ミスマガジン

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ミスマガジン
Miss Magazine
受賞対象 グラビアアイドル
日本の旗 日本
授与者 講談社ミスマガジン選考事務局
週刊ヤングマガジン編集部内)
初回 1982年(昭和57年)
最新回 2011年(平成23年)
最新受賞者 衛藤美彩(グランプリ)
公式サイト http://www.miss-magazine.com/

ミスマガジンMiss Magazine)は、日本漫画雑誌週刊ヤングマガジン』『週刊少年マガジン』(講談社)で行われる、読者投稿形式のグラビアミス・コンテストである。

1982年(昭和57年)から『少年マガジン』内で毎年1回行われ、数年間の中断を経た後、1996年(平成8年)に『ヤングマガジン』誌上で復活、2001年(平成13年)以降は両誌編集部の共催によって行われている。

歴史[編集]

1982年に講談社が発行する『週刊少年マガジン』のグラビアオーディション企画として写真家・野村誠一の全面協力を経て創設。第1回目のグランプリは伊藤麻衣子が受賞した。その後、年1回の開催が恒例化。その間に、斉藤由貴八木さおり吉田真里子細川ふみえと次々と有名アイドル女優歌手を輩出した。

9年間続いた後、一時中断したが、1996年に、主催を青年漫画誌の『週刊ヤングマガジン』に移し「ミスヤングマガジン」として復活。グランプリ1名と準グランプリ数名という選出方式に変更される。なお第1回ミスヤングマガジンのグランプリ受賞者は2名であった。(この間の)主な受賞者として、山田まりや浅田好未パイレーツ)、山川恵里佳杏さゆり、そして後に『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)14期MVPとなり、放送作家に転身した塩村文夏などが受賞した。

2001年以降は『週刊少年マガジン』・『週刊ヤングマガジン』両誌共催のミスコンテストに拡大。これに伴い、名称も「ミスマガジン」に戻し、受賞者もグランプリ、ミス少年マガジン、ミスヤングマガジン、審査員特別賞、読者特別賞と主要5部門で1人ずつ選出するようになった。同年からはTBS(東京放送、現・東京放送ホールディングス)も後援企業としてこのミスコンイベントに参加している。2002年以降は前年12月に募集開始、3月下旬(または4月上旬)にエントリー者を発表、5月下旬(または6月上旬)のファイナリスト発表を経て7月上旬にグランプリ及び各賞が発表され、都内でお披露目イベントが行われるのが恒例となっていた。

2003年以降から、グランプリ受賞者はTBSテレビ音楽番組開運音楽堂』(土曜早朝放送、関東ローカル)のアシスタントMCとしてレギュラー出演が与えられ、この番組でTV初レギュラーをまず一年間経験するパターンが定番化している。また、ミスマガジン2003メンバーで2004年8月に、BMGファンハウス(現:ソニー・ミュージックレーベルズ アリオラジャパンレーベル)からCD「ユウキ」(「バーチャファイター サイバージェネレーション」主題歌)も発売された。

2005年は、審査員としてプロデューサーのつんく♂が加わり、主要5部門の他に「つんく♂賞」が設けられ、時東ぁみが受賞(このためファイナリストの数は例年より1名多い6名だった)している。つんく♂は2006年以降も審査員としてセミファイナルで全出場者に対するコメントを発表していたが、その後はつんく♂賞該当者なしの状態が続き、2008年度を最後に撤退している。

「フットサル」「GyaO賞」は、ファイナルに残れなかった応募者の中から選出されていた。近年では野口綾子七海れんといったコンテスト未出場者がフットサル賞に選出されるケースが続いていた。しかしフットサルチームは2011年3月をもって活動休止となり、GyaO賞も2009年以降設定されていない。

2007年5月より放送の資生堂「uno」CM(デオドラント用品)に、主要歴代受賞者が出演していた[1]。また2009年には、2006年度グランプリの倉科カナが、2001年以降のミスマガジン受賞者としては初となるNHK連続テレビ小説のヒロインに選出された[2]

ミスマガ発足から30年を経た2012年、講談社が新しいアイドルオーディション企画として『ミスiD[3]を立ちあげたことで、今後の動向が注目されていたが、同年7月7日放送の開運音楽堂でミスマガジン自体の休止が発表された[4]

歴代受賞者[編集]

ミスマガジン(少年マガジン主催)[編集]

