マンチェスター・ユナイテッドFC

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マンチェスター・ユナイテッドFC
原語表記 Manchester United Football Club
愛称 The Red Devils, The Reds
クラブカラー    
創設年 1878年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム Old Trafford inside 20060726 1.jpgオールド・トラッフォード
収容人数 75,653
代表者 アメリカ合衆国の旗 アヴラム・グレーザー英語版
監督 ノルウェーの旗 オーレ・グンナー・スールシャール
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・ユナイテッド・フットボール・クラブ英語: Manchester United Football Clubイギリス英語発音: [ˈmænʧistə juːˈnaitid ˈfutˌbɔːl klʌb])は、イングランドマンチェスターをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。世界有数の経済規模を有するクラブであり、2017年度の収入規模は世界第1位である[1]。クラブカラーは。愛称は赤い悪魔(レッド・デビルズ、The Red Devils)。

概要[編集]

1967-68シーズン、サー・マット・バスビー監督の指揮の下で、イングランドのクラブとして初めてUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)のトロフィーを獲得したクラブであり、その後、1998-99シーズン、2007-08シーズンと通算3回の優勝を経験した。また近年では、1985-86シーズンから2012-13シーズンまでクラブを率いたサー・アレックス・ファーガソン監督の下で、13回のプレミアリーグ優勝と2回のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を含む20以上の主要なタイトルを獲得し、長きにわたってイングランドのフットボールをリードしてきた。現在、イングランドのトップリーグで歴代最多となる20回の優勝を経験している[2]

2017年にアメリカの経済誌『フォーブス』が発表したクラブの資産価値では、同クラブの資産価値は36億9000万ドルと算定され、世界のサッカークラブの中で5年ぶりに第1位となった[3]。2015-16シーズンのクラブ収入は6億8900万ユーロと算定されており、12年ぶりに第1位である[4]

クラブの一般的な略称は複数存在するが、「ユナイテッド(United)」の他、英語圏ではニューカッスル・ユナイテッドなどチーム名に「ユナイテッド」が含まれる他のクラブと区別するため、マンチェスターをマンと略し「マン・ユナイテッド(Man United, Man Utd)」などと呼称・表記される。また、主に英語圏のサポーターコミュニティにおいては、チームカラーである赤色にちなんで「レッズ(Reds, The Reds)」とも呼称される。その他、各国の新聞・雑誌のスポーツ報道やニューヨーク証券取引所ティッカーシンボルなどでは「マンユー(マンU[5][6][7],Man U[8][9][10][11][12][13][14][15][16][17],ManU[18][19][20],MANU[21])」と呼称される場合もある。

同じ市内にあるマンチェスター・シティとの「マンチェスター・ダービー」は、マージーサイド・ダービーノース・ロンドン・ダービーと並ぶリーグの三大ダービーのひとつに数えられ、世界でも有名なダービーマッチの一つである。また、伝統的にライバル関係にあるとされるリヴァプールとの試合は、「ノースウェスト・ダービー(あるいはイングランド・ダービー、ナショナル・ダービー)」と呼ばれ、世界中に数多く存在する伝統の一戦の一つに数えられている。両者の間ではこれまで数多くの白熱した試合が繰り広げられてきた。

伝統的に背番号7は特別な番号として扱われており、「栄光の7番」と言われている。ジョージ・ベストスティーヴ・コッペルブライアン・ロブソンエリック・カントナデビッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドマイケル・オーウェンなど、人気や実力においてその時代のチームを代表する選手がこの番号を付けてプレーしてきた。

経済的優良クラブの典型とされてきたが、アメリカ・NFLタンパベイ・バッカニアーズのオーナーであるマルコム・グレーザーによって買収され、物議を醸している。グレーザーによるクラブ支配に反対するサポーターの一部は、クラブの負債が3億2,000万ポンドに達していることを懸念し、新クラブFCユナイテッド・オブ・マンチェスターを結成した。

