マリヤ・ナガヤ

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幼い息子の亡骸に駆け寄るマリヤ・ナガヤ

マリヤ・フョードロヴナ・ナガヤロシア語: Мари́я Фёдоровна Нага́я, ? - 1608年)は、モスクワ・ロシアツァーリイヴァン4世の7番目の皇妃(ツァリーツァ)。ただし教会法では正当な結婚と認められていない。

生涯[編集]

1581年にイヴァン4世と結婚し、翌年にツァーリの末息子ドミトリーを産む。

1584年にイヴァン4世が崩御すると、マリヤとその兄弟はボリス・ゴドゥノフによってウグリチに追放され、ドミトリー皇子が1591年に謎の死を遂げるまでウグリチに留まった。

息子の死後、マリヤとその親族は「過失犯」と告訴され、その結果マリヤの兄弟は投獄され、マリヤ自身は尼僧とされて修道院に送られた。

1605年偽ドミトリー1世モスクワで帝位に就くと、これを我が子と「承認」してモスクワに戻らざるを得なくなる。一族はみな釈放され、地位を回復され、押収された財産も戻された。

偽ドミトリー1世が1606年に死ぬと、これはドミトリー皇子ではなかったとした。

参考文献[編集]