マーニ・ニクソン

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Marni Nixon 09.JPG

マーニ・ニクソン(Marni Nixon, 1930年2月22日 - 2016年7月24日)は、アメリカ合衆国の歌手。数々の著名なミュージカル映画において、女優の歌唱シーンの吹き替えを担当していた「最強のゴーストシンガー」として知られる。ハリウッドトーキーに移行して以降のミュージカル全盛期(1950年代~60年代)を、その歌声で支えたことから「ハリウッドの声」「ハリウッドを救った陰の立役者」などとも言われる。

人物[編集]

マーニ・ニクソンの名や容姿を知る者は少ないが、その歌声は映画ファンまたはミュージカルファンであれば、一度はどこかで聞いているはずである。それはニクソンが、『王様と私』でデボラ・カーを、『ウエスト・サイト物語』でナタリー・ウッドを、『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンの歌をすべて吹き替えているからである。映画で誰もが耳にしている「Tonight」や「Shall We Dance?」を歌っているのが、実は彼女である。

略歴[編集]

音楽一家に育ち、その歌唱力と美声は子供の頃から知る人ぞ知るものであった。元々は女優志望だったがオーディションに全て落ち、何でもいいから映画にかかわる仕事がしたいとMGMで働き始める。

最強の「ゴーストシンガー」として[編集]

MGM社内にも彼女の歌唱力を知る者があり、1949年にマーガレット・オブライエンの歌の吹き替えに抜擢。少女スターであるオブライエンの幼い歌声を真似て歌い、表に出ない「ゴーストシンガー」としてここでデビューした。

1949年に『王様と私』でデボラ・カーの歌う曲を全て吹き替えることなり、ここでカーとの間で親交を深めることとなる。しかし映画会社の「スターのイメージを保つため」の戦略として、ニクソンの名はエンドクレジットに載ることはなかった。そのうえ「吹き替えたことをバラしたら二度と仕事ができないようにする」とスタジオに脅されたため、恐れたニクソンは自身の吹き替えを公表しない契約書にサインをするほかなかった。こうして「ゴーストシンガー」としての活躍が始まる。

1961年の『ウエスト・サイド物語』は、当初はナタリー・ウッド自身が歌う予定であり歌の収録も行ったが(音源が残っている)「より完璧な映画にしたい」という会社の判断により、ニクソンの歌声に吹き替えられた。ウッドは自身の歌に自信を持っていたため、実際に映画を見て吹き替えられているのを知り、失望で席を立ったという。

1964年には『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンの吹き替えを担当したが、こちらも当初はヘプバーン自身が歌う予定であり収録も行ったが(音源が残っている)、ニクソンの歌声のほうがより美しいという判断により吹き替えが決まった。しかしニクソンの歌を聴いたヘプバーンは納得し、撮影中は常にニクソンに協力的であったという。

その女優の特有の発音や声色まで似せて歌うニクソンは「最強のゴーストシンガー」としてハリウッドの業界関係者の間では有名であったが、吹き替えはトップシークレットであったため、長年にわたり彼女の存在を世の人が知ることはなかった。


本人として[編集]

しかしデボラ・カーが、自身の吹き替えをニクソンが行ったとインタビューで暴露したことから、彼女の存在が初めて浮かび上がることとなった。

その後はミュージカル映画斜陽となったこともあり、彼女のゴーストシンガーとしての仕事は終わった。

1965年の『サウンド・オブ・ミュージック』では、ファンの声がスタジオを動かし、ニクソンは初めて修道女役の一人にキャステイングされて、晴れて銀幕でその歌声を本人の姿とともに披露することになった。

この『サウンド・オブ・ミュージック』の撮影現場で、ニクソンに初めて会った主演のジュリー・アンドリュースは、ニクソンが彼女に遠慮してやりにくくなるようなことがないよう気遣い、自らニクソンのもとに歩み寄り、力強い握手をしながら、「いつも素晴らしいお仕事をしていらっしゃいますね」と親しく話しかけている。『マイ・フェア・レディ』でニクソンが吹き替えたイライザ役のナンバーは、アンドリュースがブロードウェイのオリジナルキャストととしてそのスタイルを確立したものだった。しかも映画化にあたっては、ワーナーブラザーズはハリウッドでは無名のアンドリュースに替えて、オードリー・ヘプバーンを主役に起用している。かわりにアンドリュースはディズニーの『メリー・ポピンズ』(1964) に主演して翌年のアカデミー主演女優賞を受賞、一方『マイ・フェア・レディ』に主演したヘプバーンは吹替えが祟って同年のアカデミー賞ではノミネートもされないという、複雑な経緯があったからだ。

ところがニクソンは、アンドリュースとは実は以前にも競演していた。『メリー・ポピンズ』のナンバーのひとつ「楽しい休日 (Jolly Holiday)」で、アニメ化されたガチョウ数羽の歌声を担当したもの彼女だったのである。

ニクソンはまさに「ハリウッドの声」であった。

2016年にWOWOWのオリジナルドキュメンタリー番組「ノンフィクションW」枠にて、「ハリウッドを救った歌声  ~史上最強のゴーストシンガーと呼ばれた女~」としてその生涯が日本にも紹介された。 この記事の項目は、この番組におけるニクソン本人のインタビューを参考にしたものである。

2016年7月24日、ニューヨークマンハッタンで逝去。86歳没[1]

代表作[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]