ホームスタジアムはマンチェスターオールド・トラッフォード(収容人数75,653)。1974-75シーズンを例外として、1938年からこれまで一貫してイングランドのトップリーグに属している。

歴史[編集]

マンチェスター・ユナイテッドは現在でこそイングランドを代表する名門として認識され、世界中に多数のサポーターを抱えるクラブとなっているが、その歴史自体は長いイングランドのフットボールの歴史と比較するとさほど古いものではない。また近年の成功とは対照的に、このクラブは数々の苦難を経験してきた。

創立[編集]

1892-93シーズンのニュートン・ヒース(Newton Heath FC)

1878年、マンチェスターの鉄道員が中心となって、ニュートン・ヒース・ランカシャー&ヨークシャー・レイルウェイズFC(Newton Heath LYR FC)として創立された。初めの数年はほとんど公式試合はせず、チーム内のメンバー同士で試合を行う以外は専ら他の鉄道会社のチームと非公式に対戦していた。1882年から1883年の間に26試合の親善試合をした記録が残っている。翌年(1884年)、地元のカップ戦であるランカシャーカップに出場するも、1回戦で昨年のFAカップ覇者のブラックバーン・オリンピックのリザーブチームに7-2で敗戦した。1885年にプロサッカークラブへと転向し、1892年にニュートン・ヒース(Newton Heath FC)と名称を変更し運営を行った。しかし、当時のオーナーの方針で観客から入場料を取らなかったことやグラウンド移転費用が嵩んだことなどの事情が影響し、1902年に一旦破産している。その後、地元マンチェスターの醸造業主のジョン・ヘンリー・デイヴィスが500ポンドをクラブに投資してオーナーに就任し、クラブ再建に着手した。1902年にチーム名が変更され、マンチェスター・ユナイテッドとなったが、名称変更前の2日間だけはマンチェスター・セルティック (Manchester Celtic)という名称であった。

2日間だけではあるが、セルティックと名乗ったことでこのクラブがローマ・カトリック系であると思われることが多いが、ローマ・カトリック教会とは全くの無縁である。

草創期に2度のリーグ優勝後、1910年代から1950年頃までは低迷。第二次世界大戦時には空襲でオールド・トラッフォードが被災し、戦後も資金不足から修復できず、マンチェスター・シティの当時の本拠地メイン・ロードを拝借するといった有様だった。

マット・バスビー時代の二度の栄光[編集]

マット・バスビー

1950年代に入り、マット・バスビーを監督としてチームの大改革が行われ、クラブは見事に復活を遂げたように見えた。しかし、その矢先にミュンヘンの悲劇で主力の多数を失う。これによりイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のクラブチームとして初のヨーロッパでの栄光はスコットランドセルティックに譲ることになってしまった。1960年代後半は、ボビー・チャールトンデニス・ロージョージ・ベストらを擁して栄光を勝ち獲ってきたが、1970年代に入ると世代交代に失敗。1974年には(1シーズンだけではあるが)2部落ちの憂き目にも遭っている。ちなみに、マット・バスビーは当時からチームの愛称となっていたレッド・デビルスという名をクラブの商標や、エンブレムに使用した先駆者でもある。

アレックス・ファーガソン時代の栄光[編集]

アレックス・ファーガソン

長い低迷期を終わらせたのは、スコットランド人監督、アレックス・ファーガソンである。1986年に就任した彼は若手の育成と、暴れ馬と呼ばれた選手たちの融合に見事成功。現在に至る常勝軍団の系譜をスタートさせた。

プレミアリーグの優勝回数は13回で、最多優勝クラブ。旧フットボールリーグ・ファーストディビジョン時代を通じても、優勝20回は歴代1位。その他に、FAカップで11回、カーリングカップで2回、UEFAチャンピオンズリーグで3回、UEFAカップウィナーズカップで1回のタイトルを勝ち取っている。

