
  • ミス・ナショナルコスプレ(2006年中国大会のみ)
  • ミス・ベストランゲージ(2006年中国大会のみ)
  • ミス・フレンドシップ(2014年に廃止)
  • ミス・グッドウィル(2006年日本開催での民族衣装審査&2010年四川でファイナルステージ)
  • ミス・フォトジェニックチャイナ
  • ミス・ベストスタイル
  • ミス・ベストグリーン
  • メッセンジャーオブグッドウィル
  • メッセンジャーオブキャリング
  • メッセンジャーオブインテリジェンス
  • ミス・ベストティーチャー
  • ミス・ベストメイクアップ
  • ミス・ベストラグジュワリー(以上中国北京のみ10種目)
  • ミス・ナチュラル・ビューティー(2008年マカオ開催のみその他一部3部門もステージで)
  • ミス・インターネット(2009年のみ「ミス・インターネット・ビューティー」及び「ミス・モバイル・ビューティー」、2014年に廃止)
  • ミス・ガーデン(2010年のみ)
  • ミス・アクティブ(2010年・11年)
  • ミス・エクスプレッシヴ(2010年のみ)
  • ミス・スティチュー(2011年)
  • ミス・エレガンス(2010年、2011年)
  • ミス・スタイル(2011年のみ)
  • ミス・パンダエンジェル(2011年のみ)
  • ミス・エクスプレス(2011年のみ)
  • ミス・タレント(2011・12年)
  • ミス・ジョイセフ(2012年のみ)
  • ミス・ベストドレッサー(2014年から)
  • 五大陸賞(2015年から「ミス・インターナショナルアジア」、「ミス・インターナショナルヨーロッパ」、「ミス・インターナショナルアメリカ」、「ミス・インターナショナルアフリカ」、「ミス・インターナショナルオセアニア」)
  • ミス・WEBジェニック(日本代表選考会のみ、2014年度のみ一時期休止、2016年度に廃止)

ここまでは特別賞

※ここからは最終選考後となる。2009年ステージで選考前、2010年には水着審査、ドレス審査以後にも特別賞が発表される。

  • ミス・インターナショナル・グランプリ
  • ミス・インターナショナル・第2位
  • ミス・インターナショナル・第3位
  • ミス・インターナショナル・第4位(1975年&2012年沖縄、2008年マカオ、2011年四川開催など)
  • ミス・インターナショナル・第5位(同上)

歴代優勝者[編集]

