マルガレーテ・フォン・ホラント

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マルガレーテ・フォン・ホラント
Margarethe von Holland
神聖ローマ皇后
エノー・ホラント女伯
Marguerite II de Hainaut.png
出生 1311年
死去 1356年6月23日
配偶者 神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世
子女 マルガレーテ
アンナ
ルートヴィヒ
エリーザベト
ヴィルヘルム
アグネス
アルブレヒト
オットー
ベアトリクス
ルートヴィヒ
父親 エノー伯ギヨーム1世
母親 ジャンヌ・ド・ヴァロワ
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マルガレーテ・フォン・ホラントドイツ語:Margarethe (I.) von Holland1311年 - 1356年6月23日)は、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世の2番目の皇后。エノー女伯(マルグリット2世)、ホラント女伯(マルガレーテ1世)、ゼーラント女伯。エノー伯ギヨーム1世の長女。母ジャンヌはヴァロワ伯シャルルヴァロワ家の祖)の娘で、フランスフィリップ6世の妹。イングランドスティーブンの子孫にあたる。フランス語マルグリット(Marguerite)、オランダ語マルハレタ(Margaretha)。兄にエノー伯ギヨーム2世、妹にイングランド王エドワード3世の王妃フィリッパ・オブ・エノーがいる。

生涯[編集]

1324年に最初の妃ベアトリチェ・シフィドニツカに先立たれたルートヴィヒ4世と結婚した。1345年に兄ギヨーム2世が子供のないまま没したため、伯位を継承した。しかし、1350年ネーデルラントで派閥抗争が起こり、マルガレーテと次男のヴィルヘルムがそれぞれ擁立された。1354年に和睦、ホラント、ゼーラントはヴィルヘルムに譲渡、エノーはマルガレーテの手元に残された。

1356年のマルガレーテの死により、エノーもヴィルヘルムが手に入れたが、1357年に精神に異常をきたし、代わりにマルガレーテの三男アルブレヒトが摂政としてネーデルラントを統治した。

子女[編集]

  1. マルガレーテ(1325年 - 1374年)
    1. 1351年、ブダでスラヴォニア公シュテファンと結婚
    2. 1357年/1358年、ゲルラッハ・フォン・ホーエンローレと再婚
  2. アンナ(1326年頃 - 1361年6月3日) - 下バイエルン公ヨハン1世と結婚
  3. ルートヴィヒ(1328年 - 1365年) - 上バイエルン公ブランデンブルク辺境伯(後に選帝侯) 
  4. エリーザベト(1329年 - 1402年8月2日)
    1. 1350年、ヴェローナ領主カングランデ2世デッラ・スカラと結婚
    2. 1362年、ヴュルテンベルク伯ウルリヒと再婚
  5. ヴィルヘルム(1330年 - 1389年) - 下バイエルン=シュトラウビング公エノー伯ホラント伯ゼーラント伯
  6. アグネス(1335年 - 1352年) 
  7. アルブレヒト(1336年 - 1404年) - 下バイエルン=シュトラウビング公、エノー伯、ホラント伯、ゼーラント伯
  8. オットー(1340年 - 1379年) - 上バイエルン公、ブランデンブルク選帝侯
  9. ベアトリクス(1344年 - 1359年) - スウェーデンエリク12世
  10. ルートヴィヒ(1347年 - 1348年)
エノー伯およびホラント伯の紋章
先代:
ウィレム4世
ホラント伯ゼーラント伯
1345年 - 1354年
ルートヴィヒ4世と共同統治
(1345年 - 1347年)
次代:
ウィレム5世
先代:
ギヨーム2世
エノー伯
1345年 - 1356年
ルートヴィヒ4世と共同統治
(1345年 - 1347年)
次代:
ギヨーム3世