中でも1998-99シーズンはクラブにとって特筆すべきシーズンである。ファーガソン監督の下、ユース時代から育て上げられたデビッド・ベッカムガリー・ネヴィルポール・スコールズライアン・ギグスら、いわゆる「ファーギーズ・フレッジリングス(ファーガソンの雛鳥)」と呼ばれた選手達を中心に、UEFAチャンピオンズリーグ決勝でバイエルン・ミュンヘンを劇的な逆転で下しヨーロッパ覇者となった(カンプ・ノウの奇跡)。さらにこのシーズンはリーグ優勝とFAカップ優勝を合わせたトレブル(3冠)を達成。ヨーロッパのサッカーシーンに「赤い悪魔」の名を轟かせた。このカンプ・ノウの奇跡の試合と、FAカップでライアン・ギクスが見せたハーフライン付近からのドリブルしてのゴールは今でもサポーターの中で語り継がれている。

ヨーロッパのフットボール史において、他にUEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップ)、国内リーグ、国内カップを制し、3冠を成し遂げたのは、1966-67シーズンのセルティック、1971-72シーズンのアヤックス、1987-88シーズンのPSV、2008-09シーズンと2014-2015シーズンのバルセロナ、2009-2010シーズンのインテル、2012-2013シーズンのバイエルン・ミュンヘンのみである。

1995年にはイプスウィッチ・タウン戦でリーグレコードの9-0の大差で勝利。また1999-2000シーズン、2000-2001シーズン共にリーグ優勝し、1998-1999シーズンを含めてクラブ初のリーグ3連覇を達成した。

このようにプレミアシップ発足後も高い実力と人気を兼ね備え、1990年代のユナイテッドはアーセナルとともに2強と呼ばれた。2002-03シーズン以降はアーセナル(2003-04シーズンに無敗優勝)、チェルシー(2004-05、2005-06シーズンに2連覇)からの王座奪還を目標とした。2005年10月29日、ミドルスブラ戦でクリスティアーノ・ロナウドがマンチェスター・ユナイテッドとしてのイングランド・プレミアリーグの通算1,000ゴール目を記録。これはプレミア最速記録でもある。

クラブは2006-07シーズンにこれまでリーグ2連覇をしていたチェルシーとの激闘を制し、2002-03シーズン以来4年ぶりとなるリーグ優勝を果たした。翌2007-08シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ決勝で同じくチェルシーとのサドンデスPK戦を制し、9年ぶり3回目のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を成し遂げた。2007-2008シーズン、2008-2009シーズン共にリーグ優勝し、クラブ2度目となるリーグ3連覇を達成。その後もコンスタントにタイトルを獲得し続けたアレックス・ファーガソンは、2012-2013シーズンのクラブ20回目となるリーグ優勝を置き土産に、27年間監督を務めた監督を勇退した[22]

ファーガソンの最終年、2012-2013シーズンの基本フォーメーション

ファーガソン退任による迷走期への突入[編集]

2013年5月、ファーガソンの後任にエヴァートンを11年にわたり率いたファーガソンの同胞、デイヴィッド・モイーズが就任すると発表された[23]。夏の移籍市場でモイーズはエヴァートン時代の教え子であるマルアン・フェライニを獲得し、冬の移籍市場ではチェルシーからファン・マタを獲得した。しかしスウォンジー・シティに史上初めてホームで敗戦を喫したり、プレミアリーグ以前も含めて史上初となるマージーサイドの2強(エヴァートンとリヴァプール)に揃って連敗するといった記録的な敗戦も含めて成績が低迷し、1994-95シーズン以来となるUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃した。結果として2014年4月22日、1年も持たずにモイーズの同シーズン限りでの解任が発表され[24]、同シーズンの残り試合についてはライアン・ギグス(兼任コーチ)が暫定監督に就任すると発表された[25]。チームは7位で終了。25年ぶりにヨーロッパのカップ戦を逃すこととなった。

