マヒンダ・ラージャパクサ

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マヒンダ・ラージャパクサ
මහින්ද රාජපක්ෂ
மகிந்த ராசபக்ச
Percy Mahendra 'Mahinda' rājapaksa
Mahinda Rajapaksa.jpg

任期 2005年11月19日 – 2015年1月9日

任期 2004年4月6日 – 2005年11月19日
元首 チャンドリカ・クマーラトゥンガ
元首 マイトリーパーラ・シリセーナ

出生 (1945-11-18) 1945年11月18日(73歳)
Flag of Ceylon (1875–1948).svg イギリス領セイロン、ハンバントタ
政党 スリランカ自由党 (SLFP)
配偶者 シラーンティ・ラージャパクサ英語版

マヒンダ・ラージャパクサシンハラ語: මහින්ද රාජපක්ෂ, 発音 [maˈhində ˈraːɟəˌpakʂə], タミル語: மகிந்த ராசபக்ச, 英語: Percy Mahendra 'Mahinda' rājapaksa, 1945年11月18日 - )は、スリランカ政治家。同国大統領(第6代:2005年 - 2015年)、首相(2004年 - 2005年、2018年は前任のウィクラマシンハが就任を認めず)、財務大臣などを歴任した。

日本語での表記としては、外務省が用いているシンハラ語読みに近いマヒンダ・ラージャパクサ以外に[1]マヒンダ・ラジャパクサマヒンダ・ラジャパクセなどが存在する。

来歴[編集]

ラージャパクサはハンバントタ郊外の町でシンハラ人仏教徒の両親の息子として生まれた。名はスリランカに仏教を広めたマウリヤ朝アショーカ王の子マヒンダ英語版に因む。彼の父D. A. ラージャパクサ英語版はスリランカを代表する政治家で独立運動の指導者のひとりであった。成長したラージャパクサはゴールのリッチモンド・カレッジ、コロンボのサースタン・カレッジとナランダ・カレッジに学んだ。若い頃にはシンハラ語の映画に出演した経験がある[2]。25歳になった1970年に国会議員に初当選し、スリランカの国会議員初当選最年少記録を打ちたてた。以降は労働・職業訓練大臣や漁業・水産資源開発大臣を務め[1]2004年チャンドリカ・クマーラトゥンガ大統領の下、首相に就任した。

大統領[編集]

ヨルダンで開催された世界経済フォーラムに参加するラージャパクサ。この直後、LTTEの指導者ヴェルピライ・プラバカランの死亡の連絡が入り、急遽帰国した。

憲法の3選禁止条項により出馬できないクマーラトゥンガに代わり、後継者として2005年の大統領選に出馬。対立候補のラニル・ウィクラマシンハを50.3%の18万票差の僅差で破り、第6代大統領に就任した。

2006年より再燃したスリランカ内戦においては、タミル人武装組織のタミル・イーラム解放のトラ (LTTE) に対して徹底攻撃で臨んだ。LTTEから分離したタミル人民解放の虎(TMVP)を与党連合の統一人民自由同盟 (UPFA) に引き込んで政府軍と連携させてタミル人武装勢力を分断させ、中国パキスタンから大々的な軍事支援を受けたこともあり、2009年にはLTTEを壊滅させてスリランカ全土の実効支配を回復した。

26年に亘る内戦を終結させた功績を元に、2010年には任期を短縮しての早期選挙を実施。1月26日投開票の大統領選挙では同じく内戦終結の功労者であるサラス・フォンセカ英語版前国防参謀長を破り、再選を果たした。同年、国会の解散総選挙を行い、UPFAは225議席中144議席と大勝した。さらに、選挙後の入党者を含め161議席を占めた。こうした圧倒的な人気を背景に、同年10月には大統領の3選禁止などを撤廃する憲法修正案を可決させた。

2007年12月と2013年3月12日に訪日している。

2014年11月、再び任期を短縮しての早期選挙に挑むも、与党SLFP幹事長で保健大臣のマイトリーパーラ・シリセーナが政権を離脱、新民主戦線英語版 (NDF) より野党統一候補として立候補する事態となり、2015年1月8日の投開票においてシリセーナに敗れた。敗北の理由としては、前述の3選禁止条項の撤廃に加え、露骨な親中政策や、親族を要職につかせるなど縁故主義独裁的な体制が反発を招いたとされている。[3][4]

退陣後[編集]

ラージャパクサ政権からシリセーナ政権への移行は平和的に行われた。一方で2015年1月現在、選挙戦の終盤に敗色濃厚が伝えられたラージャパクサが開票前に軍や警察にクーデターを要請した疑惑が上がっており[5]、政権時代に進められたマッタラ・ラージャパクサ国際空港ハンバントタ港、高速道路の建設といった大規模プロジェクトについても、汚職疑惑が取り沙汰されている[6]。また、プロジェクトの資金は外国からの有償援助で賄われたため国の債務が急激に増加、2018年現在、完済までに400年もかかるという非現実的な状況を生み出した[7]