回数 年度 グランプリ 準グランプリ その他
第1回 1982年 伊藤麻衣子 森尾由美は、コンテスト外で選ばれたマガジンメイト
第2回 1983年 加藤香子 石川京子 白石さおり
第3回 1984年 斉藤由貴 田中美奈子
第4回 1985年 八木さおり 南野陽子は、コンテスト外で選ばれたマガジンメイト
第5回 1986年 遠藤晶 松本亜紀
第6回 1987年 仲地さより 審査員特別賞:吉田真里子
第7回 1988年 山内小百合 さとう珠緒 審査員特別賞:日原麻貴
第8回 1989年 江崎まり 中村通代
第9回 1990年 細川ふみえ 秋山久美

ミスヤングマガジン[編集]

第1回(1996年)[編集]

第2回(1997年)[編集]

第3回(1998年)[編集]

第4回(1999年)[編集]

第5回(2000年)[編集]

  • グランプリ・川村亜紀
  • 準グランプリ(2位)・山田愛子
  • 準グランプリ(3位)・姫嶋菜穂子
  • 準グランプリ(4位)・杏さゆり
  • 準グランプリ(5位)・島田秋奈

※投票制で上位5人を選出。

ミスマガジン(少年マガジン・ヤングマガジン共催)[編集]

ミスマガジン2001[編集]

※2月にセミファイナル16人を発表し、3月31日にワイルドブルーヨコハマ(現在は閉鎖)で決戦大会を開催。

ミスマガジン2002[編集]

ミスマガジン2003[編集]

東京都豊島区東池袋にあるサンシャインシティアルパ(写真は首都高速側の正面出入口)。2003年から2009年まで同施設にある噴水広場でミスマガジンのお披露目イベントが行われていた。

※この年からサンシャイン噴水広場でお披露目イベントを開催。

ミスマガジン2004[編集]

※この年を最後にオフィシャル映像作品のビデオカセット発売が打ち切られ、以降DVDのみの発売となっている(但しBlu-ray Discの発売は現時点で行われていない)。

ミスマガジン2005[編集]

※つんく♂が審査員として初参加。この年から高校ラグビーとのタイアップも開始。中村がイメージキャラクターとなった。平成生まれがグランプリを受賞した最初の年でもある。

ミスマガジン2006[編集]

ミスマガジン2007[編集]

※この年から「Gyao賞」が制定され、落選者の中から小林が選ばれた。また、この年のみ日本テレビとのコラボ企画を実施し、日テレジェニックとの交流を深めた。

ミスマガジン2008[編集]

ミスマガジン2009[編集]

ミスマガジン2010[編集]

※この年はそれまでのサンシャインシティに代わり赤坂サカスでお披露目イベントを開催。同年7月25日にグランプリ他各賞が発表された。

ミスマガジン2011[編集]

ミスマガジン2011のお披露目イベントが行われた東京ジョイポリス

※この年は募集開始が例年より2ヵ月遅く、エントリー者発表も5月中旬と遅かったが、グランプリ発表は例年通り7月上旬[8]を維持した。なお、お披露目イベントは東京ジョイポリスで開催されている。ちなみに衛藤は受賞後、同年結成のアイドルグループ『乃木坂46』に加入している。


※ミスマガジン2011と東日本大震災の被災3県との関係

フットサルチーム[編集]

芸能人女子フットサルチーム「ミスマガジン」は2005年6月に結成され、スフィアリーグに参加していた。2005年10月の「第2回すかいらーくグループCUP〜炎のサバイバルトーナメント〜」では準優勝に輝いている(この時の優勝はGatas Brilhantes H.P.)。チームユニフォームはピンクでゴレイロ(GK)はイエロー。

監督はJリーグ浦和レッズベガルタ仙台でプレーをした福永泰。コーチはジェフユナイテッド市原(当時)でプレーした碓氷幸一と、フットサル日本女子代表のゴレイロでFリーグバルドラール浦安の女子チーム「ラス・ボニータス」に所属する本多さかえが務めた。

6年間続いたフットサルチームであったが、2011年5月8日に開催された「サポーター感謝の会」をもって活動休止となった。

メンバー[編集]

2010年時点

退団[編集]

公式戦戦績[編集]