2014年5月18日、当時オランダ代表を率いていたルイ・ファン・ハールワールドカップ後に新監督に就任することが決定した[26]。暫定監督を務めたギグスは選手を引退し、アシスタントコーチへの就任が決定。クラブは夏の移籍市場において、選手の補強費用に約260億円もの大金を投じた。ワールドカップブラジル大会で準優勝に輝いたアルゼンチン代表のマルコス・ロホアンヘル・ディ・マリア、ファン・ハールのオランダ代表監督時代の教え子であるダレイ・ブリントほか、アスレティック・ビルバオからアンデル・エレーラサウサンプトンからルーク・ショー、移籍期限ギリギリにASモナコからラダメル・ファルカオを獲得した。リーグでは即戦力として期待されていたファルカオとディ・マリアが不調に陥ったものの、ルーニーやデ・ヘア、マタといった既存の戦力が機能し4位で終え、無冠ながら来季のUEFAチャンピオンズリーグプレーオフの出場権を獲得した。

2015-16シーズンはPSVから2014 FIFAワールドカップオランダ代表の3位入りに貢献したファン・ハールの教え子でもあるメンフィス・デパイを始めとし、モナコからアントニー・マルシャルバイエルン・ミュンヘンからバスティアン・シュヴァインシュタイガーサウサンプトンからモルガン・シュネデルランサンプドリアからセルヒオ・ロメロトリノからマッテオ・ダルミアンを獲得するなど、前年に続いての大型補強を行った。しかしチャンピオンズリーグにおいては、ヴォルフスブルクPSVCSKAモスクワと同席になったグループリーグで3位に終わりグループステージ敗退となったほか、その後進んだヨーロッパリーグでもプレミアリーグの長年のライバルであるリヴァプールに2戦合計1-3で敗れ、ベスト16で姿を消した。2016年5月21日のFAカップ決勝でクリスタル・パレスを延長戦で破って12大会ぶり12度目のFAカップ優勝を飾ったものの、その3日後に来季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃すなどの成績不振により、契約を1年残してファン・ハールの2年のみでの監督解任が発表された。

2016-17シーズンよりジョゼ・モウリーニョが新監督に就任。これまで2度チェルシーの監督を努め、3度のプレミアリーグ制覇を成し遂げた名将に名門マンチェスター・ユナイテッドの復活が期待された。夏の移籍市場ではズラタン・イブラヒモビッチヘンリク・ムヒタリアンエリック・バイリーや下部組織出身のポール・ポグバを獲得するなどの相変わらずの大型補強を実施し、リーグカップの決勝でサウサンプトンを下してモウリーニョ体制で初のタイトルを獲得した。リーグでは失点数がリーグ2位の29と堅守を披露し、クラブレコードとなるリーグ戦25試合連続無敗を記録したが、そのうち12試合で引き分けるなど勝ちきれない試合が続いて勝ち点が伸びず、最終的にヨーロッパのカップ戦出場圏外の6位に終わってしまう。しかしUEFAヨーロッパリーグでは決勝まで勝ち進み、決勝でアヤックスに2-0で勝利して同大会初優勝をあげ、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。クラブは、UEFAヨーロッパリーグの優勝によってユヴェントスアヤックスバイエルンチェルシーに次いでUEFA主催の主要3大会を制覇した5番目のクラブとなった[27]

モウリーニョ体制2年目である2017-18シーズン、センターフォワードにエヴァートンからロメル・ルカク、ボランチにチェルシーからネマニャ・マティッチ、センターバックにSLベンフィカからビクトル・リンデロフと、昨シーズン問題のあったポジションに即戦力を獲得する補強を展開。これが功を奏したのか、前半戦終了時点で14勝3分2敗の勝ち点45と歴代優勝クラブに匹敵する好成績を叩き出すが、それを上回る空前絶後のペースで勝ち点を積んだ宿敵マンチェスター・シティの後塵を拝し2位で折り返す。冬の移籍市場でムヒタリアンとのトレードでアレクシス・サンチェスを獲得し追撃態勢を整えるが、シティの独走は止まらず、4月7日のマンチェスター・ダービーに3-2で逆転勝利し目の前での優勝決定を阻止するのがやっとであり、結局25勝6分7敗で例年なら優勝もあり得た勝ち点81[注釈 1]で、シティに歴代最多勝ち点差での優勝を許す2位に終わった。UEFAチャンピオンズリーグもベスト16でセビージャ相手に2戦合計1-2で不覚を取ってしまい、満足のいかないシーズンとなった。マイケル・キャリックは当シーズンをもって引退した。

