マルコ・ボリエッロ

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マルコ・ボリエッロ Football pictogram.svg
Marco Borriello.jpg
ジェノア時代のボリエッロ (2009年)
名前
ラテン文字 Marco Borriello
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1982-06-18) 1982年6月18日(34歳)
出身地 カンパニア州の旗 カンパニア州 ナポリ県
CoA Città di Napoli.svg ナポリ
身長 185cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 カリアリ・カルチョ
ポジション FW (CF)
背番号 22
利き足 左足
ユース
1996-1999 イタリアの旗 ミラン
1999-2001 イタリアの旗 トレヴィーゾ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002 イタリアの旗 トレヴィーゾ 27 (10)
2001 イタリアの旗 トリエスティーナ (loan) 9 (1)
2002-2007 イタリアの旗 ミラン 16 (1)
2003 イタリアの旗 エンポリ (loan) 12 (1)
2004-2005 イタリアの旗 レッジーナ (loan) 30 (2)
2005-2006 イタリアの旗 サンプドリア (loan) 11 (2)
2006 イタリアの旗 トレヴィーゾ (loan) 20 (5)
2007-2008 イタリアの旗 ジェノア 35 (19)
2008-2010 イタリアの旗 ミラン 37 (15)
2010-2015 イタリアの旗 ローマ 52 (12)
2012 イタリアの旗 ユヴェントス (loan) 13 (2)
2012-2013 イタリアの旗 ジェノア (loan) 28 (12)
2014 イングランドの旗 ウェストハム (loan) 2 (0)
2015 イタリアの旗 ジェノア 8 (0)
2015-2016 イタリアの旗 カルピ 12 (4)
2016 イタリアの旗 アタランタ 15 (4)
2016- イタリアの旗 カリアリ 2 (2)
代表歴
2001-2002 イタリアの旗 イタリア U-20 3 (1)
2002-2003  イタリア U-21 12 (6)
2008-2011 イタリアの旗 イタリア 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年8月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マルコ・ボリエッロMarco Borriello1982年6月18日 - )は、イタリアカンパニア州ナポリ出身のサッカー選手カリアリ・カルチョ所属。ポジションはFW。元イタリア代表

経歴[編集]

ACミランプリマヴェーラ出身。セリエBFCトレヴィーゾへレンタル移籍していた際に半年で10得点を挙げ2002年にミランへ復帰。プレシーズンマッチで得点を挙げ注目されたが、当時のチームにはアンドリー・シェフチェンコフィリッポ・インザーギヨン・ダール・トマソンリバウドなどの名選手がおり数多く在籍しており、出場機会を求めてエンポリFCに再びレンタル移籍。その後もレンタルでの生活が続き結果を出せずにいた。

2006年カルチョ・スキャンダルに揺れて補強のままならない状態だったミランが控えとして買い戻したが11月11日に行われたASローマ戦後のドーピング検査で陽性反応が出て、半年の出場停止処分を受けシーズンを棒に振った。恋人の擁護(陽性は避妊薬の可能性を訴えた)などもあったが、裁定は覆らなかった。

2007年に共同保有の形でジェノアCFCに移籍すると初めてセリエAでレギュラーを掴みゴールを量産した。2008年2月6日ポルトガル戦で代表初出場も果たすとEURO2008の代表メンバーにも選出された。

2007-08シーズンのジェノアで19ゴールの結果を残し、2008-09シーズンからミランに復帰することが決まった。しかし怪我に苦しみ出場機会に得られずにいた。2009-10シーズンは一転してシーズン中盤から好調を維持し再びゴールを量産した。最終的には14ゴールを挙げてアレシャンドレ・パトロナウジーニョらを抑えてチーム得点王となった。

