マールテン・ステケレンブルフ

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マールテン・ステケレンブルフ Football pictogram.svg
Stekelenburg Audi quattro-Cup 44.JPG
サウサンプトン時代のステケレンブルフ (2015年)
名前
ラテン文字 Maarten STEKELENBURG
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 (1982-09-22) 1982年9月22日(35歳)
出身地 ハールレム
身長 197cm
体重 92kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 エヴァートンFC
ポジション GK
背番号 22
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2011 オランダの旗 アヤックス 191 (0)
2011-2013 イタリアの旗 ローマ 48 (0)
2013-2016 イングランドの旗 フラム 19 (0)
2014-2015 モナコの旗 モナコ (loan) 1 (0)
2015-2016 イングランドの旗 サウサンプトン (loan) 17 (0)
2016- イングランドの旗 エヴァートン 19 (0)
代表歴2
2002-2003 オランダの旗 オランダ U-21 4 (0)
2004- オランダの旗 オランダ 58 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年5月27日現在。
2. 2016年11月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マールテン・ステケレンブルフMaarten Stekelenburg, 1982年9月22日 - )はオランダ北ホラント州ハールレム出身のサッカー選手。プレミアリーグエヴァートンFC所属。オランダ代表。ポジションはゴールキーパー

経歴[編集]

アヤックスの下部組織出身で、2002年8月18日ユトレヒト戦でエールディヴィジデビューを飾った。その後はボグダン・ロボンツから定位置を奪い、後衛に欠くことの出来ないゴール前のディフェンスリーダーであったが、故障や不安定なプレーぶりから2008-09シーズン途中には一時ケネト・フェルメールにレギュラーを奪われた。

2004年9月3日リヒテンシュタイン戦でオランダ代表デビューを果たし、3-0で完封した。マルコ・ファン・バステン監督によって2006 FIFAワールドカップ出場メンバーに招集されたが、出場機会はなかった。UEFA EURO 2008にも招集されたが、エトヴィン・ファン・デル・サールが正GKを務めたためやはり出場機会はなかった。2008年9月6日オーストラリア戦では、44分の味方のミスパスを拾ったFWジョシュア・ケネディとの接触がファールとみなされ、レッドカードで一発退場となった。オランダ代表で退場処分を受けた初のゴールキーパーとなった。

ファン・デル・サールの代表引退後はベルト・ファン・マルワイク監督によって正GKに選ばれた。2010年5月27日2010 FIFAワールドカップ本大会に出場するメンバーに選ばれた[1]。グループリーグからスペインとの決勝戦までの全7試合にフル出場し、たびたびファインプレーを見せてチームの32年ぶりの決勝進出に貢献した。準決勝のウルグアイ戦で臀部をいためたが[2]、スペイン戦にも出場し、序盤のDFセルヒオ・ラモスのヘディングシュートのセーブや、MFセスク・ファブレガスとの1対1の局面で好セーブを見せるなど[3]、敗れはしたものの、90分で決着をつけさせなかった。

2011年8月2日エミリアーノ・ヴィヴィアーノの獲得に失敗したイタリアASローマに4年契約・632万5000ユーロ+ボーナスで移籍[4]。背番号は息子の誕生日である24を選択した[5]。これによって、アヤックス時代にレギュラーを争ったロボンツと再び同僚となった。

9月17日インテル・ミラノとの一戦でルシオと接触。その際にルシオに顔を蹴られてしまい、一時意識を失って病院に運ばれた[6]

初年度は正GKとしてプレーしていたがルイス・エンリケ監督が退任し、ズデネク・ゼーマンが14年ぶりに監督に復帰するとマウロ・ゴイコエチェアが優先的に起用されるようになり、ベンチを温める試合が増えた。

2013年6月5日プレミアリーグフラムFCに4年契約で移籍した[7]サンダーランドAFCとの開幕戦でデビューしたが、肩を痛めて途中交代し早々の離脱、その後も負傷を繰り返し、チームも降格となった。

2014年8月9日ASモナコへ1年間のレンタル移籍が決定した[8]。しかし、ダニエル・スバシッチから定位置を奪えず、退団したセルヒオ・ロメロと同様控えにとどまった。

2015年6月22日サウサンプトンFCへ1年間の期限付き移籍[9]

2016年7月1日エヴァートンFCに3年契約で移籍した[10]。2016年10月15日のマンチェスターC戦では、アグエロ、デブライネの2本のPKを止めた[11]。2016年12月19日のリヴァプール戦ではFWロベルト・フィルミーノとの一対一を止めるなど好セーブを見せていたものの、後半13分に味方のDFレイトン・ベインズとの接触によって負傷し、交代を余儀なくされてしまう[12]

評価[編集]

2010 FIFAワールドカップではブラジル戦でカカのミドルシュートをセービングするなどファインプレーを連発し、評価は上昇している。足下の技術が高く、194cmの長身を生かしたハイボールの処理も万全と言える。身長が高く、足下のプレーが上手いことからオランダ史上最高の守護神と評されるエドウィン・ファン・デル・サールと比較されることが多く「ファン・デル・サール2世」の異名をとる。

人物[編集]

彼の片耳には聴覚障害がある[13]

2017年にアヤックスからエヴァートンFCに移籍してきたMFディヴィ・クラーセンはチーム唯一のオランダ人であった同胞の彼に「様々なことで助けられた」などと述べた[14]

個人成績[編集]

クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
アヤックス 2002-03 9 0 0 0 3 0 1 0 13 0
2003-04 10 0 0 0 1 0 0 0 11 0
2004-05 11 0 1 0 4 0 1 0 17 0
2005-06 27 0 4 0 6 0 4 0 41 0
2006-07 32 0 4 0 9 0 5 0 50 0
2007-08 31 0 1 0 4 0 5 0 41 0
2008-09 12 0 1 0 2 0 0 0 15 0
2009-10 33 0 7 0 10 0 0 0 50 0
2010-11 26 0 4 0 13 0 1 0 43 0
通算 191 0 22 0 52 0 17 0 282 0
ローマ 2011-12 29 0 2 0 2 0 33 0
2012-13 19 0 3 0 0 0 21 0
通算 48 0 5 0 - 2 0 - 55 0
フラム 2013-14 19 0 1 0 1 0 0 0 21 0
通算 19 0 1 0 1 0 0 0 - 21 0
モナコ (loan) 2014-15 1 0 4 0 3 0 0 0 8 0
サウサンプトン (loan) 2015-16 17 0 1 0 3 0 4 0 - 25 0
エヴァートン 2016-17 19 0 0 0 2 0 0 0 - 21 0
通算 19 0 0 0 2 0 0 0 - 21 0
総通算 295 0 33 0 9 0 58 0 17 0 412 0

試合数[編集]

2016年11月13日現在
代表国 出場 得点
2004  オランダ 1 0
2005 0 0
2006 2 0
2007 7 0
2008 5 0
2009 9 0
2010 15 0
2011 5 0
2012 10 0
2016 4 0
通算 58 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

アヤックス・アムステルダム[編集]

脚注[編集]