モウリーニョ体制3年目である2018-19シーズン、アカデミー生のGKサム・ジョンストンやファン・ハールの教え子ブリントらを放出した一方で、サイドバックにポルトからディオゴ・ダロト、ミッドフィールダーにシャフタール・ドネツクからフレッジ、控えGKにリー・グラントを獲得。ところが前半戦すべてを消化しない17試合の時点で昨季の28失点を上回り、特にリバプール&マンチェスター・シティ&トッテナム&チェルシー&アーセナルといった欧州カップ圏を争うBIG6間では3敗2分6得点13失点と後塵を喫することとなり、これを決定付けた12月16日のリバプール戦後をもってモウリーニョは解任となった[28]

ファーガソンの教え子の帰還[編集]

2018年12月19日、モウリーニョ解任後の暫定監督にOBのオーレ・グンナー・スールシャールが就任した[29]。しかし就任後のサポーターからの好感、そして好成績もあって2019年3月28日に3年契約で正式に監督就任を果たした[30]。ところが奇跡と言われたUEFAチャンピオンズリーグPSG[31]から後の公式戦でわずか2勝しかできず、最終節を待たずして来季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃すことになってしまった。もちろん全世界のファンが黙っているはずもなく、twitter上に「#UnfollowManUnited」というハッシュタグが登場した[32]。オーナーであるグレイザー一族やCEOであるエド・ウッドワードに対する抗議の意であるが、思惑通りTwitter公式アカウントのフォロワーが減るのと比例してニューヨーク証券取引所においても株価が下落している。

サポーター[編集]

世界屈指の人気・規模を誇るクラブであり、2012年に大手市場調査会社であるカンター社により、ファンの数が世界人口のおよそ11人に1人にあたる6億5,900万人との推定が発表された。フットボールに限らずすべてのスポーツクラブの中で世界一ファンの多いクラブである。

著名人のファンとして挙げられるのは、自身がチェアマンを務めるバンド “シンプリー・レッド” の名前の由来に「地毛が赤」と「マンチェスター・ユナイテッドが好きだから」を掲げるミック・ハックネルや、父親が元在籍選手だったイアン・マクシェーン、2012年と2014年のPGAツアー賞金王であるローリー・マキロイクリケット選手のマヘンドラ・シン・ドーニ、世界最高峰のプロレス団体WWEにて史上初のクルーザー級かつ覆面スーパースターとして当時の番組最高王座を獲得したレイ・ミステリオ、2009年に練習場を訪れたこともある100m走200m走の世界記録保持者ウサイン・ボルト、元選手のガリー・ネヴィルに「モウリーニョはまるで彼のようだ」と例えられたフロイド・メイウェザー[33]、そのメイウェザーと偉大なる戦いで対峙したマニー・パッキャオらである。

日本人でファンを公言しているのは女優の大杉亜依里、サッカー解説者の粕谷秀樹、サッカーライターの東本貢司ら。

ユニフォーム[編集]

1878年の創立時のユニフォームは白いシャツに青いパンツであり、その後は創立時のニュートン・ヒースLYRのチームカラーである緑色と黄色を基調としたものであった。1902年に名称が変更されてから赤が基調となった。

また、発足当初のユニフォームに付けられたエンブレムはマンチェスター市に由来する紋章であり、帆船が中心に描かれている。帆船は現在まで描かれているが、愛称の「赤い悪魔」に由来する悪魔が描かれるのは1970年代に入ってからである。