2010年8月31日、レンタル移籍でASローマに加入した。クラウディオ・ラニエリ監督の下でゴールを量産したが、2011年2月22日にラニエリ監督が解任されてヴィンツェンツォ・モンテッラ監督に交代すると徐々に出場機会が減少した。しかし、34試合に出場して11得点の成績を収めた。活躍が認められて6月22日にローマに完全移籍。ローマ側が初めにレンタル料200万ユーロを払い、シーズン終了後に1000万ユーロを支払うことで権利を完全に買いとった。しかし、モンテッラ監督が退任し新たに就任したルイス・エンリケ監督の構想からは外れた。

2012年1月3日ユヴェントスFCに半年間のレンタル移籍が決定。レンタル料は50万ユーロで800万ユーロの買取オプションつき。しかし、チャンスで決めきれずに13試合で2得点と振るわず無敗優勝のチームにおいて、それに貢献できない格好となった。

シーズン終了後にローマに戻ったが、ズデネク・ゼーマン新監督の下でも構想外となり、8月31日に古巣ジェノアにレンタル移籍[1]。5季ぶりの古巣復帰となった。

2013-14シーズンでは新監督のリュディ・ガルシア監督の下で準レギュラーとして活躍し、開幕連勝記録を更新したキエーヴォ戦では決勝点を挙げた。

しかしマッティア・デストロが復帰して以降出番が減り、2014年1月25日、出場機会を求め同胞のアントニオ・ノチェリーノと共にプレミアリーグウェストハム・ユナイテッドFCにレンタル移籍した[2]

2015年2月2日ジェノアCFCに完全移籍した[3]

2015年9月1日、クラブ史上初のセリエA昇格を果たしたカルピFCと1年契約を結んだ[4]

2016年1月28日アタランタBCへシーズン終了までの契約で移籍[5]。同年8月5日カリアリ・カルチョへ自由移籍で加入した[6]

特徴[編集]

体を張ったポストプレーが特徴のハードワーカーで、チャンスメイクやディフェンスなどプレーバリエーションが豊富な万能型ストライカーである。また左足のボレーを得意とする[7]

所属クラブ[編集]

イタリアの旗 USトリエスティーナ 2001 (loan)
イタリアの旗 エンポリFC 2003 (loan)
イタリアの旗 レッジーナ・カルチョ 2004-2005 (loan)
イタリアの旗 UCサンプドリア 2005-2006 (loan)
イタリアの旗 FCトレヴィーゾ 2006 (loan)
イタリアの旗 ユヴェントスFC 2012 (loan)
イタリアの旗 ジェノアCFC 2012-2013 (loan)
イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッドFC 2014 (loan)

個人成績[編集]

シーズン クラブ リーグ イタリア杯 UEFACL・EL 期間通算
大会 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
2000-01 ミラン A 0 0 - - - - 0 0
2001 トリエスティーナ C2 9 1 - - - - 9 1
2001-02 トレヴィーゾ C1 27 10 - - - - 27 10
2002-03 ミラン A 3 0 2 1 1 0 6 1
2002 エンポリ 12 1 - - - - 12 1
2003-04 ミラン 4 0 6 0 1 0 11 0
2004-05 レッジーナ 30 2 - - - - 30 2
2005-06 サンプドリア 11 2 1 0 2 0 14 2
2006 トレヴィーゾ 20 5 - - - - 20 5
2006-07 ミラン 9 1 2 2 3 0 14 3
2007-08 ジェノア 35 19 2 0 - - 37 19
2008-09 ミラン 7 1 - - 1 1 8 2
2009-10 29 14 1 0 5 1 35 15
2010 1 0 0 0 0 0 1 0
2010-11 ローマ 34 11 4 2 8 4 46 17
2011-12 7 0 - - 1 0 8 0
2012 ユヴェントス 13 2 4 0 - - 17 2
2012-13 ジェノア 28 12 - - - - 28 12
2013-14 ウェストハム・ユナイテッドFC プレミアリーグ - - - - - - - -
合計 279 81 22 5 22 6 323 92

タイトル[編集]

イタリアの旗 ミラン
イタリアの旗 ユヴェントス

脚注[編集]

外部リンク[編集]