マリー・ルイ・ジョルジュ・コロン

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マリー・ルイ・ジョルジョ・コロン

マリー=ルイ=ジョルジュ・コロン(Marie-Louis-Georges Colomb、筆名クリストフェ(Christophe)、1856年5月25日 - 1945年1月3日)は、フランスの生物学者、教育者である。1989年から1904年の間に少年向けの雑誌 "Le Petit Français" などに発表されたいくつかのシリーズ絵物語(漫画)作品でも知られる。

略歴[編集]

オート=ソーヌ県のルアー(Lure)に校長の息子として生まれた[1]。少年時代の経験は作品 "Sapeur Camember" に生かされている。高等師範学校(Ecole Normale Supérieure)を1878年に卒業し、数学、物理学、博物学の学位を得た。仲間の学生には哲学者のアンリ・ベルクソンがいる。名門高校、リセ・コンドルセで博物学を教えた。1884年にリールのリセ・フェデルブ(Lycée Faidherbe)の教授となった。1887年にパリ大学の植物学の助手(préparateur de botanique)となり、博物学の博士号を得た[2]。さまざまな新聞に挿絵を描いて収入を得るようになり、1889年に最初のバンド・デシネ(「続き漫画」)の作品 "La Famille Fenouillard" を発表し、その後多くの作品をクリストフェの筆名で発表した(筆名は探検家のクリストファー・コロンブスのファーストネームにちなむ)[3]

パリのソルボンヌ大学の講師となり、最終的には植物研究所の副所長となった。多くの植物学、動物学の教科書を執筆した。1924年から1939年の間、Radio-Parisで講義を行った[4]。70年以上にわたって、コレージュ・セヴィニエで教職にあった。

コロンのバンド・デシネ作品[編集]

作品[編集]

  • La Famille Fenouilard (1889年 - 1893年)
  • Les Facéties du sapeur Camember (1890年 - 1896年)
  • L'Idée fixe du savant Cosinus (1893年 - 1899年)
  • Les Malices de Plick et Plock (1893年 - 1904年)

脚注[編集]

  1. ^ François Caradec, Christophe, P. Horay, 1981, p. 13
  2. ^ François Caradec, Christophe, Paris, Horay, 1981, p. 81
  3. ^ François Caradec, Christophe Colomb, Bernard Grasset, 1956, p. 58
  4. ^ François Caradec, Christophe, P. Horay, 1981, p. 179
Colombは、植物の学名命名者を示す場合にマリー・ルイ・ジョルジュ・コロンを示すのに使われる。命名者略記を閲覧する/IPNIAuthor Detailsを検索する。)