2001-2002シーズンは「マンチェスター・ユナイテッド」という名称になってから100周年ということで、アウェイでは白色と金色で構成されたユニフォームを着用した。

歴代ユニフォーム[編集]

1879–1880, 1896–1902
1880–1887
1887–1893
1893–1894
1894–1896
1902–1920, 1921–1922, 1927–1934, 1934–1960, 1971–現在[EN]
1920–1921, 1963–1971
1922–1927
1934
1960–1963
(1997–現在)[EU]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • FAカップ:12回
    • 1908-09, 1947-48, 1962-63, 1976-77, 1982-83, 1984-85, 1989-90, 1993-94, 1995-96, 1998-99, 2003-04, 2015-16

国際タイトル[編集]

親善大会(非公式大会)[編集]

現所属メンバー[編集]

2018-19シーズン 基本フォーメーション

Soccer Field Transparant.svg

2019年6月13日現在
No. Pos. 選手名
1 スペインの旗 GK ダビド・デ・ヘア
2 スウェーデンの旗 DF ビクトル・リンデロフ
3 コートジボワールの旗 DF エリック・バイリー
4 イングランドの旗 DF フィル・ジョーンズ
6 フランスの旗 MF ポール・ポグバ (Flag of Guinea.svg)
7 チリの旗 FW アレクシス・サンチェス
8 スペインの旗 MF フアン・マタ
9 ベルギーの旗 FW ロメル・ルカク (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
10 イングランドの旗 FW マーカス・ラッシュフォード (Flag of Saint Kitts and Nevis.svg)
11 フランスの旗 FW アントニー・マルシャル (Unofficial flag of Guadeloupe (local).svg)
12 イングランドの旗 DF クリス・スモーリング (Flag of Jamaica.svg)
13 イングランドの旗 GK リー・グラント
14 イングランドの旗 MF ジェシー・リンガード (Flag of Saint Vincent and the Grenadines.svg)
No. Pos. 選手名
15 ブラジルの旗 MF アンドレアス・ペレイラ (Flag of Belgium.svg)
16 アルゼンチンの旗 DF マルコス・ロホ
17 ブラジルの旗 MF フレッジ
18 イングランドの旗 DF アシュリー・ヤング (Flag of Jamaica.svg)
20 ポルトガルの旗 DF ディオゴ・ダロト
21 スペインの旗 MF アンデル・エレーラ
22 アルゼンチンの旗 GK セルヒオ・ロメロ (Flag of Italy.svg)
23 イングランドの旗 DF ルーク・ショー
25 エクアドルの旗 DF アントニオ・バレンシア ★ (Captain sports.svg)
31 セルビアの旗 MF ネマニャ・マティッチ (Flag of Slovakia.svg)
36 イタリアの旗 DF マッテオ・ダルミアン
39 スコットランドの旗 MF スコット・マクトミネイ (Flag of England.svg)
44 オランダの旗 MF タヒス・チョン (Flag of Curaçao.svg)
-- ウェールズの旗 FW ダニエル・ジェームズ (Flag of England.svg)

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
24 オランダの旗 DF ティム・フォス=メンサー (フラムFC)
34 イングランドの旗 GK ディーン・ヘンダーソン (シェフィールド・ユナイテッドFC)
35 イングランドの旗 DF デメトリ・ミッチェル (ハート・オブ・ミドロシアンFC)
38 イングランドの旗 DF アクセル・トゥアンゼベ (アストン・ヴィラFC)
40 ポルトガルの旗 GK ジョエル・ペレイラ (KVコルトレイク)
42 イングランドの旗 MF マティ・ウィロック (クローリー・タウンFC)
No. Pos. 選手名
48 スコットランドの旗 MF イーサン・ハミルトン (ロッチデール)
49 イングランドの旗 FW ジェームズ・ウィルソン (アバディーンFC)
-- イングランドの旗 DF キャメロン・ボースウィック=ジャクソン (スカンソープ)
-- ウェールズの旗 DF リーガン・プール (ニューポート・カウンティAFC)
-- イングランドの旗 MF カラム・ウィーラン (ポート・ヴェイルFC)
-- イングランドの旗 FW ザック・ディーンリー (オールダム・アスレティックAFC)