ミス・インターナショナル 会場
1960 Maria Stella Márquez Zawadzky コロンビアの旗 コロンビア アメリカ・ロングビーチ
1961 Stam van Baer オランダの旗 オランダ
1962 Tania Verstak オーストラリアの旗 オーストラリア
1963 Guðrún Bjarnadóttir アイスランドの旗 アイスランド
1964 Gemma Teresa Guerrero Cruz フィリピンの旗 フィリピン
1965 Ingrid Finger ドイツの旗 ドイツ
1967 Mirta Teresita Massa アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1968 Maria da Gloria Carvalho ブラジルの旗 ブラジル 日本武道館
1969 Valerie Susan Holmes イングランドの旗 イングランド 日本武道館
1970 Aurora McKenny Pijuan フィリピンの旗 フィリピン 大阪万博
1971 Jane Cheryl Hansen ニュージーランドの旗 ニュージーランド ロングビーチ
1972 Linda Hooks イングランドの旗 イングランド 日本武道館
1973 Tuula Anneli Björkling フィンランドの旗 フィンランド メルパルク大阪
1974 Karen Brucene Smith アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 日本武道館
1975 Ladija Vera Manic ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 沖縄海洋博
1976 Sophie Sonia Perin フランスの旗 フランス 帝国劇場
1977 Pilar Medina Canadell スペインの旗 スペイン 帝国劇場
1978 Katherine Patricia Ruth アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 メルパルク東京
1979 Mimilanie Laurel Marquez フィリピンの旗 フィリピン メルパルク東京
1980 Lorna Marlene Chavez コスタリカの旗 コスタリカ メルパルク東京
1981 Jenny Annette Derck オーストラリアの旗 オーストラリア ポートピア
1982 Christie Ellen Claridge アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 福岡サンパレス
1983 Gidget Sandoval コスタリカの旗 コスタリカ 大阪市フェスティバルホール
1984 Ilma Julieta Urrutia Chang グアテマラの旗 グアテマラ 神奈川県民ホール
1985 Alejandrina "Nina" Sicilia Hernandez ベネズエラの旗 ベネズエラ つくば科学博
1986 Helen Fairbrother イングランドの旗 イングランド 長崎オランダ村
1987 Laurie Tamara Simpson プエルトリコの旗 プエルトリコ 日本青年館
1988 Catherine Alexandra Gude ノルウェーの旗 ノルウェー 中部未来博
1989 Iris Klein ドイツの旗 ドイツ 金沢市観光会館
1990 Silvia de Esteban Niubo スペインの旗 スペイン 花博
1991 アグニスカ・コトラスカ ポーランドの旗 ポーランド 東京厚生年金会館
1992 カースティン・マリーズ・ダビソン オーストラリアの旗 オーストラリア ハウステンボス
1993 アグニスカ・パハウコ ポーランドの旗 ポーランド 日本青年館
1994 クリスティナ・レッカ ギリシャの旗 ギリシャ 三重県営サンアリーナ(開催した当時、この場所は当初世界祝祭博覧会(まつり博・三重'94)の主会場として使用)
1995 アンネ・レーナ・ハンセン ノルウェーの旗 ノルウェー 日本青年館
1996 フェルナンダ・アルベス ポルトガルの旗 ポルトガル 金沢市観光会館
1997 コンスエエロ・アドレール ベネズエラの旗 ベネズエラ 京都会館
1998 リア・ビクトリア・ボレロ パナマの旗 パナマ 東京厚生年金会館
1999 パウリナ・ガルベス コロンビアの旗 コロンビア ゆうぽうと
2000 ビビアン・イネス・ウルダネタ・リンコン ベネズエラの旗 ベネズエラ 東京厚生年金会館
2001 マルゴーサタ・ ロズニエッカ ポーランドの旗 ポーランド 中野サンプラザ
2002 クリスティナ・サワヤ レバノンの旗 レバノン センチュリーハイアット
2003 ゴイセデル・アスーア ベネズエラの旗 ベネズエラ 都ホテル東京
2004 ヘイミー・パオラ・バルガス コロンビアの旗 コロンビア 中国北京工人体育館
2005 プレシャス・ララ・キガマン フィリピンの旗 フィリピン 東京厚生年金会館
2006 ダニエラ・ディ・ジャコモ ベネズエラの旗 ベネズエラ 中国北京展覧館
2007 プリシラ・ペラレス メキシコの旗 メキシコ ザ・プリンスパークタワー
2008 アレハンドラ・アンドレウ スペインの旗 スペイン ザ・ベネチアン・マカオ
2009 アナガブリエラ・エスピノサ メキシコの旗 メキシコ 中国成都市・四川国際テニスセンター
2010 エリザベス・モスケラ ベネズエラの旗 ベネズエラ 中国・成都市・四川省体育館
2011 マリア・フェルナンダ・コルネホ エクアドルの旗 エクアドル 中国・成都市・四川国際テニスセンター
2012 吉松育美 日本の旗 日本 沖縄県立武道館
2013 ベア・ローズ・サンチャゴ フィリピンの旗 フィリピン 品川プリンスホテル
2014 バレリー・エルナンデス プエルトリコの旗 プエルトリコ グランドプリンスホテル新高輪・飛天
2015 エディマー・マーティンズ[11] ベネズエラの旗 ベネズエラ グランドプリンスホテル新高輪・飛天
2016 10月27日決定 TOKYO DOME CITY HALL

近年のミス・インターナショナル[編集]

優勝者出身国[編集]

2015年現在

優勝回数
7 ベネズエラ
5 フィリピン
3 コロンビアオーストラリアイングランドアメリカ合衆国スペインポーランド
2 ドイツコスタリカノルウェーメキシコプエルトリコ
1 オランダアイスランドアルゼンチンブラジルニュージーランドフィンランドユーゴスラビアフランスグアテマラギリシャポルトガルパナマレバノンエクアドル日本

歴代の日本代表[編集]

1962年昭和37年)まではミス・ユニバースミス・ワールドの日本代表と共に選出されていた。 1963年昭和38年)以後は「世界のビューティ・コングレス」(後に国際文化協会と改称)が主催している。

  • 1960年(昭和35年) - 高木美智子 TOP15入り
  • 1961年(昭和36年) - 京藤敦子
  • 1962年(昭和37年) - 牧かほる TOP15入り
  • 1963年(昭和38年) - 清水静子
  • 1964年(昭和39年) - 松井尚子 TOP15入り
  • 1965年(昭和40年) - 福島宏子
  • 1966年(昭和41年) - 佐々木裕子 世界大会中止。以後、日本代表は翌年の世界大会に参加。以下は世界大会の年次を示す。
  • 1967年(昭和42年) - 佐々木裕子 TOP15入り ミス・フォトジェニック
  • 1968年(昭和43年) - 砂見葉子 TOP15入り
  • 1969年(昭和44年) - 桶本明美 TOP15入り
  • 1970年(昭和45年) - 須田敏恵 4位入賞
  • 1971年(昭和46年) - 米山礼子 TOP15入り
  • 1972年(昭和47年) - 為久優子 TOP15入り
  • 1973年(昭和48年) - 矢板美季 TOP15入り
  • 1974年(昭和49年) - 茂川秀子 TOP15入り(賀小美(樹れい子)は辞退)[12]
  • 1975年(昭和50年) - 熊谷澄子 TOP15入り
  • 1976年(昭和51年) - 中村久美江 5位入賞
  • 1977年(昭和52年) - 小島三恵子
  • 1978年(昭和53年) - 田口淳子
  • 1979年(昭和54年) - 羽場秀子 5位入賞
  • 1980年(昭和55年) - 蒲原まゆみ TOP10入り ミス・フレンドシップ
  • 1981年(昭和56年) - 森脇美香 TOP15入り
  • 1982年(昭和57年) - 堤由起子[13]
  • 1983年(昭和58年) - 藤田明美 TOP15入り
  • 1984年(昭和59年) - 上野順子 TOP15入り
  • 1985年(昭和60年) - 松本万貴子 TOP15入り
  • 1986年(昭和61年) - 小林利花 TOP15入り ミス・フレンドシップ
  • 1987年(昭和62年) - 盛田弥生 TOP15入り
  • 1988年(昭和63年) - 江上有希 TOP15入り
  • 1989年(平成元年) - 小倉玉江 準ミス・崎久保春美は同年(1988年)ミス・ワールド日本代表・崎久保和美の双子の姉[14]
  • 1990年(平成02年) - 大西啓子 TOP15入り
  • 1991年(平成03年) - 高田美穂 TOP15入り
  • 1992年(平成04年) - 錦知子 ミス・フレンドシップ(山口恵美は辞退)[15]
  • 1993年(平成05年) - 柴崎雅代 TOP15入り
  • 1994年(平成06年) - 花村ともみ TOP15入り
  • 1995年(平成07年) - 近藤由夏 TOP15入り ミス・フレンドシップ
  • 1996年(平成08年) - 菅野安希子 TOP15入り
  • 1997年(平成09年) - 関さゆり TOP15入り ミス・フォトジェニック
  • 1998年(平成10年) - 平恵 TOP15入り
  • 1999年(平成11年) - 小野田加奈 TOP15入り

