マーク・スピッツ

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マーク・スピッツ、2008年
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
男子 競泳
オリンピック
1968 4×100mリレー
1968 4×200mリレー
1972 100m自由形
1972 200m自由形
1972 100mバタフライ
1972 200mバタフライ
1972 4×100mリレー
1972 4×200mリレー
1972 4×100mメドレーリレー
1968 100mバタフライ
1968 100m自由形

マーク・アンドリュー・スピッツ(Mark Andrew Spitz, 1950年2月10日 - )は、アメリカ競泳選手。

スピッツは1972年ミュンヘンオリンピックにおいて以下の7種目で金メダルを獲得し[1]、かつ全ての種目で当時の世界新記録をマークした。オリンピック1大会の金メダル獲得数はマイケル・フェルプスに破られたものの、世界記録樹立数は並んでいる。

スピッツが生涯獲得した金メダル数9個は同じ競泳のマイケル・フェルプスに2008年の北京オリンピックで抜かれるまでは最多タイで、現在は体操のラリサ・ラチニナ、陸上のパーヴォ・ヌルミ、陸上のカール・ルイス、陸上のウサイン・ボルトと並ぶ2位タイ記録である。1968年のメキシコオリンピックの前にすでにいくつもの世界記録を持っていたスピッツは、大胆にもオリンピックで6つの金メダルを取ると宣言した。しかし、スピッツが取れた金メダルは結局2つのリレーだけで、メドレーリレーでは代表となることはできず、100mバタフライでは銀メダル、100m自由形では銅メダルに終わった。スピッツはこの失敗をバネに6つの金メダル獲得のため努力し、結果的には7個の金メダルを次のミュンヘン五輪で取ることになった。

2012年4月、スピッツは他の元オリンピックアメリカ代表選手とともに、サムスン電子フェイスブックに無許可で個人情報を掲載されたと訴えを起こした[2]

2016年8月、リオデジャネイロオリンピックに、ジョン・ケリー国務長官を団長、ホワイトハウス当局者や国務省幹部等で構成する米政府代表団に加わって、開会式に派遣された。

脚注[編集]

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  1. ^ 競泳の最多金メダル保持者スピッツ氏、「誰も北京に招待してくれない”. 日刊スポーツ (2008年8月14日). 2014-10-15 」閲覧。 ※記事が書かれた時はスピッツが最多金メダルだった
  2. ^ スピッツ氏ら米五輪選手がサムスン電子提訴”. スポーツニッポン (2012年4月27日). 2012年5月1日閲覧。

外部リンク[編集]