マルク・ガソル
| この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の姓)はガソル、第二姓(母方の姓)はサエスです。 |
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2013年のガソル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| メンフィス・グリズリーズ No.33 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ポジション | C | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 背番号 | 33 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 216cm (7 ft 1 in) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 120.2kg (265 lb) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ウィングスパン | 223cm (7 ft 4 in)[1] | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| シューズ | ナイキ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 本名 | Marc Gasol Sáez | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 愛称 |
"La Tanketa","Big Marc","McGasol", "Baby Jesus","Euro Thug" | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | Marc Gasol | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| カタルーニャ語 | Marc Gasol i Sáez | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 誕生日 | 1985年1月29日(33歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国 |
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| 出身地 |
カタルーニャ州バルセロナ県 サン・ボイ・ダ・リュブラガート | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 出身 | ローザン高校 (テネシー州) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ドラフト | 2007年 48位 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 選手経歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2004-2006 2006-2008 2008- |
CBジローナ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 受賞歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 代表歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| キャップ |
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マルク・ガソル(Marc Gasol)ことマルク・ガソル・サエス(Marc Gasol i Sáez、1985年1月29日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手。カタルーニャ州バルセロナ県のサン・ボイ・ダ・リュブラガート出身。NBAのメンフィス・グリズリーズ所属。ポジションはセンター。同じくNBAプレーヤーであるパウ・ガソルの実弟である[3]。
目次
家族・生い立ち[編集]
両親と兄と弟の5人家族。マルクは次男にあたる。
看護師の父親(Agustí Gasol/アグスティー・ガソル)と、医師の母親(Marisa Sáez/マリサ・サエス)の次男として生まれる。両親は共にスペイン国内プロリーグの下部組織でプレー経験のある元・バスケットボール選手。
4歳年上の長男(パウ・ガソル)も、同じくプロバスケットボール選手でスペイン代表。同じNBAの別チーム(サンアントニオ・スパーズ)に所属している。
そして、1994年には3男となるAdrià Gasol(アドリアー・ガソル)が誕生。3男はテネシー州メンフィスの高校を経て現在はUCLAに通っており、2人の兄と同じくプロバスケ選手への道を目指している。
スペイン時代[編集]
下部組織時代・アメリカ留学[編集]
兄のパウも所属した、生まれ故郷のサン・ボイ・ダ・リュブラガートのバスケチーム(Cantera Basquet Llor Sant Boi)に自らも入団し、バスケットボールを始める。その後、兄と全く同じように地元近くの名門FCバルセロナのユースチームにスカウトされ、入団。
2001年、兄のパウ・ガソルがNBAにドラフトされ、メンフィス・グリズリーズに入団すると、アメリカでの生活に不慣れなパウの為に家族皆で渡米。この際、マークはメンフィスにあるローザン高校に編入。そこのバスケットボール部で活躍する。
2003年に卒業すると、母国スペインに帰国。FCバルセロナのジュニアチームに復帰。
その後間もなくトップチームに昇格し、プロデビューを果たす。
プロデビュー[編集]
2003年に、兄と同じFCバルセロナでプロデビューすると、その後2年間同チームでプレー。
