マリア・クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・バッテンベルグ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
マリア・クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・バッテンベルグ
Beatriz de Borbón y Battenberg
The Infanta doña María Cristina de Borbón y Battenberg, daughter of Alfonso XIII.jpg
マリア・クリスティーナ王女、フィリップ・ド・ラースロー
出生 (1911-12-12) 1911年12月12日
スペインの旗 スペイン王国マドリードマドリード王宮
死去 (1996-12-23) 1996年12月23日(85歳没)
スペインの旗 スペインマドリード、ヴィラ・ヒラルダ
配偶者 エンリコ・マローネ=チンザノ伯爵
子女 一覧参照
父親 スペインアルフォンソ13世
母親 ヴィクトリア・ユージェニー・オブ・バッテンバーグ
テンプレートを表示

マリア・クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・バッテンベルグMaría Cristina de Borbón y Battenberg, 1911年12月12日 - 1996年12月23日)は、スペインの王族、スペイン王女(Infanta de España)。スペイン王フアン・カルロス1世の父方の叔母にあたる。全名はマリア・クリスティーナ・テレサ・アレハンドラ・マリア・デ・ラ・コンセプシオン・イルデフォンサ・ビクトリア・エウヘニア(María Cristina Teresa Alejandra María de Guadalupe María de la Concepción Ildefonsa Victoria Eugenia)。

生涯[編集]

スペイン王アルフォンソ13世と王妃であるバッテンベルク公女ヴィクトリア・ユージェニーの間の次女として生まれた。母はイギリスのヴィクトリア女王の孫娘の1人であった。1933年、共和制への移行に伴ってスペインを退去したアルフォンソ13世は、マリア・クリスティーナと姉のベアトリスを伴ってローマに移住した。息子4人のうち2人が血友病患者だったアルフォンソ13世は、娘たちも血友病の保因者の恐れがあると考え、娘婿選びに慎重であった。

マリア・クリスティーナは1940年6月10日にローマにおいて、エンリコ・マローネ=チンザノ伯爵(1895年 - 1968年)と結婚し、間に4人の娘をもうけた。1996年、マドリードの実家を訪問した際に、義妹のバルセロナ伯爵夫人マリア・デ・ラス・メルセデスの屋敷ヴィラ・ヒラルダ(Villa Giralda)において、心臓発作により急死した。

子女[編集]

  • ヴィットーリア・マローネ=チンザノ(1941年 - ) - 1961年、カーサ・ロリング侯爵ホセ・カルロス・アルバレス・デ・トレド・イ・グロスと結婚
  • ジョヴァンナ・マローネ=チンザノ(1943年 - ) - 1967年にJaime Galobart y Satrustequiと結婚(1980年離婚)、1989年にLuis Ángel Sánchez-Merlo y Ruízと再婚
  • マリーア・テレーザ・マローネ=チンザノ(1945年 - ) - 1967年、第17代バエナ公爵ホセ・ルイス・デ・アラナ・イ・モンタルボと結婚(1989年離婚)
  • アンナ・サンドラ・マローネ=チンザノ(1948年 - ) - 1968年にGian Carlo Stavro di Santarosaと結婚(1975年離婚)、1986年にFernando Schwartz y Girónと再婚

参考文献[編集]