ミシェル・ドブレ
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| ミシェル・ドブレ Michel Debré | |
| 任期 | 1959年1月8日 – 1962年4月14日 |
|---|---|
| 元首 | シャルル・ド・ゴール大統領 |
| 出生 | 1912年1月15日 パリ |
| 死去 | 1996年8月2日(84歳没) パリ |
| 政党 | 共和国民主連合(UDR) |
ミシェル・ドブレ(Michel Debré、1912年1月15日 – 1996年8月2日)は、フランスの政治家。シャルル・ド・ゴール大統領の下で、1959年から1962年まで第五共和政における最初の首相を務めた。
1912年医師ロベール・ドブレ Robert Debréの子としてパリに生まれる。父ロベールは当初ユダヤ教徒であるとされたが、結婚を機にカトリックに改宗したといわれる。名門のパリ政治学院、パリ大学を卒業。
第二次世界大戦中は、ド・ゴールの同僚として活躍した。戦後、ド・ゴール派に参加し、1958年司法相、1959年首相、1966年経済財政相(蔵相)、アンボワーズ市長(1989年まで)、1968年外相を歴任した。また、ドゴール辞任後、ジョルジュ・ポンピドゥ大統領の下で国防相を務めた。
また、ドブレは第五共和政の基礎確立に努め、憲法評議会議長として憲法(1958年憲法と呼ばれる)制定に尽力した。
家庭的にはドブレはヴァンサン、フランソワ、ベルナール、ジャン・ルイの四人の男の子に恵まれた。系譜については、Debré familyも参照。
1981年フランス大統領選挙に立候補したが、第1回投票では1.66パーセントしか得票できず惨敗した。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ピエール・メスメル |
1969 - 1973 |
次代: Robert Galley |
| 先代: モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル |
第12代:1968 - 1969 |
次代: モーリス・シューマン |
| 先代: ヴァレリー・ジスカール・デスタン |
1966 - 1968 |
次代: モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル |
| 先代: シャルル・ド・ゴール (第四共和政) |
第五共和政初代:1959 - 1962 |
次代: ジョルジュ・ポンピドゥ |
| 先代: André Boulloche |
(暫定)1959 - 1960 |
次代: Louis Joxe |
| 先代: Robert Lecourt |
1958 - 1959 |
次代: Edmond Michelet |
| 先代: Vincent Badie |
(暫定)1958 |
次代: Edmond Michelet |
| 先代: Pierre Garet |
祖国・戦争被害担当大臣 (暫定)1958 |
次代: - |
| 前任: ルイ・ド・ブロイ |
アカデミー・フランセーズ 席次1 第17代:1988年 - 1996年 |
後任: フランソワ・フュレ |
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