リザーブ・アカデミー[編集]

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間
アルフレッド・ハロルド・カサヤ イングランドの旗 イングランド 1892 - 1900
ジェームス・ウエスト イングランドの旗 イングランド 1900 - 1903
ジェームス・アーネスト・マングノール イングランドの旗 イングランド 1903 - 1912
ジョン・ベントレー イングランドの旗 イングランド 1912 - 1914
ジョン・ロブソン イングランドの旗 イングランド 1914 - 1921
ジョン・チャップマン イングランドの旗 イングランド 1921 - 1926
ラル・ヒルディッチ イングランドの旗 イングランド 1926 - 1927
ハーバート・バムレット イングランドの旗 イングランド 1927 - 1931
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1931 - 1932
スコット・ダンカン スコットランドの旗 スコットランド 1932 - 1937
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1937 - 1945
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1945 - 1969
ウィルフレッド・マクギネス イングランドの旗 イングランド 1969 - 1970
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1970 - 1971
フランク・オファレル アイルランドの旗 アイルランド 1971 - 1972
トミー・ドハーティー スコットランドの旗 スコットランド 1972 - 1977
デーブ・セクストン イングランドの旗 イングランド 1977 - 1981
ロン・アトキンソン イングランドの旗 イングランド 1981 - 1986
アレックス・ファーガソン スコットランドの旗 スコットランド 1986 - 2013
デイヴィッド・モイーズ スコットランドの旗 スコットランド 2013 - 2014
ライアン・ギグス(暫定) ウェールズの旗 ウェールズ 2014
ルイ・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2014 - 2016
ジョゼ・モウリーニョ ポルトガルの旗 ポルトガル 2016 - 2018
オーレ・グンナー・スールシャール  ノルウェー 2018-

歴代在籍選手[編集]

出場試合数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 試合数
1 ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014 963
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 758
3 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 718
4 イングランドの旗 ビル・フォルケス 1952-1970 688
5 イングランドの旗 ガリー・ネヴィル 1992-2011 602
6 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 559
7 イングランドの旗 アレックス・ステップニー 1966-1978 539
8 アイルランドの旗 トニー・ダン 1960-1973 535
9 アイルランドの旗 デニス・アーウィン 1990–2002 529
10 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 510

総得点数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 得点数
1 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 253
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 249
3 スコットランドの旗 デニス・ロー 1962-1973 237
4 イングランドの旗 ジャック・ローリー 1937–1955 211
5 イングランドの旗 デニス・ヴァイオレット 1952–1962 179
北アイルランドの旗 ジョージ・ベスト 1963–1974
7 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 168
ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014
9 ウェールズの旗 マーク・ヒューズ 1983–1986, 1988–1995 163
10 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 155

練習場[編集]

トラッフォード・トレーニング・センター英語版。2000年にザ・クリフ英語版から当地に移転。現在は、スポンサー名を冠しAon Training Complexが正式名称。また、単に施設所在地の地名からキャリントンとも呼ばれている。

スポンサー[編集]

年度 メーカー 胸 スポンサー
1945–1975 Umbro none
1975–1980 Admiral
1980–1982 Adidas
1982–1992 SHARP
1992–2000 Umbro
2000–2002 Vodafone
2002–2006 Nike
2006–2010 AIG
2010–2014 Aon
2014–2015 Chevrolet
2015- Adidas

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2000-01シーズン2010-11シーズンにおいて、ユナイテッドが勝ち点80で優勝したというシーズンもあったことから。

出典[編集]

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外部リンク[編集]

公式

(英語)