マリア・テレーザ・ダズブルゴ=トスカーナ

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マリア・テレーザ・ダズブルゴ=トスカーナ
Maria Teresa d'Asburgo-Toscana
サルデーニャ王妃
Cavalleri Painting of Queen of Piedmont with sons 1832.jpg
マリア・テレーザと2人の息子の肖像(フェルディナンド・カヴァッレリ英語版作、1832年)
出生 (1801-03-21) 1801年3月21日
ウィーン
死去 (1855-01-12) 1855年1月12日(53歳没)
トリノ
埋葬  
スペルガ大聖堂
配偶者 サルデーニャカルロ・アルベルト
子女 ヴィットーリオ
フェルディナンド
マリア・クリスティナ
父親 トスカーナ大公フェルディナンド3世
母親 ルイーザ・マリア・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ
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マリア・テレーザ・ダズブルゴ=トスカーナイタリア語: Maria Teresa d'Asburgo-Toscana1801年3月21日 - 1855年1月12日)は、サルデーニャカルロ・アルベルトの妃。

生涯[編集]

トスカーナ大公フェルディナンド3世と妃ルイーザ・マリアの三女として、ウィーンで生まれた。当時、父フェルディナンド3世はナポレオン・ボナパルトに国を占領され亡命の身であった。

1817年にトスカーナのフィレンツェで、当時はカリニャーノ公だったカルロ・アルベルトと結婚した。2人は3子をもうけた。

1849年に夫と死別後、公の場に姿を現すことはなく、1851年には故国トスカーナへ戻った。1855年に死去し、トリノスペルガ聖堂へ埋葬された。