2015年8月の国会選挙においては、UPFAの事実上のリーダーとして復権を試みるも敗北、議員としての当選は果たしたものの目標としていた首相就任は断念した[8]。しかし、その後のシリセーナ政権における大統領と首相のウィクラマシンハの対立の結果、2018年10月26日にシリセーナ政権の下で首相へと返り咲いた。ただし、2015年の憲法改正により大統領の首相解任権が失われているため、ウィクラマシンハ側はこの首相交代を認めない意向を示している[9]。10月29日にシリセーナ大統領より財務大臣に任命され、兼任することとなった[10]。しかし国会からの反発は大きく、11月14日に不信任決議を可決された[11]。このときシリセーナ大統領は発声による採決を行ったのは手続き上問題があると指摘し、国会は16日に改めて不信任決議を可決している[12]。12月3日、裁判所はラージャパクサに対して首相職務を12月12日まで停止するよう命じた[13]。12月15日、ラージャパクサは首相を辞任すると表明した[14]

親族[編集]

政治家の家系であり、夫人との間には3人の子を持つ。[1] 大統領時代には親族をたびたび要職に取り立てていた。以下に著名な親族を示す。

脚注[編集]

  1. ^ a b c マヒンダ・ラージャパクサ スリランカ民主社会主義共和国大統領 略歴”. 要人略歴. 外務省 (2010年4月). 2014年4月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年1月11日閲覧。
  2. ^ http://www.globalinsight.com/SDA/SDADetail2481.htm
  3. ^ 前保健相が現職破り勝利 中国依存を「浅はかな外交」と脱却目指す”. 産経新聞 (2015年1月10日). 2015年1月10日閲覧。
  4. ^ スリランカ 現職が敗北認め政権交代へ”. NHK (2014年1月9日). 2014年1月11日閲覧。
  5. ^ Sri Lanka to investigate 'Rajapaksa coup plot'” (英語). BBC (2015年1月11日). 2015年1月24日閲覧。
  6. ^ Sri Lanka's new government to investigate Mahinda Rajapaksa corruption allegations”. IBTimes (2015年1月16日). 2015年1月24日閲覧。
  7. ^ スリランカ、中国「負債トラップ」が露呈 財政難に”. ロイター (2018年8月1日). 2018年12月7日閲覧。
  8. ^ スリランカ議会選挙、与党陣営勝利 中国依存修正など継続へ”. 日本経済新聞 (2015年8月18日). 2015年8月31日閲覧。
  9. ^ スリランカで憲政の危機、大統領が首相を解任 前大統領が新首相に”. AFP通信 (2018年10月27日). 2018年10月27日閲覧。
  10. ^ “Mahinda Rajapaksa assumes charge as new Sri Lankan Prime Minister”. The Financial Express. (2018年10月29日). https://www.financialexpress.com/world-news/mahinda-rajapaksa-assumes-charge-as-new-sri-lankan-prime-minister/1365280/ 2018年10月30日閲覧。 
  11. ^ “政治混乱続くスリランカ、議会が内閣不信任案可決”. AFPBB News. フランス通信社. (2018年11月14日). http://www.afpbb.com/articles/-/3197601 2018年11月15日閲覧。 
  12. ^ “Sri Lanka president rejects no-confidence on disputed PM”. The Washington Post. ワシントン・ポスト. (2018年11月16日). https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/after-brawl-pandemonium-halts-sri-lankas-parliament/2018/11/16/dbf73e3e-e97c-11e8-8449-1ff263609a31_story.html 2018年11月17日閲覧。 
  13. ^ “Sri Lanka Court Temporarily Blocks Mahinda Rajapaksa From Prime Minister’s Job”. ニューヨーク・タイムズ. (2018年12月3日). https://www.nytimes.com/2018/12/03/world/asia/sri-lanka-mahinda-rajapaksa.html 2018年12月4日閲覧。 
  14. ^ “ラジャパクサ氏が首相辞任=ウィクラマシンハ氏再登板も-スリランカ”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2018年12月15日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121500180&g=int 2018年12月15日閲覧。 
  15. ^ 大統領が大臣を兼任していた状態での次官。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
チャンドリカ・クマーラトゥンガ
スリランカの大統領
2005年 - 2015年
次代:
マイトリーパーラ・シリセーナ
先代:
ラニル・ウィクラマシンハ
スリランカの首相
2004年 - 2005年
次代:
ラトナシリ・ウィクラマナカ英語版
先代:
ラニル・ウィクラマシンハ
スリランカの首相
2018年
次代:
(不明)