2006年、スペインA代表に選出され代表デビュー。この年日本で開催された世界選手権にスペインA代表として参加。兄(パウ・ガソル)とともに優勝に貢献した。そして次第にNBAのスカウトの目に留まるようになった。
2006-2007シーズンは、同じリーガACBに所属するCBジローナへレンタル移籍。シーズン終了後、2007年のNBAドラフトにエントリーすると、ロサンゼルス・レイカーズから、2巡目全体48位で指名されるが、所属チームとの契約が残っている為、このシーズン終了後のNBA入りは見送った。
2007年、北京オリンピックの大陸予選を兼ねた2年に1度のバスケの祭典ユーロバスケットが母国スペインで開催され、2006年に世界選手権を制覇した時と全く同じメンバー、監督でスペイン初の優勝を狙うが、決勝戦でキリレンコ率いるロシア代表に敗れ涙の銀メダル。
CBジローナでの2年目となった2007-08シーズンは獅子奮迅の活躍でリーガACBのシーズンMVPを獲得。
2008年、引き続きスペインA代表に兄(パウ・ガソル)と共に選出され、同年に行われた北京オリンピックに出場。決勝戦でアメリカ代表に敗れるものの見事銀メダル獲得。
その後、自らの保有権を持つメンフィス・グリズリーズ兄パウのトレードによりクワミ・ブラウン、ジャバリス・クリッテントン、アーロン・マッキー、ドラフト1巡目指名権×2等と交換でメンフィス・グリズリーズに交渉権が移り、3年972万ドルで契約し、入団。
NBA[編集]
メンフィス・グリズリーズ[編集]
NBAルーキーシーズンとなった2008-09シーズンは、82試合にフル出場し、平均11点、7.4リバウンドを記録。オールルーキー2ndチームに選出された。 2009-10シーズンからは、ザック・ランドルフが加入。NBA屈指のフロントラインが形成された。自身は13試合に欠場したものの、平均14.6点、9.3リバウンドと成績を伸ばし、チームも前シーズンの24勝58敗から40勝42敗と盛り返した。 2010-11シーズンは、ガソル自身の成績は落ちたものの、チームは46勝36敗の成績を残し、ウェスタンカンファレンス8位で2006年以来のプレーオフ進出を果たし、ファーストラウンドで第1シードのサンアントニオ・スパーズを4勝2敗で下すという快挙を成し遂げた。
2011年オフに制限付きFAとなったが、NBAがロックアウトに入ったために、FA交渉は先伸ばしになる。 そして、ロックアウトが解除された12月、ヒューストン・ロケッツが4年5800万ドルの巨額契約を提示し、ガソルはロケッツのオファーシートにサインしたが、すかさずメンフィス・グリズリーズが同額の契約を提示し、グリズリーズ残留が決まった。 迎えた2011-12シーズンは、自身初のNBAオールスターゲームに出場した。
2012-13シーズンは、オールNBA2ndチーム、オールディフェンシブ2ndチームに選出され、NBA最優秀守備選手賞も受賞するなど、自己最高のシーズンを送った。
2014-15シーズンは、オフに減量してシーズンに挑み、攻守両面で獅子奮迅の活躍を見せ、チームを牽引。当シーズンの活躍もあり、2015年NBAオールスターゲームのファン投票では、ウエスタンカンファレンスのフォワード部門で2位に入り、2012年以来のオールスターゲーム出場でスターターを務めることが決定。なお、パウ・ガソルもイースタンカンファレンスのフォワード部門で2位に入ったために、兄弟でオールスターゲームでスターターで出場し、パウと共に試合前に記念のティップオフを行った。そしてオフには5年1億1000万ドルという巨額契約で再契約した[4][5]。
大型契約を締結し迎えた2015-16シーズンは、12月1日のニューオーリンズ・ペリカンズ戦で、自己最多の38得点を記録した[6]。しかし、2016年2月9日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦で、右足を骨折。全治4~6ヶ月と診断され、残り全試合を欠場することになり[7]、同年のリオデジャネイロオリンピックも欠場を余儀無くされた。
2016-17シーズンは、前述の重傷も完治しグリズリーズを牽引。2017年1月25日のトロント・ラプターズ戦では、自己最高の42得点を記録した[8]。同シーズンは自身3度目のNBAオールスターゲームにも出場。4月22日のプレーオフ1stラウンドのサンアントニオ・スパーズ戦の第4戦では、延長第1クォーター残り数秒の場面で、決勝ジャンプシュートを決めた[9]。
2017-18シーズンは、2017年10月21日のゴールデンステート・ウォリアーズ戦で34得点14リバウンドを記録し、前シーズンチャンピオンチームからの勝利の原動力となった[10]。
プレースタイル[編集]
セブンフッターの兄のパウよりも身長でさらに3センチ上回り、がっしりとした体躯が対照的。その分機動力で劣るが、迫力十分のポストプレーはNBA屈指の力強さを誇り、さらにパスセンスにも優れている。 もともと賞をとるほどのディフェンダーであるが、14-15シーズンからオフェンスにおいても能力が高まってきている
個人成績[編集]
| 略称説明 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| GP | 出場試合数 | GS | 先発出場試合数 | MPG | 平均出場時間 |
| FG% | フィールドゴール成功率 | 3P% | スリーポイント成功率 | FT% | フリースロー成功率 |
| RPG | 平均リバウンド数 | APG | 平均アシスト数 | SPG | 平均スティール数 |
| BPG | 平均ブロック数 | TO | 平均ターンオーバー数 | PPG | 平均得点 |
| 太字 | キャリアハイ | リーグリーダー | 優勝シーズン | ||
レギュラーシーズン[編集]
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | TO | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008–09 | MEM | 82 | 75 | 30.7 | .530 | .000 | .733 | 7.4 | 1.7 | .8 | 1.1 | 2.0 | 11.9 |