日本代表の成績は、2002年平成14年)に3位入賞した漆島華が最高位だったが、2012年吉松育美がグランプリを受賞し、日本勢初のグランプリになった。

2002年度日本代表大会に加えここからは特別賞として2001年度「ミスWEBジェニック」を新設(初代は漆島華)。

2011年度を最後に、ミス・ワールド単体での日本代表決定コンクールは廃止され、2012年度は凖ミス・インターナショナル入賞者を3人に変更したうえで、その中から1人をミス・ワールドの日本代表に選出する方式が採用されたが、2013年度は派遣を廃止された(のちに別法人が日本代表の選出・派遣を行うことになり、日本代表の派遣は結果的に継続されることが決まる。この経緯は当該項目の詳述参照)。

  • 2000年(平成12年) - 柴田加奈子
    • TOP15入り
  • 2001年(平成13年) - 鈴木華子
    • TOP15入り
  • 2002年(平成14年) - 漆島華
    • 3位入賞
    • 女優で同年準ミスの鳳恵弥(受賞時は田邉恵弥)は現在ミス・インターナショナル日本代表候補の指導者も務める
  • 2003年(平成15年) - 松見早枝子
    • TOP12入り ミス・フレンドシップ受賞
  • 2004年(平成16年) - 川原多美子
    • TOP15入り
  • 2005年(平成17年) - 石坂直美
    • TOP12入り
  • 2006年(平成18年) - 櫻井麻美
    • TOP12入り
  • 2007年(平成19年) - 白田久子
    • TOP15入り ミス・フォトジェニック受賞

脚注[編集]

  1. ^ a b MOFA examines beauty contest’s ‘belittling”. 英文中國郵報 (2008年10月21日). 2011年4月16日閲覧。
  2. ^ MOST BEAUTIFUL? 6th Place 'Winner' Low-Rates Miami”. The Miami News (1960年8月13日). 2011年4月16日閲覧。
  3. ^ "May settle dispute over beauty pageant"”. Lewiston Evening Journal (1959年8月22日). 2011年4月16日閲覧。
  4. ^ Pageant Shifted”. AP通信 (1968年4月23日). 2011年4月16日閲覧。
  5. ^ 毎日新聞』2008年12月30日テレビ欄
  6. ^ 朝日新聞』2010年1月2日テレビ欄
  7. ^ 『朝日新聞』2012年1月7日テレビ欄
  8. ^ 毎日新聞』「密着!ミス・インターナショナルの美と素顔に藤原紀香が迫る!」2014年1月11日テレビ欄
  9. ^ 『毎日新聞』2014年11月24日テレビ欄
  10. ^ 『毎日新聞』2015年12月6日テレビ欄
  11. ^ a b 「ミス・インターナショナル」頂点にベネズエラ代表 日本代表・中川愛理沙さんも入賞”. ORICON STYLE (2015年11月5日). 2015年11月6日閲覧。
  12. ^ 日本の美女交代 帰化手続き遅れ 小牧の賀さん辞退『中日新聞』1973年10月29日28面
  13. ^ にっこり美女2人 日本代表の座射留める『中日新聞』1981年9月5日22面
  14. ^ 双子で!ミスと準ミス?美女日本代表選考の2大会『読売新聞』1988年7月17日26面
  15. ^ 売名行為 ミスインターナショナルの裏側 山口恵美著 1992年データハウス刊 ISBN978-4887181335
  16. ^ “ミス・インターナショナル日本代表に岩手出身の21歳学生読モ・山形純菜さん”. ORICON STYLE (株式会社oricon ME). (2015年11月3日). http://www.oricon.co.jp/news/2061711/full/ 2015年11月17日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]