  • 2005年7月「すかいらーくグループCUP」:予選グループA 3位 予選敗退
  • 2005年8月「すかいらーくグループ冒険王リーグ」:予選グループB 3位 予選敗退
  • 2005年10月「第2回すかいらーくグループCUP」:準優勝
  • 2005年12月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ1stステージ」:5位
  • 2006年2月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ2ndステージ」:3位
  • 2006年4月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ3rdステージ」:3位
  • 2006年5月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ4thステージ」:5位
  • 2006年7月「スフィアリーグ 第1回グッドウィルカップ」:グループB 0勝2敗 予選敗退
  • 2006年8月22日「すかいらーくグループリーグ in お台場冒険王“真夏の女王”決定戦」(グループD) - 1勝2敗 予選敗退
  • 2006年10月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ5thステージ」:リザーブ落ち
  • 2007年5月4日「すかいらーくグループCUP」予選グループA 予選敗退
  • 2007年7月21日「すかいらーくグループCUP in ザ・冒険王2007」グループB 0勝1敗3分 予選敗退
  • 2007年8月5日「すかいらーくグループCUP in ザ・冒険王2007」グループC 1勝3敗 予選敗退
  • 2008年6月15日「2008メルシートゥフェスタ2ndステージ」:予選敗退
  • 2008年8月1日「冒険王リーグFINAL」グループA 2勝2敗 予選敗退
  • 2008年8月18日「冒険王リーグFINAL」グループE 1勝1敗2分 予選敗退
  • 2008年8月25日「冒険王リーグFINAL」グループH 2勝1敗1分 決勝大会進出
  • 2008年8月26日「冒険王リーグFINAL」決勝大会 1回戦敗退
  • 2008年9月7日「2008メルシートゥフェスタ3rdステージ」:準優勝
  • 2008年12月7日「2008メルシートゥフェスタFinalステージ」:予選敗退
  • 2009年3月15日「2009メルシートゥフェスタ in MARCH」:予選敗退

セゾンカップ[編集]

公式戦ではないが、2006年5月5日、6日にかけて日比谷公園で開催された「FOOTBALL FESTA2006 女子フットサル・セゾンカップ」でミスマガジンが優勝した。この優勝カップと記念集合写真は、講談社一階の受付前に展示されている。

その試合結果の詳細は以下の通り(ミスマガジン、carezza南葛YJシューターズによる2回戦総当たり制)。

  • 初日(5月5日)
    • ミスマガジン 1-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣
    • carezza 1-0 南葛YJシューターズ
    • ミスマガジン 1-1 carezza
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣、carezza・小島くるみ
  • 2日目(5月6日)
    • carezza 2-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : carezza・小島くるみ、carezza・長谷川桃
    • ミスマガジン 2-1 carezza
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣×2、carezza・長谷川桃
    • ミスマガジン 3-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : オウンゴール、ミスマガジン・西田美歩、ミスマガジン・溝口麻衣
  • 総合結果
    • 優勝・ミスマガジン 3勝1分0敗 得点7 失点2 得失点差+5
    • 準優勝・carezza 2勝1分1敗 得点5 失点3 得失点差+2
    • 3位・南葛YJシューターズ 0勝0分4敗 得点0 失点7 得失点差-7
  • 得点ランキング
    • ミスマガジン・溝口麻衣 5点
    • carezza・小島くるみ 3点
    • carezza・長谷川桃 2点
    • ミスマガジン・西田美歩 1点

補足[編集]

  • 森尾由美南野陽子はミスマガジン出身と思われがちだが、これは誤解である(当然ながら、受賞歴もない)。実際は、ミスマガジンの流れをくんだグラビア専門誌『DELUXEマガジン』でのグラビアとしての活動が大きく取り上げられ、その高い人気からミスマガジンと同格に扱われるようになった、という誤った刷り込みがあったからとされている。

脚注[編集]

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  1. ^ 2002…和希沙也・安田美沙子、2003…岩佐真悠子・瀬戸早妃、2004…山崎真実、2005…加藤理恵、2006…倉科カナ
  2. ^ 旧ミスマガ時代を含めると、斉藤由貴以来となる
  3. ^ ミスiD公式サイト
  4. ^ 2012年のミスマガジンについて - ミスマガジン事務局ブログ(2012年7月7日)
  5. ^ 準グランプリだった谷川は後に「桃樹明日香」と改名し、タレント活動を続けていた。なお、引退時期は不明。
  6. ^ 恋のから騒ぎ13期生
  7. ^ 小阪は歴代で一番背が高い(168cm)グランプリである。
  8. ^ この年は7月4日にヤングマガジンが発売された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]