| 2009–10 | 69 | 69 | 35.8 | .581 | .000 | .670 | 9.3 | 2.4 | 1.0 | 1.6 | 2.0 | 14.6 | |
| 2010–11 | 81 | 81 | 31.9 | .527 | .429 | .748 | 7.0 | 2.5 | .9 | 1.7 | 1.8 | 11.7 | |
| 2011–12 | 65 | 65 | 36.5 | .482 | .083 | .748 | 8.9 | 3.1 | 1.0 | 1.9 | 1.9 | 14.6 | |
| 2012–13 | 80 | 80 | 35.0 | .494 | .071 | .848 | 7.8 | 4.0 | 1.0 | 1.7 | 2.0 | 14.1 | |
| 2013–14 | 59 | 59 | 33.4 | .473 | .182 | .768 | 7.2 | 3.6 | 1.0 | 1.3 | 1.9 | 14.6 | |
| 2014–15 | 81 | 81 | 33.2 | .494 | .176 | .795 | 7.8 | 3.8 | .9 | 1.6 | 2.2 | 17.4 | |
| 2015–16 | 52 | 52 | 34.4 | .464 | .667 | .829 | 7.0 | 3.8 | 1.0 | 1.3 | 2.3 | 16.6 | |
| 2016–17 | 74 | 74 | 34.2 | .459 | .388 | .837 | 6.3 | 4.6 | .9 | 1.3 | 2.2 | 19.5 | |
| 2017–18 | 73 | 73 | 33.0 | .420 | .341 | .834 | 8.1 | 4.2 | .7 | 1.4 | 2.7 | 17.2 | |
| 通算:10年 | 716 | 709 | 33.7 | .487 | .344 | .779 | 7.7 | 3.3 | .9 | 1.5 | 2.1 | 15.2 | |
プレーオフ[編集]
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | TO | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | MEM | 13 | 13 | 39.9 | .511 | .000 | .699 | 11.2 | 2.2 | 1.1 | 2.2 | 2.0 | 15.0 |
| 2012 | 7 | 7 | 37.3 | .522 | .000 | .791 | 6.7 | 3.1 | .3 | 1.9 | 1.9 | 15.1 | |
| 2013 | 15 | 15 | 40.6 | .454 | --- | .800 | 8.5 | 3.2 | .9 | 2.2 | 1.2 | 17.2 | |
| 2014 | 7 | 7 | 42.7 | .405 | .000 | .794 | 7.7 | 4.4 | 1.7 | .9 | 1.7 | 17.3 | |
| 2015 | 11 | 11 | 37.8 | .394 | .000 | .852 | 10.3 | 4.5 | .9 | 1.7 | 1.5 | 19.7 | |
| 2017 | 6 | 6 | 40.0 | .470 | .583 | .939 | 6.5 | 4.2 | .3 | .7 | 2.5 | 19.3 | |
| 出場:6回 | 59 | 59 | 39.7 | .451 | .389 | .803 | 8.9 | 3.5 | .9 | 1.7 | 1.7 | 17.2 | |
脚注[編集]
- ^ “Pau Gasol vs. Marc Gasol: Tale of the Tape”. bleacherreport.com (2012年3月12日). 2017年閲覧。...
- ^ 2015年大会は、パウ・ガソルとNBA史上初の兄弟同時出場
- ^ “Right Name, Wrong Genes: The Top 50 Less Talented Relatives of Superstars”. bleacherreport.com (2010年9月7日). 2012年3月25日閲覧。
- ^ Marc Gasol agrees to five-year contract with Grizzlies
- ^ Marc Gasol, Grizzlies agree to 5-year max contract
- ^ Gasol's 38 points lead Grizzlies past Pelicans 113-104
- ^ Marc Gasol likely to miss 4-6 months of action
- ^ Marc Gasol scores career high 42 points vs. Toronto
- ^ マルク・ガソルの決勝ジャンパーでグリズリーズがスパーズとの延長戦を制す NBA JAPAN
- ^ Marc Gasol is a giant against the Warriors: 34 points and 14 rebounds
関連項目[編集]
- バスケットボール選手一覧
- パウ・ガソル(実兄)
外部リンク[編集]
- マルク・ガソルの通算成績と情報 NBA.com (英語)、NBA公式サイト、Basketball-Reference.com (英語)
- FIBA.com Profile
- Marc, the other Gasol
- Basketball club founded by Marc Gasol in Girona
- マルク・ガソル (@MarcGasol) - Twitter - フォロワー数100万人以上
- マルク・ガソル - Facebook
- マルク・ガソル (marcgasol) - Instagram - フォロワー数20万人以上
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